人生何でもあり!

日々の思い付きを書いてゆきたいと思っていますので、ヒマな方はお付き合い下さい。

熟年離婚

2012-03-06 19:47:26 | 日記

  そう、以前お伝えしましたように、友人たちが311追悼ライブを名護の方でやるので、それに参加しに沖縄に行ってきます。 

 今回の大震災を機に、私たち日本人は、いえ地球人類はこれからの地球未来世界をどう創造してゆくのか、いえ、行かねばならないのか? それを再考する意味でも行って来ます。 興味のある方はおいで下さい。

 今回の震災は沢山の人に及んだ天災と呼べる厄災かも知れませんが、しかし、それらとは関係なく、私たち人間という存在は、常に何かしらの危険やトラブルと隣り合わせの存在です。 どんなに優れた人間にとっても一瞬先は闇というのがこの世の現実です。

 さて本題に入りたいと思います。

 ところで、私は以前、東京で警備員やっている時に、神奈川の日野ICの料金所の料金徴収用の通路を作る現場に行ったことがありました。 そこの現場で、50代前半と60代前と思しき方と一緒になったことがありました。

 二人ともパッとみ結構しっかりされた方で、以前、あきらかにマトモな会社にいた感じがあったので休憩時間にすこし警備員やっている事情を聞いてみたのです。

 そうしましたら年配の方は、以前とある靴とかの化学繊維を製造する会社の重役をやっていて、特許も持っていた事があり、60歳で普通に退職されて、それから3年ぐらい遊んでいたようなのですが、どうも、その間に奥さんから熟年離婚を申し渡されたようで、それで二人で住んでいたマンションを奥さんに譲って、その人は別の小さなアパートを借りて移り住んだという話でした。 それで、年金だけではそのアパート代と生活費を捻出すのにキツイので警備員やっているという話でした。 

 もう一人の人は、当時52歳の方で、警備員やる前は、以前とある某大手の電器会社(N○C)に勤めていたようでしたが、半年前ぐらいにリストラさということでした。 話の中で、その経緯を教えてくれましたが、その人は高専の電気科を出てそのままその電器会社に就職したようなのですが、いきなり海外勤務になって、それから約30年ほとんど海外を転勤する日々が続いたようなのです。

 そして、最後の勤務地であったフランスのとある部署をひとりで任されたようなのですが、仕事の量がハンパじゃなく、本社に増員を頼んだようなのですが、3ヶ月後ぐらいに寄越すからと返事があって、それから半年しても誰も寄越してくれず、怒って電話するも更に1年しても誰も来なかったので、これ以上いたらとても体がもたないと辞めたようでした。

 つまり、最初からリストラが目的で一人の部署に配置して、増員するつもりも毛頭無かっただろうという話でした。 こちらから怒って ‘辞めてやる!’ という風に仕向ける陰湿なリストラ方法ですね。

 で、その後その人は、早期退職というコトで約2年の早期退職手当を貰ったようなのですが、その間は他の会社には正社員として勤める事ができなかったから、この場合、いちばん効率のいい派遣警備員をやろうと思ったと話しておられました。

 その人もまだ約1500万円ぐらいのマンションのローンが残っていたようで、月々の支払いはこの辺(武蔵小杉)のマンションと同じぐらい(10万円ぐらい)だったようですが、ボーナス月に30万円ぐらいの支払いがあったようで、、働かないととても返せないという話でした。

 で、今回の話の確信を申しますと、この人も奥さんから最近こう言われるようになったという話でした。

 『今までひとりで自由だったから、あんたが居ると息が詰まるわ。 もし、定年してこのまま二人でいるかと思うとゾッとするわ。 海外行っててくれてお金だけ入れてくれてたのがいちばん良かったんだけどね。』 

 と。 

 こちらも熟年離婚にリーチがかかっているようでした。 熟年離婚になると、捨てられるのは男の確率が高いようです。 

 『人生一寸先は闇』

 と、震災だけでなく教えらえられる事例を採り上げてみました。 

 何か物事を考えるひとつの参考とされて下さい。

 失礼します。

 Good Night!