ユダヤ民族とヤハウェの関係は、預言者あるいは救世主を必ず挟んだ関係でした。
彼らの言葉は多くの人の羅針盤となり助けとなりました。
しかし知恵深い魔物はその関係性の隙をつきました。
人々が神の声を自分の内側に聞こうとするのではなく、過去の預言者の言葉に依存するようにすり替えたのです。
過去の言葉というものは、知恵深い者々が長い時間を経て、預言者の言葉を真逆に書き換えることが可能です。
そして悪魔は人の支配欲や権力欲につけこみました。
人が自分の言うとおりに動くということは自我の快感であります。
人の自由を奪って思い通りに動かすのは自我の快感であります。
何百年かけて巧妙に都合良く編集された過去の預言者の言葉(=聖書)を絶対視する社会の仕組みを悪魔が作り上げました。
黒眼黒髪のイエスは、聖職者の強制する戒律こそが人々を神から遠ざける。と言いました。
このためイエスを信仰する人々はユダヤ教の戒律がいけないのであって、イエスの言葉(聖書)を新しい戒律として生き始めました。
これは後世の共産主義と同じパターンです。
一部の資産家に富が集中する社会は革命で変革しなくてはならない。
そのように革命を起こした人物とその子孫に資産が集中する社会が生まれました。
貧富の差は改善されるどころか進んで行ったのです。
これが悪魔の手口であります。
中世以降には聖書の解釈がどんどん拡大され、魔女裁判や中南米やアフリカの奴隷制度という残酷な行為が神の名の元で行われました。
神の声に従えといって、悪魔の声に人々を従わせたのです。
二人のイエスの時代から二千年たった今、私たちは新しいステージに立っています。
前回悪魔は、神の声を私たちの外に聴けと誘導する作戦を取りました。
多くの人類はその罠にはまりました。
ですから自分の外に神の声を求めることはもうなくなります。
なぜならそれは容易に巧妙に悪魔の声にすり替わるからです。
このため今回私たちに与えられた挑戦とは自分の内側(=良心)に神の声を聴くということです。
無言の自然に神の声を聴くということです。
幸いここ日本にはその土壌が何千年と長きにわたり育まれています。
これからはもう個別の預言者は出現しません。
その手法はもう使えないからです。
預言者は私たち一人一人となる時代が築かれつつあります。
もちろん悪魔もそうはさせじと必死であります。
私たちが何とかして外の声に依存させようとさせます。
私たちがけなげに生きることをやめさせようとします。
世の中理不尽なことばかりだよね。
自分は貧乏くじばっかりひいて最低の人生だよね。
こんなつまらない人生はないほうがマシだよね。
そのようにつぶやき、外に依存させようととします。
自分の力で生きるのを諦めさせようとします。
人間が自分の責任で自分の神様の声(良心)に耳を傾けるのを阻止しています。
今回のステージ(ハルマゲドン)は、私たち一人一人の心の中で起こっているのです。
つづく
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おひさま、ありがとうございます。