なぜユダヤ系国際金融資本家たちは世界中の富のほとんどを掌握しても更になお富のを奪取しつづけようとするのか。
911という自作自演のテロまで演じさせて何を成し遂げようとしているのか。
イスラエルの建国はなぜ平和裏に進まないのか。なぜ周辺のアラブ民族たちと紛争が起きるように事を進めているのか。
第二次大戦時、一部のユダヤ層はなぜヒトラーを支援し、数多くのユダヤ同胞たちを虐殺に導いたのか。
そして、
日本の皇室とユダヤ民族の祖の繋がりは果たして公になることはあるのだろうか。
そのことにより日本が国際平和に貢献する時代が近くまで来ているのだろうか。いや、まだまだ遠いのだろうか。
ユダヤに関する様々な疑問の答えをさがすべく始まったこの多重層シリーズであります。
これほど長いお話になるとは思っていませんでした。
とくにキリスト教について、まさかこれほどたくさん書くとは思っていませんでした。
約半世紀生きて聖書などほとんど読んだことがありませんでしたし、聖イッサ伝もパウロもペトロも知りませんでした。
しかし自分がずっと知りたかった二人のイエスの真相についても、なるほどなあ、と目から鱗が落ちることばかりです。
このブログが毎日読めるのが楽しみであります。
みなさんよりほんの数十分前、一般公開する一足お先に読めますから。うしし。
閑話休題。
旧約聖書の三大預言者は、イザヤとエレミヤとエゼキエルです。
彼らはユダヤ民族の神性意識(ヤハウェと呼ばれる)に繋がることができた人物でした。
当時のイスラエルは人々の道徳心が薄れつつあり、国家の存亡の危機であった時代です。
事実北イスラエル王国は滅亡し、南のユダ王国もバビロンに占領されユダヤ人たちは捕虜生活となっていました。
この民族の危機において、民族の道徳をこのまま忘れ去っては絶滅する危機があると苦言を呈し続けて、民族を守ったのがこの時期輩出された民族の預言者たちでした。
特にエレミヤは毎回イスラエルの滅亡の危機を訴えながら、常にはずれるので人々から弾圧を受けたほどでした。
しかし彼の預言があったから、多くの人々は自らの想いや行動を改めてることができ、直面していた滅亡の危機が避けられたのでした。
何回も預言がはずれたということは、何回も滅亡の危機を回避できたということです。
さてこの3預言者と同時期の紀元前6世紀頃に書かれたとされるのがダニエル書です。
旧約聖書としては初めての異色の予言書です。
メシヤ(救世主)があらわれ、困難な試練のあと選ばれた人々が神の国に引き上げられるという終末思想です。
それまでの長い長いヤハウェの教えには出てくることのなかった終末思想です。
実はこの終末予言があらわされたダニエル書の後半(第7章以降)は、後世全く別の人間が書き足したと言われます。およそ紀元前2世紀~1世紀の頃です。
このもう一人のダニエルによって旧約聖書の最後に加筆された終末選民思想が、ユダヤ教の闇の部分の種となります。
そしてパウロが書いたのちの新約聖書に繋がって行きます。
つづく
上記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら。
おひさま、ありがとうございます。
今日のお話と関係ないのですが、先日買い物に行ったスーパーでシュトーレンを見かけて「クリスマスだ~」とニヤケテしまいましたww
「シュトーレン」ご存知でしょうか? 白い布で包まれて厩の飼い葉桶に入れられた幼子イエスを模った というお菓子です。これを薄くスライスして、12月の「アドベント(降誕を待ちわびる)期間」の日曜のミサの後、みんなで一切れずつ4週間かけて頂きます。
こちらのお話を拝見した後に思うと、これってまさに「生贄の儀式」ですね・・・
プロテスタント(清貧・厳粛派?)が主流のドイツでもこういう形で残ってるんだって驚き、誰かに言いたくなりました。お目汚し、すみません。
でも、そのシュトーレン、買ってきてしまいました(*^^*) ラム酒漬けのドライフルーツとナッツぎっしりの焼菓子。大好きなんです。。。 別に、クリスチャンじゃないし、クリスマスのミサにも行ったことないし、ケーキ屋さんのケーキだし、いいよね?って言い訳しながら頂きます♪
長文で失礼いたしました。
これはず~っと僕の中での最大の関心事であり、謎というか、カギになっていました。
日本神話にある「イザナミが一日1000人殺す」イメージの事なのかな?とは漠然と思っていますが
果たして~??ですね。
>約半世紀生きて聖書などほとんど読んだことがありませんでした
この記述にもびっくりです。まるぞうさんは、かなりの聖書上級者?と思ってましたから、、、。
僕も白山道さんに御縁をいただくまでは、宗教音痴でしたので、ここまで変化したのは
やはり、リーマンさんあっての事ですね。
さて、毎日の記事の続きが楽しみですが、ノウィングという映画にあったエゼキエル書の解釈なんかも
どうなるのかな~。
インターネットを利用して上書き成功したという。
真実の歴史を人の心に刻む。
人々の心や思考は時空を超えて、
光りの中へとひとつに溶け込むのであった。
知らない間に書き換えられちゃいましたょ~。
差別も区別もいけません。とです。これは、自分に言っております。m(__)m。
お疲れ様です。ありがとう御座います。m(__)m。ますますのこうふんときょうみしんしん。で御座います。教えて頂いてありがとう御座います。m(__)m。
そして、何故子供の頃から
聖書の中のお話が
好きな部分と嫌いな部分があったのか・・・これで納得しました。
なんとなく書いた人の「念」を感じていたんだと思います。こういう事だけは勘が働くのであります。
※お金儲けの勘は全く働かない~しくしく。