東京都教育委員会が,都立高校等のイベント時に国歌斉唱,国旗掲揚を強制するのは憲法違反だとして教職員らが訴えた裁判で,東京地裁は原告らの主張をほぼ認め,国旗に対し起立することや国歌斉唱の義務がないことの確認と1人当たり3万円の損害賠償を認める判決を下しました。
当然ながら,石原しんちゃんは即刻控訴しました。
国旗国歌強制は違憲 東京地裁が判決 (共同通信) - goo ニュース
この問題,マスコミの間でも賛否分かれていますし,ネット界でも賛否両論あります。全体的には,この判決を疑問視する人の方が多いような気がします。
国歌国旗問題は,多分に各人の思想に基づくものがあるため,おそらくその賛否も思想に基づくものであろうと思います。
そこで,久々の「よく分かる(?)シリーズ」として,ここではあえて「法律学的だけ」に絞って,判決の評価そして見たいと思います。
なお,判決文の斜め読みだけですので,当事者間の主張立証とは違う部分があるかもしれない点はご承知おきください。
(判決文全文はこちらを参照してください。)
第1 東京地裁の判決文概要
1 事案の超概要
都立高校で国歌斉唱と国旗掲揚を義務づける通達を東京都が発出したが,それに反対する教員らが通達に従う義務がないことと及び精神的苦痛を受けたとして損害賠償請求したというもの。
2 判決
原告らの主張どおり(東京都ほぼ全面敗訴)
3 争点
(1) まだ処分受けてないのに通達に従わないことを裁判所は認めて良いか(これはかなりテクニカルな話なのでなかなか説明が難しいものです)
(2) 教員に国歌斉唱義務があるか。そもそも通達や職務命令は違法か,適法か。
(3) 教員に精神的苦痛があったか。
4 裁判所の判断(超概要意訳付き)
(1) 本当は何か不利益処分受けてから初めて裁判所に「助けてください」というのが筋なのだが,今放置しておくと今後必ず処分されて取り返しがつかなくなるであろうことが見込まれるときは,裁判所は事前に「はい,消えた」ということができる。
今回の場合,放置しておくとこれまでの東京都教育委員会の処分例から原告らは処分される可能性が高いため,裁判所は事前に助けることにした。
(2)ア 国歌国旗については,その考え方が確立しておらず賛否両論ある。したがって,それを「いやだ」という人に「やれ」というのは,思想良心の自由に反することになる。
ただし,思想良心の自由も無制限に許されるのではなく,一定の制約を受けることは許される。そこで,教員という立場にある者が通達や職務命令でこのような制約を受けるか考えてみよう。
イ 通達の根拠は学習指導要領にあるが,学習指導要領は法律ではないが,一定の法規範性(大綱)はあるといえる。ただし,不当な支配や一方的な押しつけになる場合は,法規としての性格はない。そして,国歌国旗部分は各学校の判断に委ねている。(筆者注:この解釈がこの判決で重要な点となる)
とすると,学習指導要領では,とても国歌斉唱を教職員に強制していると解釈することはできない。
ウ で,この通達も学習指導要領と同じく一定の規範が認められるが,国歌国旗条項は各学校の裁量が入る余地がなく一義的である。また,国歌斉唱や国旗掲揚の義務は,思想の一方的押しつけであり,もはや通達としての域を超えたものである。
エ よって,この通達は憲法19条の思想良心の自由を侵害するものであるため,教員がこの通達を守る義務はない。
オ 校長の職務命令については,教員はそれに従う義務があるが,明らかに不当な命令の場合は無視できるというのが過去の判例である。
でもって,校長からの国歌斉唱等の職務命令については,そもそも通達に従う義務がない以上,教員に拒否権がある。だから,従わなくてもOK牧場。
カ よって,教員に国歌斉唱等の義務を課する行為は違法なので,教員にそのような義務はない。
(3) 違法な通達や職務命令で苦しんだので,精神的慰謝料として3万円だね。
以上が東京地裁の判決文の超ウルトラ要約版でした。
第2 解説と私見(法的部分のみ)
1 まず,大前提として,裁判では「当事者が主張したことだけが資料になる」という大原則があります。したがって,一部コメンテーターのいう「裁判所の身勝手な価値判断」というのは必ずしも妥当な見解とはいえません。裁判所は「どちらかの主張した価値判断が妥当か判断した」だけです。
したがって,もしこのコメンテーター批判を正しく言い直すなら「裁判所が採用した方の価値判断はすこぶる勝手なもので,裁判所に見る目がない」という形になるでしょう。
2 今回の判決では「日の丸や国歌の歴史的背景」と「現在の国民の受け止め方」が実は背景思想として大きくとらえられており,この解釈によって19条違反の有無を判断したことになります。
ところが,判決文をみると,東京都側は,必ずしも歴史的背景や現在のとらえ方などについて十分な反論をして来なかった感じが見受けられます。いわゆる「通り一遍的な主張」で流したのかな,という印象を持ちました。
この主張立証の弱さが東京都敗訴の一因ではないか推測されます。
よって,この敗訴は,「東京都の作戦ミス」の臭いがしてきます。
ただし,裁判所側も,この点が重要争点であるとして釈明していなかったとしたら,裁判所側の訴訟指揮の弱さという可能性も出てきます。
いずれにしても,控訴審では,まず「歴史背景」や「国民感情」についての攻防が大きな争点になってくるでしょう。
3 通達については,裁判所の解釈は学習指導要領を解釈し,そこから通達に下がるという比較的ベーシックな解釈論を展開してきています。
ただ,この認定に当たっては,「都議会の質疑」を相当資料として用いています。そして,都議会での教育長の答弁が意外とボディーブローのように効いてきています。
高裁では,この都議会答弁をどう料理するか,あるいはまるっきり無視するのか,その辺の扱いも地味ながら興味深いです。
もっというと,様々な議会答弁,法的拘束力がないことから結構場当たり的な答弁でごまかしている地方議会も多いのではないかと思います。しかし,このように訴訟で使われる場合もあるわけですから,特に執行部サイドは答弁も慎重にね,っていういうところでしょうか。
4 繰り返しですが,今回の東京都の敗訴原因,可能性としては「東京都訟務担当」のプレゼンミスのが大きかったのではないかと思われます。
都知事としては,裁判官の批判をする暇があったら,まず自分の足元を固め直すことが先決でしょう。
5 高裁で争われると思われる事項は主に次の点になると思われます。
(1) 国歌斉唱等を強制することが本当に思想良心の自由を侵害するか。
(2) 教員にはどの程度までの制約が可能なのか。
(3) 通達の法的拘束力について
(4) 通達に法的拘束力がない場合でも,学校長の職務命令に従うべき内容となるか。
これらの周辺事情として,歴史事情や議会答弁等の事実認定を見直すことになるでしょう。
結論はもちろん分かりません。
以上が今回の判決の概要及びその補足になります。今後の議論の参考にしていただければ幸いです。
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http://blog.livedoor.jp/nob11/archives/50733532.html
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国歌国旗問題は,多分に各人の思想に基づくものがあるため,おそらくその賛否も思想に基づくものであろうと思います。
そこで,久々の「よく分かる(?)シリーズ」として,ここではあえて「法律学的だけ」に絞って,判決の評価そして見たいと思います。
なお,判決文の斜め読みだけですので,当事者間の主張立証とは違う部分があるかもしれない点はご承知おきください。
(判決文全文はこちらを参照してください。)
第1 東京地裁の判決文概要
1 事案の超概要
都立高校で国歌斉唱と国旗掲揚を義務づける通達を東京都が発出したが,それに反対する教員らが通達に従う義務がないことと及び精神的苦痛を受けたとして損害賠償請求したというもの。
2 判決
原告らの主張どおり(東京都ほぼ全面敗訴)
3 争点
(1) まだ処分受けてないのに通達に従わないことを裁判所は認めて良いか(これはかなりテクニカルな話なのでなかなか説明が難しいものです)
(2) 教員に国歌斉唱義務があるか。そもそも通達や職務命令は違法か,適法か。
(3) 教員に精神的苦痛があったか。
4 裁判所の判断(超概要意訳付き)
(1) 本当は何か不利益処分受けてから初めて裁判所に「助けてください」というのが筋なのだが,今放置しておくと今後必ず処分されて取り返しがつかなくなるであろうことが見込まれるときは,裁判所は事前に「はい,消えた」ということができる。
今回の場合,放置しておくとこれまでの東京都教育委員会の処分例から原告らは処分される可能性が高いため,裁判所は事前に助けることにした。
(2)ア 国歌国旗については,その考え方が確立しておらず賛否両論ある。したがって,それを「いやだ」という人に「やれ」というのは,思想良心の自由に反することになる。
ただし,思想良心の自由も無制限に許されるのではなく,一定の制約を受けることは許される。そこで,教員という立場にある者が通達や職務命令でこのような制約を受けるか考えてみよう。
イ 通達の根拠は学習指導要領にあるが,学習指導要領は法律ではないが,一定の法規範性(大綱)はあるといえる。ただし,不当な支配や一方的な押しつけになる場合は,法規としての性格はない。そして,国歌国旗部分は各学校の判断に委ねている。(筆者注:この解釈がこの判決で重要な点となる)
とすると,学習指導要領では,とても国歌斉唱を教職員に強制していると解釈することはできない。
ウ で,この通達も学習指導要領と同じく一定の規範が認められるが,国歌国旗条項は各学校の裁量が入る余地がなく一義的である。また,国歌斉唱や国旗掲揚の義務は,思想の一方的押しつけであり,もはや通達としての域を超えたものである。
エ よって,この通達は憲法19条の思想良心の自由を侵害するものであるため,教員がこの通達を守る義務はない。
オ 校長の職務命令については,教員はそれに従う義務があるが,明らかに不当な命令の場合は無視できるというのが過去の判例である。
でもって,校長からの国歌斉唱等の職務命令については,そもそも通達に従う義務がない以上,教員に拒否権がある。だから,従わなくてもOK牧場。
カ よって,教員に国歌斉唱等の義務を課する行為は違法なので,教員にそのような義務はない。
(3) 違法な通達や職務命令で苦しんだので,精神的慰謝料として3万円だね。
以上が東京地裁の判決文の超ウルトラ要約版でした。
第2 解説と私見(法的部分のみ)
1 まず,大前提として,裁判では「当事者が主張したことだけが資料になる」という大原則があります。したがって,一部コメンテーターのいう「裁判所の身勝手な価値判断」というのは必ずしも妥当な見解とはいえません。裁判所は「どちらかの主張した価値判断が妥当か判断した」だけです。
したがって,もしこのコメンテーター批判を正しく言い直すなら「裁判所が採用した方の価値判断はすこぶる勝手なもので,裁判所に見る目がない」という形になるでしょう。
2 今回の判決では「日の丸や国歌の歴史的背景」と「現在の国民の受け止め方」が実は背景思想として大きくとらえられており,この解釈によって19条違反の有無を判断したことになります。
ところが,判決文をみると,東京都側は,必ずしも歴史的背景や現在のとらえ方などについて十分な反論をして来なかった感じが見受けられます。いわゆる「通り一遍的な主張」で流したのかな,という印象を持ちました。
この主張立証の弱さが東京都敗訴の一因ではないか推測されます。
よって,この敗訴は,「東京都の作戦ミス」の臭いがしてきます。
ただし,裁判所側も,この点が重要争点であるとして釈明していなかったとしたら,裁判所側の訴訟指揮の弱さという可能性も出てきます。
いずれにしても,控訴審では,まず「歴史背景」や「国民感情」についての攻防が大きな争点になってくるでしょう。
3 通達については,裁判所の解釈は学習指導要領を解釈し,そこから通達に下がるという比較的ベーシックな解釈論を展開してきています。
ただ,この認定に当たっては,「都議会の質疑」を相当資料として用いています。そして,都議会での教育長の答弁が意外とボディーブローのように効いてきています。
高裁では,この都議会答弁をどう料理するか,あるいはまるっきり無視するのか,その辺の扱いも地味ながら興味深いです。
もっというと,様々な議会答弁,法的拘束力がないことから結構場当たり的な答弁でごまかしている地方議会も多いのではないかと思います。しかし,このように訴訟で使われる場合もあるわけですから,特に執行部サイドは答弁も慎重にね,っていういうところでしょうか。
4 繰り返しですが,今回の東京都の敗訴原因,可能性としては「東京都訟務担当」のプレゼンミスのが大きかったのではないかと思われます。
都知事としては,裁判官の批判をする暇があったら,まず自分の足元を固め直すことが先決でしょう。
5 高裁で争われると思われる事項は主に次の点になると思われます。
(1) 国歌斉唱等を強制することが本当に思想良心の自由を侵害するか。
(2) 教員にはどの程度までの制約が可能なのか。
(3) 通達の法的拘束力について
(4) 通達に法的拘束力がない場合でも,学校長の職務命令に従うべき内容となるか。
これらの周辺事情として,歴史事情や議会答弁等の事実認定を見直すことになるでしょう。
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分かりやすいですね。
いつもながら感服します。
ポイントは
「他人の権利を侵害していない」
「そもそも通達は司法審査の対象ではない」
という点ですね。
この判決は,従来の判例に則り通達の原則法規性を認めつつ,判例で定められた例外事項に該当するとして法規制を否定したという手法を採用しています。
なお,蛇足ながら,これを機に憲法でよく問題となる判例「ぱちんこ台通達課税事件」を復習しておくとよいかもしれません。直接は関係ありませんが,通達による課税の是非という基本論点のおさらいになるでしょう。