お彼岸は長いので、仏前に稚膳をあげるのは、入りと中日と送りの三日だけ。
仏様に手を合わせ、来し方を感謝し、行く末を祈る。
仏様、とは、代々のご先祖様たちのこと。三代くらい前までは覚えているけど、その先は写真でしか知らない。
父方、母方、と先祖が繋がり、母方の菩提は隣町に出向く。
母方も、直系は遠くに勤務し、そのまま家を建てて住み着いてしまったもので、今は近隣の親戚が代行している。
どこも同じようだが、遠くに勤務すると、その行った先で嫁をもらい、嫁の実家近くに住み着いてしまう。
それを、年寄りたちは『嫁に息子を取られた』と、ぼやく。
嫁さんがしっかりしていると、折々に訪ねてくれたり、で、少しは寂しさも薄らぐのだろうが。
めったに来ない嫁さんをもらうと、仏様がある家では、稚膳の作り方さえ伝えられないのだ。
仏様に、ぼやく。
あたしの後は、誰もこうやってお膳をあげる者が居ないかもしれません、申し訳ありません。(-人-;)
生きていたときには、毎日語り合ったものだった。
介護があって、よそに遊びに出るひまも無かったので、話し相手は母娘お互い、だけ。
それが欠けて、誰とも話せなくなって久しい。
猫を相手の独り言が増えた。
亡くなった伯母が、墓参りのついでに遊びに行くと大歓迎してくれて、一生懸命しゃべるので、母と顔を見合わせて苦笑いしてたもんだったが。
伯母が言うには、『だって、お父さん(伯父)は、なんにも口をきかないんだもの、あたしゃ、一人ででもしゃべらないと
口が粘って、納豆になってしまうってば。^^;』
だから、日ごろから聴いていようがいまいが、なんでもかんでも話すのだ、と。
気持ち、わかるようになりましたよ、伯母さん。
亡母も、いつもとめどなく話していた。
あるとき、他人様の悪口に及んだもので、あたしは『悪口は聞きたくありません。』と、ぴしゃりと言った。
まだ、うんと若かった頃の話。
そうしたら、びっくり見開いた母の大きな瞳から、大粒の涙がぼろぼろぼろぼろこぼれだしてきて。
親に泣かれて、こちらとしては、ちょっとおじんだのだが、そのとき、母が言った。
(おじむ=おろおろする、困り果てる、縮み上がる、などの意の方言)
わたしは、「他人の悪口を言いたくて」言っているのではない。
こういうことをすると、こういう風に思われるのだよ、ということを、あなたに教えたくて言ったのです。
あなたにしか言わないことなのに、あなたは、わたしの口を止めるのですか。
そのあと、声をあげて泣かれて、つくづく閉口した。
それで、あたしは、母が何を言っても、黙って受け入れるようになった。
確かに、母は、あたし以外の人に対しては、異常なほど無口だった。
母は、死ぬまで、ある意味「少女」だったんだ。あたしの目から見れば、そう思えた。
人の言葉は、その人の心のフィルターを通して語られる。
同じ事象が起きても。
受け取る人によって、語られる内容は正反対のものにもなる。
自分の話す内容で、その人のひととなりが明確に分かってしまう。
そういうことを、ニュースなどを聞きながら、ふと考えてしまう。
特に最近は、そういうの、増えてて。
やれ隠蔽したとか、知らない、とか、まぁ、どうなんでしょうねぇ、と、せんべいをかじりながら無責任に眺めてて。
平和なんだかなんなんだか、よくわかんない時代ですわねぇ。
まぁ、お茶が美味しいですこと。
たくさんのご先祖さまたちと、一晩中でも語らい、また、そちら側からの声も、聞いてみたいものです。
一日中晴れて、穏やかな中日でした。
仏様に手を合わせ、来し方を感謝し、行く末を祈る。
仏様、とは、代々のご先祖様たちのこと。三代くらい前までは覚えているけど、その先は写真でしか知らない。
父方、母方、と先祖が繋がり、母方の菩提は隣町に出向く。
母方も、直系は遠くに勤務し、そのまま家を建てて住み着いてしまったもので、今は近隣の親戚が代行している。
どこも同じようだが、遠くに勤務すると、その行った先で嫁をもらい、嫁の実家近くに住み着いてしまう。
それを、年寄りたちは『嫁に息子を取られた』と、ぼやく。
嫁さんがしっかりしていると、折々に訪ねてくれたり、で、少しは寂しさも薄らぐのだろうが。
めったに来ない嫁さんをもらうと、仏様がある家では、稚膳の作り方さえ伝えられないのだ。
仏様に、ぼやく。
あたしの後は、誰もこうやってお膳をあげる者が居ないかもしれません、申し訳ありません。(-人-;)
生きていたときには、毎日語り合ったものだった。
介護があって、よそに遊びに出るひまも無かったので、話し相手は母娘お互い、だけ。
それが欠けて、誰とも話せなくなって久しい。
猫を相手の独り言が増えた。
亡くなった伯母が、墓参りのついでに遊びに行くと大歓迎してくれて、一生懸命しゃべるので、母と顔を見合わせて苦笑いしてたもんだったが。
伯母が言うには、『だって、お父さん(伯父)は、なんにも口をきかないんだもの、あたしゃ、一人ででもしゃべらないと
口が粘って、納豆になってしまうってば。^^;』
だから、日ごろから聴いていようがいまいが、なんでもかんでも話すのだ、と。
気持ち、わかるようになりましたよ、伯母さん。
亡母も、いつもとめどなく話していた。
あるとき、他人様の悪口に及んだもので、あたしは『悪口は聞きたくありません。』と、ぴしゃりと言った。
まだ、うんと若かった頃の話。
そうしたら、びっくり見開いた母の大きな瞳から、大粒の涙がぼろぼろぼろぼろこぼれだしてきて。
親に泣かれて、こちらとしては、ちょっとおじんだのだが、そのとき、母が言った。
(おじむ=おろおろする、困り果てる、縮み上がる、などの意の方言)
わたしは、「他人の悪口を言いたくて」言っているのではない。
こういうことをすると、こういう風に思われるのだよ、ということを、あなたに教えたくて言ったのです。
あなたにしか言わないことなのに、あなたは、わたしの口を止めるのですか。
そのあと、声をあげて泣かれて、つくづく閉口した。
それで、あたしは、母が何を言っても、黙って受け入れるようになった。
確かに、母は、あたし以外の人に対しては、異常なほど無口だった。
母は、死ぬまで、ある意味「少女」だったんだ。あたしの目から見れば、そう思えた。
人の言葉は、その人の心のフィルターを通して語られる。
同じ事象が起きても。
受け取る人によって、語られる内容は正反対のものにもなる。
自分の話す内容で、その人のひととなりが明確に分かってしまう。
そういうことを、ニュースなどを聞きながら、ふと考えてしまう。
特に最近は、そういうの、増えてて。
やれ隠蔽したとか、知らない、とか、まぁ、どうなんでしょうねぇ、と、せんべいをかじりながら無責任に眺めてて。
平和なんだかなんなんだか、よくわかんない時代ですわねぇ。
まぁ、お茶が美味しいですこと。
たくさんのご先祖さまたちと、一晩中でも語らい、また、そちら側からの声も、聞いてみたいものです。
一日中晴れて、穏やかな中日でした。
しばらくは、ぽっかり空いた穴のような気持ちが襲ってくるでしょうけれど、どうか、負けないで。
なでちゃんは、お父様にお供したのかも、ね、寂しくないように、って。やさしい子だったですもの、ね。。。。(T^T)
きっと、あらら?って驚いてるお父様のそばで、『大丈夫ですよ~、なにごとも、ボヘミア~ン♪』って、すたすた歩いてる、ような気がします。
ずっと、見守ってくださいますよ、親ですもの。
もっと野球のこと、ちゃんと教えてあげたかったなぁ、って。きっと、思ってる。
あたしんちも、相撲が大好きで、ね、いろいろ教えてもらいましたもので、ね。
今でも相撲だけは、わりと見るんですよ、毎日ずっと、ではないけども。
思い出しますね、そういうときは、特に。きっと、そばで一緒に見てるのかも?などと思ったりします。
まだ、いろいろとお寂しいでしょうが、マムさんとお母様の上に、時間がやさしく流れてくれること、心から祈っています(-人-)
さっき、やっとパソコン立ち上げたとこ(;´▽`lllA``)
お返事が遅くなっちゃって、ごめんなさいね^^;;
ぼた餅、食べられたかな~?あたしは、今から食べるよ~^^♪
うん、ご先祖さまたちは、心の中に。そして、自分自身の遺伝子の中に在るのだから、常に一緒、という、ね。
ウレシイようなうっとおしいような(コラ!)
そうよね、介護が長いと、お医者さんと本人とだけしか話せなくなったり、するよね。。。
内容も、病院関連病気関連に限られてきて、さ。気持ちが安らげない、んだよね、自分でも気がつかないうちに、きっつきつになってたり、とか。
今は、病院に頼めたり、施設も視野に入れることができるようになって、よかったよね^^
三百六十五日、四六時中、ってのは、心がたまらんくなることがあるよ。しょうがないけども。
過ぎてしまえば遠い話だけど、兄弟とか居なくて、一人で看ていると、ね、お風呂に入れてあげることはできても、自分で湯船に浸かることができなくて、ね。
細かい時間を見つけては、身体を絞ったタオルで拭いたりとかで済ませてしまうとか、あるよね。
だけど、そういう経験が無い人たちは、したり顔でいろいろ言うのよさ。受け流すけど、たまに悲しかったなぁ。
親戚は居るけど、お見舞いに遊びに寄ってくれることはあっても、介護の手伝いなんて、誰もしなかったよ。
そんなもんだよ、こっちだって、わが身で手一杯で、お見舞いにすら行けなかったんだから、申し訳ないばっかりで、さ。
なんてこと、思い出してみたり。
そこらじゅうに、ご先祖さま、おいでになるのかねぇ。
声が聞こえなくて良かったかも。
聞こえてたら、文句の嵐だったりして、ね(;・∀・)コワイコワイ
じんわりと心に染み込みました。
お彼岸とかって気にしたことなかったですが
今年からちゃんとやるのかな、うちも。
ぉ先祖様のありがたみ、か。
ぼた餅すら、食べてない (T_T)
ま、御先祖様は、心ん中にいるからね~♪
それで、いいかな~
お母さん、唯一 otikomi さんになら、何でも喋り安かったんでしょ? 娘だから、気がホッとするしね♪
家も、伯母と母だけだよねー、よく喋ったの~
別に、外で喋んないし~
伯母が死んだ時、喧嘩の仲裁してくれる人がいなくなってさー
で、最後はやっぱり母親の介護になって、母とお医者さんぐらいだったな、喋る人 ……
今は、親戚も誰もいないしなぁ~
ま、猫が家族だからね、こいつらが生きてるうちはくたばれないし、頑張んないと♪
それより、今日こそ ぼた餅 食べないと ( ̄¬ ̄)♪