集団行動とか浦上ケビンファミリーとか今まで聞いたことのない曲をモリモリ買ってる今晩。どーしたことから、新しい音が無性に恋しくなりました。南波しほさんも買いかけた。いかんいかん。楽しすぎる。自制が大事よって本読んでるのが返ってあだとなってる気がします。モラル・ライセンシングの罠なのかしら。
運転してて、トラックがのんびり走ってたりすると、昔はイライラしてたんです。プロドライバーがカーブや交差点で慎重に走るのは、その見えないコンテナの中の荷崩れに配慮した物だと、今はわかりますから、ゆーっくりでも、ノロノロでも「いいぞ、慎重に」って心静かに応援できます。
「見えないところ」こそが肝心なのよね。そこをおもんばかって、人は行動を決めるのだから。「自分が見えてない」ものがたくさんあるのだとしたら、結論も狂ってくるってものです。
見えなくたって、そこにあるんだから、ないことにはならないんだから。
「見えないところ」こそが肝心なのよね。そこをおもんばかって、人は行動を決めるのだから。「自分が見えてない」ものがたくさんあるのだとしたら、結論も狂ってくるってものです。
見えなくたって、そこにあるんだから、ないことにはならないんだから。
ここ2年、今まで味わったことないくらい調子を落としていました。「自信がなくなる」という体験は今の今まで本当に一度もなかったのです。その意味では実に幸せな人生だったとも言えますが、このタイミングで「自信を失う」ことの意義も深く感じ入るのです。
父が亡くなったことは、自分の中では思ってた以上にダメージがあったようです。いてくれて、やっと100%だった生き物が、100%でないところから、日々を過ごすというのは、やはり不調なのでした。半面、母の存在の貴重さも、親という「甘さ」、ありがたさがしみたのでした。
仕事も以前のところを辞め、新しい仕事に移りました。これもなかなか本調子といかず、ことさら苦しい半年でしたし、まだ心療内科を探してる面もあるので、本当の意味では復調とは言えないのかもしれません。
そうはいっても、「本調子でない」自覚はあるので、無理もしませんでしたし、我慢するということのできない「底の抜けた状態」で2年過ごしてきてるので周りの人に気遣ってもらっての今なのです。
その時になって「誰に囲まれて生きてきたか」が急激に赤裸々となるのです。培ってきたもの以外は、やっぱり空欄なのが人生というものです。空虚とは少し違いまして、闇雲に動き出すのがあまりにも危険な状態でしたから、極力刺激や交流に制限を設けて過ごす時期であったことが、なによりだったのです。
世間的には、応援や人との交流などが大事である、という話もちらほら聞きますが、「一定の期間の配慮ある孤独」をじわじわ味わいながら、「整えなおす」のが必須でした。
どうしても一定量の「孤独さ」は「許されて」いてくれないと、「再構築」が不明瞭になるのです。酸いもからいもないまぜな泥道を見渡して、とらえなおして、息を整えてゆくんです。励ましもアドバイスも、この期間は不要に願います。
復調は、「訪れて」くるものであり、自分の努力量や器量とかいう次元のものではなく、どこか、だれかからの「ギフト」で予期しないタイミングでやってきます。こっちがどんな状態であるかなんておかまいなしにのタイミングで、無遠慮に土足でやってきます。ただ、こちらも「やあ、来たか」で応じるだけのものなのでした。
生きてるうちの今のタイミングでのこの変調、復調でよかったと思う。ほんの少し、息が楽になるだけが、こんなにありがたいとは。
こういう時、普段やってる「他人への配慮気遣い」は有限な意思の量を減らしてしまうし、「正しいこと」だと言って正論を強いてくる組織や人とは一切交わらないのが大事だった。すごく大事だった。「いいこと」も「正しいこと」もそれが自分を傷つけてくるものになるんだから、安逸に近づいたりするのは怖いなって、本当に思いました。
だから、いまなんで何となく調子が戻ってきてくれてるのか全然理由がわかりませんし、心当たりがないのです。なにか「開いた」感がたしかにあるのでした。人の不思議ですね、これは。
父が亡くなったことは、自分の中では思ってた以上にダメージがあったようです。いてくれて、やっと100%だった生き物が、100%でないところから、日々を過ごすというのは、やはり不調なのでした。半面、母の存在の貴重さも、親という「甘さ」、ありがたさがしみたのでした。
仕事も以前のところを辞め、新しい仕事に移りました。これもなかなか本調子といかず、ことさら苦しい半年でしたし、まだ心療内科を探してる面もあるので、本当の意味では復調とは言えないのかもしれません。
そうはいっても、「本調子でない」自覚はあるので、無理もしませんでしたし、我慢するということのできない「底の抜けた状態」で2年過ごしてきてるので周りの人に気遣ってもらっての今なのです。
その時になって「誰に囲まれて生きてきたか」が急激に赤裸々となるのです。培ってきたもの以外は、やっぱり空欄なのが人生というものです。空虚とは少し違いまして、闇雲に動き出すのがあまりにも危険な状態でしたから、極力刺激や交流に制限を設けて過ごす時期であったことが、なによりだったのです。
世間的には、応援や人との交流などが大事である、という話もちらほら聞きますが、「一定の期間の配慮ある孤独」をじわじわ味わいながら、「整えなおす」のが必須でした。
どうしても一定量の「孤独さ」は「許されて」いてくれないと、「再構築」が不明瞭になるのです。酸いもからいもないまぜな泥道を見渡して、とらえなおして、息を整えてゆくんです。励ましもアドバイスも、この期間は不要に願います。
復調は、「訪れて」くるものであり、自分の努力量や器量とかいう次元のものではなく、どこか、だれかからの「ギフト」で予期しないタイミングでやってきます。こっちがどんな状態であるかなんておかまいなしにのタイミングで、無遠慮に土足でやってきます。ただ、こちらも「やあ、来たか」で応じるだけのものなのでした。
生きてるうちの今のタイミングでのこの変調、復調でよかったと思う。ほんの少し、息が楽になるだけが、こんなにありがたいとは。
こういう時、普段やってる「他人への配慮気遣い」は有限な意思の量を減らしてしまうし、「正しいこと」だと言って正論を強いてくる組織や人とは一切交わらないのが大事だった。すごく大事だった。「いいこと」も「正しいこと」もそれが自分を傷つけてくるものになるんだから、安逸に近づいたりするのは怖いなって、本当に思いました。
だから、いまなんで何となく調子が戻ってきてくれてるのか全然理由がわかりませんし、心当たりがないのです。なにか「開いた」感がたしかにあるのでした。人の不思議ですね、これは。