ポール・マッカートニー・ソロアルバムの解説の前にビートルズの話を。
時は1988年、当時13歳でした。その年はビートルズデビュー25周年に因んで全アルバムがCD化され始めた翌年。全てのアルバム・シングルがCD化された年でした。また、一般にもCDが普及された来た頃かと思います。我が家にCDデッキが来たのもこの年でした。
音楽に興味を持ち始めていたので、ビートルズとの出合いはまさに必然と言えました。
そんな矢先、CD化記念の特番がTVで放映され、映像と共にビートルズを聴いてノックアウトされた。こんな衝撃はこれが最初で最後だろう。
これがきっかけでCDを買い始めた。
その後は66年の武道館公演がTVで放映されたり、映画イマジン公開絡みでソロ時代のジョンを目にしたり、現役で活躍するジョージがいたり(トラベリング・ウィルベリーズ旋風)、一気にハマる環境が出来ていった。
ビートルズの曲では圧倒的にポールの曲がすんなり入ってきた。その後しばらくはジョンに傾いて、イマジンのサントラ(ベスト版)を買った。ソロ時代も名曲揃いだった。
ではポールはどうか。ビートルズ時代にあれだけの名曲を作ったポール。ある程度ビートルズが揃ってきたところでソロも聴きたくなったというわけだ。
そこでレコード屋で見てみると、あるのはバンド・オン・ザ・ラン、ヴィーナス・アンド・マース、USAライブ!!、タッグ・オブ・ウォー、パイプス・オブ・ピース。ウイングスというバンドと一緒の名義のものもある。あまりに単純なバンド名だったので、こういう有名なバンドもあって、ポールはスーパースターだからバックバンドに雇ったんだろう、と勘違いしていた。
しかしどれも帯とか裏ジャケのデザインが古くさい。しかも価格が高い。3,600円もする。USAライブに至っては2枚組で5,400円!?高っ。
そこで目に留まったのが『オール・ザ・ベスト』。これが当時一番新しいアルバムだった。
Paul & Me part1 ~『オール・ザ・ベスト』につづく…
時は1988年、当時13歳でした。その年はビートルズデビュー25周年に因んで全アルバムがCD化され始めた翌年。全てのアルバム・シングルがCD化された年でした。また、一般にもCDが普及された来た頃かと思います。我が家にCDデッキが来たのもこの年でした。
音楽に興味を持ち始めていたので、ビートルズとの出合いはまさに必然と言えました。
そんな矢先、CD化記念の特番がTVで放映され、映像と共にビートルズを聴いてノックアウトされた。こんな衝撃はこれが最初で最後だろう。
これがきっかけでCDを買い始めた。
その後は66年の武道館公演がTVで放映されたり、映画イマジン公開絡みでソロ時代のジョンを目にしたり、現役で活躍するジョージがいたり(トラベリング・ウィルベリーズ旋風)、一気にハマる環境が出来ていった。
ビートルズの曲では圧倒的にポールの曲がすんなり入ってきた。その後しばらくはジョンに傾いて、イマジンのサントラ(ベスト版)を買った。ソロ時代も名曲揃いだった。
ではポールはどうか。ビートルズ時代にあれだけの名曲を作ったポール。ある程度ビートルズが揃ってきたところでソロも聴きたくなったというわけだ。
そこでレコード屋で見てみると、あるのはバンド・オン・ザ・ラン、ヴィーナス・アンド・マース、USAライブ!!、タッグ・オブ・ウォー、パイプス・オブ・ピース。ウイングスというバンドと一緒の名義のものもある。あまりに単純なバンド名だったので、こういう有名なバンドもあって、ポールはスーパースターだからバックバンドに雇ったんだろう、と勘違いしていた。
しかしどれも帯とか裏ジャケのデザインが古くさい。しかも価格が高い。3,600円もする。USAライブに至っては2枚組で5,400円!?高っ。
そこで目に留まったのが『オール・ザ・ベスト』。これが当時一番新しいアルバムだった。
Paul & Me part1 ~『オール・ザ・ベスト』につづく…