10月11日(月)に、カトリック東京教区の高齢司祭と病気療養中の司祭の新しい住まい、ペトロの家が一日外部に開放されて、自由に中の様子を見ることができました。カテドラルの構内の敷地はもとは大司教館のあったところです。
それぞれの建物の内部は、玄関も廊下も食堂、洗濯室も、きちんとしていて、部屋はバス・トイレつきの個室でした。聖堂も小さいながら美しい様子です。個人的に気になったのは以前。ルームメイドの仕事を少ししていたので、ベッドメイクやバス・トイレの清掃が結構体力仕事で、これは清掃はどうするのだろうかと思いましたから、小宇佐師に伺ってみたところ。基本、当人だというのでした。これには、はて、大丈夫かなと心配になりました。あれは元気な人でないとなかなか大変です。この家に入るのは皆様、かなりの高齢の方ばかり。バスの清掃で転んだりしたら骨折しかねないでしょうし、なんとも心配。
後で別の方が多分業者などを入れるでしょうということで、まあ安心しました。高齢者ということは骨折しやすいことも心しておかないと、このあいだ長崎のコンベンツァル会の有名なブラザーがちょっとした段差で転んだ話を書いていました。お年寄りばかりということは、これからさまざまな問題もでてくるでしょうし、若い人たちの生活と同じレベルで見ていてはいけないのかもしれないと思いました。
それぞれの建物の内部は、玄関も廊下も食堂、洗濯室も、きちんとしていて、部屋はバス・トイレつきの個室でした。聖堂も小さいながら美しい様子です。個人的に気になったのは以前。ルームメイドの仕事を少ししていたので、ベッドメイクやバス・トイレの清掃が結構体力仕事で、これは清掃はどうするのだろうかと思いましたから、小宇佐師に伺ってみたところ。基本、当人だというのでした。これには、はて、大丈夫かなと心配になりました。あれは元気な人でないとなかなか大変です。この家に入るのは皆様、かなりの高齢の方ばかり。バスの清掃で転んだりしたら骨折しかねないでしょうし、なんとも心配。
後で別の方が多分業者などを入れるでしょうということで、まあ安心しました。高齢者ということは骨折しやすいことも心しておかないと、このあいだ長崎のコンベンツァル会の有名なブラザーがちょっとした段差で転んだ話を書いていました。お年寄りばかりということは、これからさまざまな問題もでてくるでしょうし、若い人たちの生活と同じレベルで見ていてはいけないのかもしれないと思いました。