2015年 イギリス映画
2016年の映画初めは、『x+y』でした。これ、大満足の作品です。
ネイサンは、幼少期に自閉症の一種であると診断される。そのため人とのコミュニケーションが上手く取れず、特に母親のジュリーは息子との関係に常に悩む。同時に、ネイサンの数学に対する能力はずば抜けており、9歳にして中学校レベルの数学を勉強すべく、数学教師をしているハンフリーの特別講習をうけることになる。後に数学オリンピックのイギリス代表に選ばれたネイサンは、自分以上に数学のできる個性豊かなチームメイトや他国代表の学生たちと出会い、人の感情やかかわり合いを少しずつ学んでいく。
まず、とにかくリアル。登場人物たちのそれぞれの立場、感情、キャラクターが、本当に上手く描かれていて、一人ひとりの人格がしっかりしています。個人的には、母親ジュリーの気持ちに寄り添って映画を観ていました。というのも、同じではありませんが、似たような状況になったことがあり、ネイサンや彼のチームメイトのような「人間とのコミュニケーションが苦手な人達」に囲まれ、苦労した経験があるからです。
以前、IT系企業のエンジニアが集まる部署に数年務めていたことがあるのですが、彼らがまさにネイサンや数学オリンピックの代表達のようなタイプでした。人により程度の差はありますが、目を合わせられない、挨拶ができない、会話の中で適切な言葉選びができないから相手を怒らせたり傷つけたりするということが多々ありました。最近よく聞く「アスペルガー症候群」も軽度自閉症の一つです。数字のように、正解不正解がはっきりしているものに関してはいいのですが、そうでないもの、例えば人の気持ちを考えること、表現をオブラートに包むこと、TPOに合わせた話題を選ぶことが上手くできなかったりします。
それでも、職場は変えればなんとかなります。結局は他人ですから。でも親子の関係は選べない。更に、パイプ役であった父親が亡くなってしまったことで、母親はどうにか歩み寄ろうと努力するも諸刃の剣。よくわからない数学の方程式でうめつくされたノートを目にして、「これは何?私にも教えて」と小学生の息子に聞いてみても、「お母さんは賢くないからわからないよ」と相手にさえしてもらえない。学校への見送り時のハグも拒否され、数学オリンピック合宿の為台湾に旅だった息子からは、無事に到着したという電話の一本さえない。母親を馬鹿にしている、というよりはどうして無事を伝える電話をしなくてはいけないのか、どうして握手やハグをしなくてはいけないのかが純粋にわからないわけです。
台湾合宿では、同じくイギリス代表候補に選ばれた仲間や、中国代表たちとの交流から、これまで出会ったことのない人々と接する機会に恵まれます。ネイサンのように相手を気遣った言葉選びができないがために友人ができず、孤独に苛まれてしまうチームメイト。自分の賢さから天狗になってしまうもの。他のメンバーの自己顕示欲の強さに煩わしさを感じる者。また初めて自分を異性として見てくれた人。数学に長けているという一つの共通点で集まったメンバーにも、本当に様々な違いがあり、ここでもコミュニケーションや人間関係構築の難しさが浮き彫りに。そういう、現実社会で本当に問題になっている、でもあまり表面には出てきにくい微妙な葛藤を、繊細に、そして的確に描いています。
特に印象に残っているのは、ネイサンのチームメイトのルークの自傷行為が発覚するシーン。「ただ数学が人よりできるから数学をやっているだけ。別に好きでもなんでもない。でも数学で人より優れていなければ、ただの変わり者になってしまう」…代表から外れてしまったあとの彼の言葉には、はっとさせられます。人に対して無神経な口の聞き方をすることから彼らには感情がないように思えてしまうのですが、他人と人間関係を築けないことのストレスからうつ病になる人も多くいるのも事実です。それがこのシーンに集約されていて、胸がつまりました。
とにかく、どの俳優さんもとにかく素晴らしくて、正直一人ひとりに賛辞を送りたいところなのですが、出来るだけかいつまんで行きます。
ネイサンの母親ジュリーを演じたのは、大好きなサリー・ホーキンス。もうもう、わたくし彼女が大好きで、彼女が出ているとその映画への安心感が増すほど。この映画でも抜群のうまさで、言葉としてセリフには起こされていない母親の孤独感や誰かに頼りたいという心の叫びが彼女の演技からにじみ出てきます。
ハンフリー先生役のレイフ・スポールは、どうやらこれまでに幾つもの映画で彼を観ていたようなのですが、私がはっきりと覚えているのは『I Give It a Year』という作品のみ…。これ、イギリスのコメディー映画なのですが、B級寄りの作品(にしてはキャストは豪華)で、これを見ただけではこんなにうまい俳優だったのかとは気づきませんでした。レイフさん、素晴らしかったです。もちろんスクリーンライターによるセリフがそもそも素晴らしいのでしょうが、このハンフリー先生の人格が、彼の演技によってしっかりと輪郭が現れています。この人がその辺の学校に務めていても驚かないくらい、とてもリアル。
もう何度も言っていますが、イギリス映画の良さって、人物像のリアルさだと思うのです。この映画も例外ではなく、この加減が絶妙です。
そして、ここ1、2年感心しつづけていること。それはイギリスの若手俳優たちの台頭と演技力の高さ。本当にどんどんと新しい才能が出てきています。この映画もメインは10代(役柄)の学生たちなのですが、見事にみんながうまい。主演のエイサ・バターフィールドはもちろんですが、個人的イチオシは、彼のチームメイト役だったアレックス・ローサー(Alex Lawther)。最近では、カンバーバッチ主演の『イミテーション・ゲーム』にも出演しているようですが(未見)、実は今年の夏に彼の舞台を見たのです。と言っても、彼の存在を知っていたわけではなく、たまたま誘われて観に行った舞台が彼主演の『Crushed Shells and Mud』という作品で、これがもう、興奮して眠れなくなるほど素晴らしかったのです。こちらも10代の3人の若者が主役の作品なのですが、この3人の演技力と言ったら。後に出演者を調べてみたところ、皆テレビドラマや映画の経験が長く、きちんとキャリアを積んできている俳優さんたちだったのですが、まだ二十歳前後の彼らの演技力の高さ言ったら!イギリスは本当に音楽と演技の才能に溢れてた国だと身を持って実感しています。
映画の感想に戻りますと、気になったのが中国代表でネイサンに好意を抱くチャン・メイ(多分こういう読み方。英語ではZhang Mei)。彼女は映画の中では、自閉症的な疾患はない人物として描かれていると思いますが、彼女のあまりに突飛な行動にイライラ。大事な数学オリンピック本番前日に、好意のある人のベッドに潜り込むって一体どんな神経をしているのか!翌日中国チームの監督であり伯父(もしくは叔父)にそれが発覚し、当然ながら怒られるのですが、彼女の理屈では「どんなに頑張っても、自分が選ばれたのは伯父がいるからこそのコネだと言われ、女だからと対等に見てもらえない」と数学オリンピックをボイコットして飛び出します。
全然理屈になっていない。
他の出場者のベッドに潜り込むのことは全く持って別のこと。性差別を訴えるのなら、そこで女を使うな、と。映画としては、彼女のこの猪突猛進な愛情表現?のおかげで、ネイサンは人を愛するという感情や悲しみといった感情を徐々に理解し始めることになるので、お母さんとしては結果オーライなのでしょうが、この役柄が中国人でなく他のヨーロッパ人という設定だったら、話の設定としてこういう行動を取らせていたか?という疑問を正直持ちました。そこに、作り手の特定の人種や国に対するステレオタイプなイメージがあったのではないか、という印象を受けました。
また、この当たりからエンディングにかけて一気に話が動き始めるのですが、それまでがいいペースで来ていたのに一気に飛ばし過ぎな印象も。映画としてこのエンディングに持って行きたいという気持ちはわかるし正解なんでしょうが、それまでと全く異なるスピードに切り替わってしまったことで、このエンディングの良さを受け入れたいという気持ちを強く持ちつつも、ちょっと白けてしまったのも事実です。
ちょっと残念だと思ってしまう部分はあるものの、とても丁寧に繊細に作られた素晴らしい作品です。
最後に、イギリスチームの監督役にエディー・マーサンが出ているのですが、彼はどこでもしっかりと良いスパイスを加えて、作品をしめてくれます。今回の役柄も、チームの10代の子供同様に、典型的「数学はできるけど言葉のチョイスがいつも間違っている」タイプで、チョイ役ですが絶妙です。
どうやら日本での公開は未定なようで、日本版のタイトルは今のところ見つけられませんでした。
それでも機会があればぜひ!
おすすめ度:☆☆☆☆★
画像はこちらのサイトより:http://macbirmingham.co.uk/event/x-y/
2016年の映画初めは、『x+y』でした。これ、大満足の作品です。
ネイサンは、幼少期に自閉症の一種であると診断される。そのため人とのコミュニケーションが上手く取れず、特に母親のジュリーは息子との関係に常に悩む。同時に、ネイサンの数学に対する能力はずば抜けており、9歳にして中学校レベルの数学を勉強すべく、数学教師をしているハンフリーの特別講習をうけることになる。後に数学オリンピックのイギリス代表に選ばれたネイサンは、自分以上に数学のできる個性豊かなチームメイトや他国代表の学生たちと出会い、人の感情やかかわり合いを少しずつ学んでいく。
まず、とにかくリアル。登場人物たちのそれぞれの立場、感情、キャラクターが、本当に上手く描かれていて、一人ひとりの人格がしっかりしています。個人的には、母親ジュリーの気持ちに寄り添って映画を観ていました。というのも、同じではありませんが、似たような状況になったことがあり、ネイサンや彼のチームメイトのような「人間とのコミュニケーションが苦手な人達」に囲まれ、苦労した経験があるからです。
以前、IT系企業のエンジニアが集まる部署に数年務めていたことがあるのですが、彼らがまさにネイサンや数学オリンピックの代表達のようなタイプでした。人により程度の差はありますが、目を合わせられない、挨拶ができない、会話の中で適切な言葉選びができないから相手を怒らせたり傷つけたりするということが多々ありました。最近よく聞く「アスペルガー症候群」も軽度自閉症の一つです。数字のように、正解不正解がはっきりしているものに関してはいいのですが、そうでないもの、例えば人の気持ちを考えること、表現をオブラートに包むこと、TPOに合わせた話題を選ぶことが上手くできなかったりします。
それでも、職場は変えればなんとかなります。結局は他人ですから。でも親子の関係は選べない。更に、パイプ役であった父親が亡くなってしまったことで、母親はどうにか歩み寄ろうと努力するも諸刃の剣。よくわからない数学の方程式でうめつくされたノートを目にして、「これは何?私にも教えて」と小学生の息子に聞いてみても、「お母さんは賢くないからわからないよ」と相手にさえしてもらえない。学校への見送り時のハグも拒否され、数学オリンピック合宿の為台湾に旅だった息子からは、無事に到着したという電話の一本さえない。母親を馬鹿にしている、というよりはどうして無事を伝える電話をしなくてはいけないのか、どうして握手やハグをしなくてはいけないのかが純粋にわからないわけです。
台湾合宿では、同じくイギリス代表候補に選ばれた仲間や、中国代表たちとの交流から、これまで出会ったことのない人々と接する機会に恵まれます。ネイサンのように相手を気遣った言葉選びができないがために友人ができず、孤独に苛まれてしまうチームメイト。自分の賢さから天狗になってしまうもの。他のメンバーの自己顕示欲の強さに煩わしさを感じる者。また初めて自分を異性として見てくれた人。数学に長けているという一つの共通点で集まったメンバーにも、本当に様々な違いがあり、ここでもコミュニケーションや人間関係構築の難しさが浮き彫りに。そういう、現実社会で本当に問題になっている、でもあまり表面には出てきにくい微妙な葛藤を、繊細に、そして的確に描いています。
特に印象に残っているのは、ネイサンのチームメイトのルークの自傷行為が発覚するシーン。「ただ数学が人よりできるから数学をやっているだけ。別に好きでもなんでもない。でも数学で人より優れていなければ、ただの変わり者になってしまう」…代表から外れてしまったあとの彼の言葉には、はっとさせられます。人に対して無神経な口の聞き方をすることから彼らには感情がないように思えてしまうのですが、他人と人間関係を築けないことのストレスからうつ病になる人も多くいるのも事実です。それがこのシーンに集約されていて、胸がつまりました。
とにかく、どの俳優さんもとにかく素晴らしくて、正直一人ひとりに賛辞を送りたいところなのですが、出来るだけかいつまんで行きます。
ネイサンの母親ジュリーを演じたのは、大好きなサリー・ホーキンス。もうもう、わたくし彼女が大好きで、彼女が出ているとその映画への安心感が増すほど。この映画でも抜群のうまさで、言葉としてセリフには起こされていない母親の孤独感や誰かに頼りたいという心の叫びが彼女の演技からにじみ出てきます。
ハンフリー先生役のレイフ・スポールは、どうやらこれまでに幾つもの映画で彼を観ていたようなのですが、私がはっきりと覚えているのは『I Give It a Year』という作品のみ…。これ、イギリスのコメディー映画なのですが、B級寄りの作品(にしてはキャストは豪華)で、これを見ただけではこんなにうまい俳優だったのかとは気づきませんでした。レイフさん、素晴らしかったです。もちろんスクリーンライターによるセリフがそもそも素晴らしいのでしょうが、このハンフリー先生の人格が、彼の演技によってしっかりと輪郭が現れています。この人がその辺の学校に務めていても驚かないくらい、とてもリアル。
もう何度も言っていますが、イギリス映画の良さって、人物像のリアルさだと思うのです。この映画も例外ではなく、この加減が絶妙です。
そして、ここ1、2年感心しつづけていること。それはイギリスの若手俳優たちの台頭と演技力の高さ。本当にどんどんと新しい才能が出てきています。この映画もメインは10代(役柄)の学生たちなのですが、見事にみんながうまい。主演のエイサ・バターフィールドはもちろんですが、個人的イチオシは、彼のチームメイト役だったアレックス・ローサー(Alex Lawther)。最近では、カンバーバッチ主演の『イミテーション・ゲーム』にも出演しているようですが(未見)、実は今年の夏に彼の舞台を見たのです。と言っても、彼の存在を知っていたわけではなく、たまたま誘われて観に行った舞台が彼主演の『Crushed Shells and Mud』という作品で、これがもう、興奮して眠れなくなるほど素晴らしかったのです。こちらも10代の3人の若者が主役の作品なのですが、この3人の演技力と言ったら。後に出演者を調べてみたところ、皆テレビドラマや映画の経験が長く、きちんとキャリアを積んできている俳優さんたちだったのですが、まだ二十歳前後の彼らの演技力の高さ言ったら!イギリスは本当に音楽と演技の才能に溢れてた国だと身を持って実感しています。
映画の感想に戻りますと、気になったのが中国代表でネイサンに好意を抱くチャン・メイ(多分こういう読み方。英語ではZhang Mei)。彼女は映画の中では、自閉症的な疾患はない人物として描かれていると思いますが、彼女のあまりに突飛な行動にイライラ。大事な数学オリンピック本番前日に、好意のある人のベッドに潜り込むって一体どんな神経をしているのか!翌日中国チームの監督であり伯父(もしくは叔父)にそれが発覚し、当然ながら怒られるのですが、彼女の理屈では「どんなに頑張っても、自分が選ばれたのは伯父がいるからこそのコネだと言われ、女だからと対等に見てもらえない」と数学オリンピックをボイコットして飛び出します。
全然理屈になっていない。
他の出場者のベッドに潜り込むのことは全く持って別のこと。性差別を訴えるのなら、そこで女を使うな、と。映画としては、彼女のこの猪突猛進な愛情表現?のおかげで、ネイサンは人を愛するという感情や悲しみといった感情を徐々に理解し始めることになるので、お母さんとしては結果オーライなのでしょうが、この役柄が中国人でなく他のヨーロッパ人という設定だったら、話の設定としてこういう行動を取らせていたか?という疑問を正直持ちました。そこに、作り手の特定の人種や国に対するステレオタイプなイメージがあったのではないか、という印象を受けました。
また、この当たりからエンディングにかけて一気に話が動き始めるのですが、それまでがいいペースで来ていたのに一気に飛ばし過ぎな印象も。映画としてこのエンディングに持って行きたいという気持ちはわかるし正解なんでしょうが、それまでと全く異なるスピードに切り替わってしまったことで、このエンディングの良さを受け入れたいという気持ちを強く持ちつつも、ちょっと白けてしまったのも事実です。
ちょっと残念だと思ってしまう部分はあるものの、とても丁寧に繊細に作られた素晴らしい作品です。
最後に、イギリスチームの監督役にエディー・マーサンが出ているのですが、彼はどこでもしっかりと良いスパイスを加えて、作品をしめてくれます。今回の役柄も、チームの10代の子供同様に、典型的「数学はできるけど言葉のチョイスがいつも間違っている」タイプで、チョイ役ですが絶妙です。
どうやら日本での公開は未定なようで、日本版のタイトルは今のところ見つけられませんでした。
それでも機会があればぜひ!
おすすめ度:☆☆☆☆★
画像はこちらのサイトより:http://macbirmingham.co.uk/event/x-y/