はぎおの「ツボ」note

興味がかなり偏ったはぎおが「ツボ」にはまったことを、のんびりと、時に激しく?!思いつくまま綴ってます…

年を重ねると感じ方も変わる。「コンフィデント・絆」再見。

2023-11-03 08:20:07 | 記録:観劇

新聞ラテ欄に、懐かしい舞台の番組放送があったので、久しぶりに見てみることにしました。

タイトルは「コンフィデント・絆」

作・演出は、三谷幸喜さん。
主演は中井貴一さん、になるのかな?
生瀬勝久さん、寺脇康文さん、相島一之さん、そして、堀内敬子さん。

2007年の舞台。大阪まで観に行ったなぁ。
当日、演出の三谷さんが舞台上に現れ、いろいろイタズラ?して、開演前に笑かすんですよ。客席を温める、というんですか??
今となっては、いい思い出です。

以下、観劇当時の感想を再掲。その後、今の感想に。

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『コンフィデント・絆』

2007-05-13 15:18:36 | 記録:観劇
やっと、行ってきました。大阪へ
しかも三谷作品初の生観劇。内容もほとんど知らずに、チケットだけ確保したという、なんという無謀な性格。でもこれが返って正解だった
心から感動できる作品に、久しぶりに出あった気がする。

舞台は19世紀。万博を控え、エッフェル塔を建設中の活気付いたパリ。
ある場所に、後に有名画家となるゴーギャン、ゴッホ、スーラ、そして彼らに声をかけたシュフネッケルの4人が、共同でアトリエを構え作品作りに打ち込んでいる。
そこへ、カフェで働くルイーズが絵のモデルとしてやってくる。
誰にも素直で率直に接する彼女に、次第に4人は芸術家として、1人の男として本音を話し始める・・・

中井貴一、寺脇康文、生瀬勝久、相島一之。40代の同世代の個性的な役者がこれだけ揃う舞台はなかなか見られないまたそれぞれがいい役割を果たし、とても素晴らしい台本とともにいい相乗効果を上げた・・・そんな気がする。

正確な構図と繊細な点描画のスーラ=中井貴一
豪快さと優しさを併せ持つゴーギャン=寺脇康文
繊細さと狂気を感じさせる天才肌のゴッホ=生瀬勝久
とにかく人がいいリーダー=相島一之
三谷さんも狙ったとおりの配役だと思うなぁ

そこへ一服の清涼剤といった存在のルイーズ=堀内敬子
はぎおの彼女へのイメージは、四季時代の写真だけですが、正統派・清純な女優さんだったんだけど、結構幅広く、豪快で器量のいいルイーズにぴったり。しかも歌が上手いですからね。
「ゴーギャン、ゴッホ、スーラ、パ シュフネッケ~ル」というテーマ曲が耳に今でも残ってます。この曲がある種キーになるんですが・・・これも狙いね。

単に表面的な友情で終わるのではなく、奥底にある嫉妬や不安、恋愛感情、それによって起こる悲しさ・寂しさ・・・とくにゴッホは誰もが悲しい結末を迎えることを知っているので、フィクションであっても何ともいえない気持ちになった

それにしてもこれって、芸術家という特殊な職業だけでなく、普通の世界でも起こりうるテーマだなぁと痛感。我慢していい関係を保つのか、本音をさらけ出して自分の道を突き進むのか。
本音としては、本音をさらけ出したいけれど、小心者のはぎおとしましては、なかなか難しいところで

たまらない気持ちになりつつも、感動で胸がいっぱいになった構成・演出・音楽・・・久しぶりにすべてつぼにはまったきっとこの作品ははぎおの今年のベスト3に入るに違いない。
ただ、2階席の後ろで、オペラグラスも持ち合わせていなかったので、細かい表情が見えなかったのが残念でたまらない
WOWOWさんがやってくれそうなので、絶対録画・保存版

客席は、当然満席。
しかも男性の方が多いのに驚いた結構男女問わず一人でさらっと観劇されてる方も多くて。
地元じゃ考えられません
都会には、舞台好きの、しかも目の肥えてる方が多いんだなぁと感心しっぱなし。みなさんいい趣味です
しかも、会社帰りの方も多かったみたいで、地元でも休暇をとらなければ観にいけないはぎおにとって、その光景に、もううらやましい限りで
 
 
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さて、ここからは、2023年現在の感想。

同じように感動したんですが。。。
同時に、人の狡猾さ、純粋さゆえの不幸。そういうものをさらに重く感じてしまった。
最初は、仲良く「絵画サロン」的に始まったアトリエ。それが永遠に続くと思っていたのは、1人だけ。

中井さんのスーラは、ゴッホの優れた才能をいち早く見抜き、嫉妬し、出し抜こうとする。結果、一時的に有名になるも、歴史に名を残す程の画家にもなれず、かつ友人を失う。彼の行為を単に「悪」とも呼べず、モヤモヤ。

寺脇さんのゴーギャンも、同じく、ゴッホの才能を見抜き、むしろ支えることで、自己満足を得ようとしている感がある。これも「善」と言えるのか。

生瀬さんのゴッホは、完全に自分の世界。繊細さの中にある激しい情熱と傑出した画力。才能を他人と共感できない。そんな「天才」は、常に危うさの中にあるのでしょうか。

それゆえ、絵画サロンのリーダーを自負して躍起になっていた、相島さんのシュフネッケルの気持ちが一層辛く感じる。才能がないことに気づいていなかった、という事実。そして、それを仲間だと思っていた人たち全員から、まさに仲間はずれのように後で聞かされたことの絶望感。
凡人中の凡人の私、このリーダー役の気持ちの方が痛いほど伝わって、いろんな意味で泣けてきちゃった。

そして、芸術家たちに翻弄され、見守り続けた、堀内さん演じるルイーズの美しい歌声が、時に歓び、時に虚しく感じて心に染みる。。

芸術文化やスポーツ、いや、どの世界でも、どんなに仲良くても、どこかで「競争」、そこから生まれる「嫉妬」は存在するもの。きれいごとだけの世界はない、と思う。それをバネにするか、落ち込むだけか、出し抜くか・・・たとえ凡人でも、人生のうちで一度くらいは必要なのかもしれない。「楽しい」「いいひと」だけでは成長しない。そんな気がしました。

友情か、才能か、自分の欲か。
人によって目的が異なる、永遠のテーマかもしれませんね。
そう、この舞台も、最初から全員の目的が違っていたのかもしれない。そこからの食い違い。。

一生「純真無垢」で楽しくいられることは、皆無なのかもしれない、と思うと、悲しいなぁ。

三谷さんの群像劇。コメディタッチの印象が強いですが、作品によっては、切なく、残酷な終焉を迎えることも多い。その絶妙な加減が好きなんですよね。

 
ただ一点、違和感を感じたのが、この映像が「無観客」だったこと。放送用に別撮りされたものだったのでしょうか。
和気あいあいだった頃の会話のやり取りで、涙が出るほど笑った記憶があったのですが、それがまるでない。
やはり、舞台は観客の歓声や拍手まで含めて成り立つ「総合芸術」なんだなぁと、改めて実感しました。
いい舞台だっただけに、面白さ、良さが半減した感があって、この放送はちょっと残念。。。
 
そうだ、思い出した。
終演後、三谷さんを含め、キャスト全員でトークがあったような。
悲しいラストでしたが、楽しいやり取りで、明るい気分で帰宅したと思います。
やっぱり、舞台は生がいいねぇ。

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