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バッハ/マタイ受難曲(バッハ・コレギウム・ジャパン)

2020年08月05日 | pocknのコンサート感想録2020
8月3日(月)バッハ・コレギウム・ジャパン 第137回定期演奏会

東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル


【曲目】
バッハ/マタイ受難曲 BWV244


【演 奏】 
福音史家&T:櫻田 亮、T:中嶋克彦、谷口洋介/イエス&B:加耒 徹/B:浦野智行、渡辺祐介/S:森 麻季、松井亜希/A:布施奈緒子、青木洋也、久保法之 他
鈴木雅明指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン



終演後のステージ

4月の受難節に予定されていたBCJのマタイの延期公演は元々満席だった座席の半分までしか使えないため、この超大作をなんと1日2公演行うことになり、追加券で夜公演を聴くことができた。今夜のマタイを何と言ったらいいのだろう。この状況下で合唱つきの大規模な作品を演奏できたことも、超ハードな大作を1日2回もやったことも、そして演奏内容も、全てが奇跡のような出来事だった。数々の奇跡で最も感動的だったのは演奏内容。今夜のマタイは人間の持つすべての感情を凝縮して、それを包み込んで余りある大きな愛に満たされていた。

BCJのマタイは去年も聴いたが、そのときの演奏は徹底して厳しい、息もつけないほどの緊迫感に支配された印象だった。そこには愛や慈しみもあったが、受難劇の悲劇性がリアルに迫ってきた。それに対して今夜は、人間の醜さや弱さ、残酷さ全てが、潤いに満ちた大きな愛で包み込まれているのを感じた。ストレッタのように間髪置かない去年の進行も、今夜の鈴木雅明の指揮では深い一呼吸が置かれることが多かったように思う。進行だけでなく、一つ一つの楽曲を担ったソリスト達、オブリガートのソロ楽器、通奏低音、オーケストラ、合唱、全てが総動員で愛を奏でた。昨年の演奏だって大きくて深い愛を感じたし、今夜の演奏でも厳しい表現は随所に聴かれた。もしかすると聴く側の心境の違いが、愛や救いの表現により気持ちが向かったのかも知れない。

随所にある聴きどころのなかでも、イエスを処刑するために捕らえてしまう人間の罪深さを諭す第1部の終曲コラールと、イエスに別れを告げるレチタティーヴォと、それに続いて「安らかに憩え」と合唱で歌われる第2部の終曲、この2ヵ所が作品の大きなクライマックスを築いていると感じるが、僕は第1部のクライマックスからすでに涙なしには聴くことができなかったし、終曲でも涙を止めることができなかった。

日本人メンバーのみによる演奏となったが、BCJの魅力はいささかも減じることはなかったというより、今日のメンバーはBCJのひとつのベストな姿だと感じた。去年のマタイでも深い感銘を与えた櫻田亮のエヴァンゲリストは、何と人間的で雄弁に聖書を語り、場面場面に即した真摯でリアルな表現で胸を打ったことか。エヴァンゲリストの聴かせどころと云われる「ペテロの否認」の後の「激しく泣いた」というフレーズに、ペテロの深い後悔と共に、人の弱さや、それを包み込む愛情までもが表現されていた。それに加えて終曲の前のイエスへの呼びかけでも泣かせてくれた。

加耒徹のイエスも申し分のない深さと大きさを持っていた。弦楽器の後光に彩られて発せられる声の清澄さと深さ、全てを知り尽くし、それを人々に伝える預言者の風格や、全てを受け入れる心の大きさは、一際高いところから発せられる神の声を感じた。イエスが息絶えた後に歌われるアリアでは浄化された世界が深く心に沁みた。昨年もソプラノⅡを担当した松井亜希の第8曲のアリアからは、裏切り者のユダを責めるというより、ユダの母の心境を映したような深い悲しみと共に純粋な愛が感じられた。松井さんのソロをもっと聴きたい。

今回のマタイで画期的だったのは、アルトソロに女性歌手を起用したこと(なぜかプログラムのメインキャスト表に名前がなかった)。布施奈緒子は、研ぎ澄まされた格調高い表現で2つのアリアで心に真っすぐに届く歌唱を聴かせ、最後のイエスへの別れの呼びかけで変わらぬ懺悔の心を伝えた。僕が聴いたBCJのバッハの宗教作品でアルトパートを女性が歌ったのは初めて。男性が歌うことには宗教的な、或いは慣習的な意味があるのかも知れないが、女性ならではの魅力があることを布施は伝えてくれた。今後もこの流れを継続して男性アルト同様の場が提供されると嬉しい。

感染リスク対策のためオケが最後列に並び、合唱が最前列に配される前代未聞の配置は演奏者にとって大きな困難もあっただろうが、大きく包み込むような広がりのある響きを実現した。そんな大きく深い抱擁で「安らかに憩え」と終曲を閉じると、去年のような残念な拍手はなく会場は長い静寂に包まれた。僕だけでなく、多くの人達の目には涙が溢れ、その気持ちを静かに噛みしめていたに違いない。そしてようやく拍手が鳴り始め、半分以下しか入っていないなんて信じられないような大きな喝采に包まれた。

1回の公演だって疲れ果ててしまうはずのマタイを、カットも一切行わず同じメンバーで一日2回もやるなんて、強靭な体力と気力に驚くと共に、このような奇跡を見事に成し遂げたBCJの尽力とその思いに感謝しかない。この日の演奏は後世まで語り継がれるに違いない。

演奏会では、ステージ後方に日本語字幕が表示された。音楽とテキストは一体であり、歌詞がわかってこそ本当の感動が得られる。とことん歌詞にこだわり、その大切さを演奏で伝えるBCJの演奏会で、歌詞対訳が値の張るパンフレット冊子を買わなければ見られないことを再考して欲しいと去年のマタイの感想で書いたが、その要望が届いたのだろうか。とても嬉しく有り難い。今後も是非これを続けてもらいたい。

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