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練木繁夫ピアノリサイタル

2009年10月13日 | pocknのコンサート感想録2009
10月13日(火)練木 繁夫 ピアノ・リサイタル
~デビュー30周年記念~
紀尾井ホール
【曲目】
1.ベートーヴェン/ソナタ第30番ホ長調Op.109
2.シューマン/幻想曲ハ長調Op.17
3.ベートーヴェン/ソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィーア」Op.106

練木繁夫のピアノはこれまで主に室内楽で聴いてきたが、抑制された中に研ぎ澄まされ、凝縮された煌めきのパッションを投入する演奏はいつでも強い印象を与えてくれる。そんな練木がソロリサイタルでベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」をやるとなれば聴き逃せない。客席には藤井一興や清水和音の姿も見られ、このリサイタルの注目度の高さを物語っていた。

まずはベートーヴェンの30番のソナタ。ここで一番印象に残ったのは終楽章。静けさの中から浮かび上がったテーマは変奏で様々に姿を変えても曲の中にいつでも変わらぬ核としてその存在を示し続ける。こうした演奏だとこの楽章の、或いはこの曲の一番の聴かせどころとも言える、連続するトリルと共に鐘の響きのように高音が打ち鳴らされる最後の第6変奏が音響的な華やかさに惑わされることなくベートーヴェンの一途で深遠なメッセージが伝わってくるようだ。そうしたぶれない一貫したアプローチと磨き抜かれた硬質な美しい響きによって、透徹とした孤高の美の世界を作り上げていた。

続いてのシューマンでも練木のアプローチはベートーヴェンと変わらず「硬派」なスタイルを貫く。テーマがどのように対話しているかといった音楽の構造がくっきりと見えてくる。中でも第3楽章は、途中思わぬハプニングはあったものの、シューマン的なちょっと病的な幻想のヴェールを取り払いリアルな美しがあぶり出され、結晶のような比類のない輝きを放っていた。これはさっきやったベートーヴェンのソナタに通じる世界だ。ベートーヴェンとシューマンという一見随分毛色の違う音楽を並べたプログラミングの意図が納得できてしまった。

さて後半はいよいよ「ハンマークラヴィーア」だ。この曲を聴いて改めて感じたのは、大規模な大曲をよく大きな建造物に例えたりするが、この曲はそんな巨大な建造物があちこちに離れ離れに散在しているような、手に負えないようなスケールの作品だということ。この作品は譜面にあるだけではまだ未完で、これをいかにまとめて調和がとれた、しかもスケールの大きな世界を構築するかはひとえに演奏者の手腕にかかっている、この曲の偉大さは偉大な演奏家によってしか認知され得ない特異な音楽だと思わずにはいられない。

ベートーヴェンはよくもこんな演奏家泣かせの作品を書いたものだと思うが、今夜の練木の演奏はそんな怪物を相当巧みに手なずけ、その全体像を示すことに成功していたと思う。とりわけ雲をつかむような第3楽章や難曲中の難曲と思える終楽章が素晴らしかった。磨かれた音たちが調和を保ちながらどこまでも深く、その上クリアーに一心に訴えかけてくる。様々なシーンが有機的につながり、ひとつの方向に向かったときに備わるエネルギーの大きさを感じる演奏だった。この曲は演奏者のみならず聴き手にもその姿勢を問うてくるようなところがあり、聴く側も生半可な気持ちでは臨めないことも痛感した。

練木繁夫の音楽に対する真摯な態度、そこから生まれる妥協を許さない真のメッセージやパッションは、亡き園田高弘が聴かせてくれたものと共通するものを感じる。練木のベートーヴェンやバッハをもっと聴きたい!という気持ちが益々高まった。

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