6月3日(土)仲道郁代(Pf)
Road to 2027 劇場の世界
サントリーホール
【曲目】
♪ べートーヴェン/ピアノ・ソナタ第19番 Op. 49-1 & ピアノ・ソナタ第20番 Op. 49-2
♪ べートーヴェン/ピアノ・ソナタ第18番 Op. 31-3
♪ ♪ ♪ ♪ シューマン/パピヨン Op. 2
♪ シューマン:謝肉祭 Op. 9
【アンコール】
♪ シューマン/トロイメライ
6年目に入った仲道郁代のリサイタルシリーズ”road to 2027”、今回のテーマは「劇場の世界」。仲道さんとベートーヴェン研究に取り組んでいた諸井誠氏が「コメディア・デラルテcommedia dell'arte」(16世紀イタリア起源の仮面喜劇)との関連を指摘したというベートーヴェンの18番のソナタを核に、劇場=コメディア・デラルテという視点からベートーヴェンとシューマンの作品が選ばれた。
最初はベートーヴェンの作品49の2つの小さなソナタ。「劇場の世界」を仮想の世界と見立て、「この日限りの試み」ということで2つのソナタの楽章をばらして、ひとつのソナタ作品として再構成する試み。Op.49-2-Ⅰ→Op.49-1-Ⅰ→Op.49-2-Ⅱ→Op.49-1-Ⅱという順番で演奏された。どちらのソナタのどの楽章もG音が主音という繋がりだけでなく、それぞれが4楽章ソナタの各楽章の特徴も具えていることに気づかされ、2つの作品を合体させたこの場限りの試みが説得力を持って鳴り響いた。各楽章が落ち着いた包容力で親密に語りかけてきたのは、「新たな作品」という意味合いもあったのかも知れない。
そしてキー作品である18番のソナタ。ひょうひょうとして掴みどころがはっきりしないと感じていた一種謎めいたソナタが、仲道さんの詳しい曲目解説を読み、トークのあとで実演を聴くと音楽が俄然語り出し、役を演じ始めた。それは明確な意志というよりも、現実から距離を置き、仮想の世界で何かを夢想している姿、或いは素顔を晒すことを拒み、謎かけしている姿だ。しみじみと聴かせる音楽だと思っていた第3楽章でも、不穏な気分に駆り立てられた。
後半はシューマン。まずは「パピヨン」。仲道さんの解説から、この曲がジャン・パウルの小説「生意気盛り」の仮面舞踏会のシーンに由来していることを知った。各楽曲がどんなシーンの描写であるかが字幕で出るので、物語とリンクして演奏を聴くことができ、切なさやひたむきな思い、鐘の音の意味など、楽曲から情景や心情が鮮やかに浮かび上がり、映画のシーンを追うような気持ちで聴くことが出来た。終曲での、いなくなってしまったヴルドの面影を追い求めるような、仲道さんの切なく後を引くエンディングの表現がいつまでも心に残った。
最後は「コメディア・デラルテ」の真骨頂とも云える「謝肉祭」。こちらも字幕付き。普段この曲を聴くとき以上に、それぞれが魂を持った個性豊かなキャラクターとして生き生きと浮かび上がった。オイゼビウスとフロレスタンの鮮やかな対比、とりわけオイゼビウスの内向性の表現が心に深く沁みた。
興味深かったのは「スフィンクス」。「3つの音列が譜面に書かれているけれど演奏されない」というこの曲を、記された音列分の時間をピアノの前で沈黙を捧げた。こんな曲があるなんて知らなかったと後で調べてみた。多くの録音を当たってみると、殆どのピアニストが「スフィンクス」は存在しないものとしてトラックに入れていない。そのなかで、ホン・ミンス、内田光子、サンソン・フランソワといったピアニストは、譜面の音列をオクターブで鳴らしていた。仲道さんの古いCDには、この曲は入っていなかった。無音の表現はジョン・ケージの「4分33秒」を思い起こさせるが、仲道さんは解説で「聴こうとする人にだけ聴くことができるというシューマンのロマン」と記している。こんな意味深なパフォーマンスが入るのも、いかにも「劇場の世界」に相応しい。仲道さんは「謝肉祭」を、現実の世界から離れた仮想の世界に入り込んだ感覚にさせ、ファンタジー豊かな「劇場の世界」を作ることに成功した。
仲道さんは、このリサイタルシリーズで毎回掲げる知的なテーマに沿って曲を選び、統一感のあるリサイタルを行っているが、今回はとりわけ演奏されたどの作品も深いところで密接に繋がり、非日常の特別なお芝居を観るようなリサイタルとなった。
仲道郁代 Road to 2027 知の泉 ~ 2022.5.29 サントリーホール
仲道郁代 Road to 2027 幻想曲の模様―心のかけらの万華鏡 ~ 2021.10.23 東京文化会館小ホール
仲道郁代 Road to 2027 幻想曲の模様―心が求めてやまぬもの ~ 2021.5.30 サントリーホール
仲道郁代 ロマンティックなピアノ ~ 2021.3.5 紀尾井ホール
仲道郁代 フォルテピアノ&ピアノ~ミーツ・ベートーヴェンシリーズ~ 2020.1.10 東京芸術劇場
仲道郁代 ピアノリサイタル~第29回 交詢社「音楽と食事の夕べ」 2019.12.21
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最新アップロード:「かなりや」(詩:西條八十)
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コロナ禍とは何だったのか? ~徹底的な検証と総括を求める~
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最初はベートーヴェンの作品49の2つの小さなソナタ。「劇場の世界」を仮想の世界と見立て、「この日限りの試み」ということで2つのソナタの楽章をばらして、ひとつのソナタ作品として再構成する試み。Op.49-2-Ⅰ→Op.49-1-Ⅰ→Op.49-2-Ⅱ→Op.49-1-Ⅱという順番で演奏された。どちらのソナタのどの楽章もG音が主音という繋がりだけでなく、それぞれが4楽章ソナタの各楽章の特徴も具えていることに気づかされ、2つの作品を合体させたこの場限りの試みが説得力を持って鳴り響いた。各楽章が落ち着いた包容力で親密に語りかけてきたのは、「新たな作品」という意味合いもあったのかも知れない。
そしてキー作品である18番のソナタ。ひょうひょうとして掴みどころがはっきりしないと感じていた一種謎めいたソナタが、仲道さんの詳しい曲目解説を読み、トークのあとで実演を聴くと音楽が俄然語り出し、役を演じ始めた。それは明確な意志というよりも、現実から距離を置き、仮想の世界で何かを夢想している姿、或いは素顔を晒すことを拒み、謎かけしている姿だ。しみじみと聴かせる音楽だと思っていた第3楽章でも、不穏な気分に駆り立てられた。
後半はシューマン。まずは「パピヨン」。仲道さんの解説から、この曲がジャン・パウルの小説「生意気盛り」の仮面舞踏会のシーンに由来していることを知った。各楽曲がどんなシーンの描写であるかが字幕で出るので、物語とリンクして演奏を聴くことができ、切なさやひたむきな思い、鐘の音の意味など、楽曲から情景や心情が鮮やかに浮かび上がり、映画のシーンを追うような気持ちで聴くことが出来た。終曲での、いなくなってしまったヴルドの面影を追い求めるような、仲道さんの切なく後を引くエンディングの表現がいつまでも心に残った。
最後は「コメディア・デラルテ」の真骨頂とも云える「謝肉祭」。こちらも字幕付き。普段この曲を聴くとき以上に、それぞれが魂を持った個性豊かなキャラクターとして生き生きと浮かび上がった。オイゼビウスとフロレスタンの鮮やかな対比、とりわけオイゼビウスの内向性の表現が心に深く沁みた。
興味深かったのは「スフィンクス」。「3つの音列が譜面に書かれているけれど演奏されない」というこの曲を、記された音列分の時間をピアノの前で沈黙を捧げた。こんな曲があるなんて知らなかったと後で調べてみた。多くの録音を当たってみると、殆どのピアニストが「スフィンクス」は存在しないものとしてトラックに入れていない。そのなかで、ホン・ミンス、内田光子、サンソン・フランソワといったピアニストは、譜面の音列をオクターブで鳴らしていた。仲道さんの古いCDには、この曲は入っていなかった。無音の表現はジョン・ケージの「4分33秒」を思い起こさせるが、仲道さんは解説で「聴こうとする人にだけ聴くことができるというシューマンのロマン」と記している。こんな意味深なパフォーマンスが入るのも、いかにも「劇場の世界」に相応しい。仲道さんは「謝肉祭」を、現実の世界から離れた仮想の世界に入り込んだ感覚にさせ、ファンタジー豊かな「劇場の世界」を作ることに成功した。
仲道さんは、このリサイタルシリーズで毎回掲げる知的なテーマに沿って曲を選び、統一感のあるリサイタルを行っているが、今回はとりわけ演奏されたどの作品も深いところで密接に繋がり、非日常の特別なお芝居を観るようなリサイタルとなった。
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