2012年4月5日(木)東京春祭ワーグナー・シリーズvol.3
東京文化会館
【演目】
ワーグナー/歌劇「タンホイザー」[ドレスデン版](演奏会形式・映像付)
【出演】
タンホイザー:ステファン・グールド/エリーザベト: ペトラ=マリア・シュニッツァー/ヴェーヌス:ナディア・クラスティーヴァ/ヴォルフラム:マルクス・アイヒェ/領主ヘルマン:アイン・アンガー/ヴァルター:ゲルゲリ・ネメティ/ビーテロルフ:シム・インスン/ハインリッヒ:高橋 淳/ラインマール:山下浩司/牧童:藤田美奈子
【演奏】
アダム・フィッシャー指揮 NHK交響楽団/東京オペラシンガーズ
僕がワーグナーのオペラの実演に初めて接したのは学生時代。ベルリンシュターツオパー(旧東独)の「オランダ人」だった。そして今夜の「タンホイザー」のライブ(演奏会形式だが)で、ワーグナーの有名なオペラをようやく全てライブで体験したことになる。実に30年かかった。
一昨年の「パルジファル」で始まった東京・春・音楽祭でのN響によるワーグナーシリーズ、去年の「ローエングリン」は震災で中止になり、今年はそれを1年遅れでやると思いきや、演目は当初の計画通りに進められるようだ。すると「ローエングリン」は「神々」のあと?
このシリーズの楽しみのひとつは、N響でワーグナーのオペラを聴けること。今回は俊英アダム・フィッシャーがタクトを受け持った。コンマスはゲストコンマスのペーター・ミリング。「タンホイザー」を初演したドレスデン・シュターツカペレのコンマスでもある。
厳かな雰囲気の序曲が静かに始まる。フィッシャーはあまり粘っこく音を溜めず、スマートに音楽を進めて行く。N響の端正で繊細な弦の綾なす歌が美しい。音楽が盛り上がっても、いたずらに感情を高ぶらせるような煽り方はしないのがフィッシャー流。フィッシャーは全幕を通して冷静で的確にオケをコントロールする。細やかでデリケートな表情、各声部の明晰な描き分け、鮮やかな色彩感など、随所で冴えた感覚を聴かせるのは、N響の力量の現れでもある。ゲストコンマスのミリングが音楽の大きな息遣いを捉えてオケ全体に伝えていたことも大きい。
ただ、新国でN響の底知れぬ力を体感した「ジークフリート」の時(メルクル指揮)にはやはり及ばず、特にゆっくりとしたテンポで進む部分では、更に深くて大きな流れが欲しかったし、そこから織り成される豊かな感情表現にも多少物足りなさを感じたが・・・
歌手陣と合唱も素晴らしかった。とりわけ充実していたのがタイトルロールを歌ったグールドとヴォルフラム役のアイヒェ。グールドは張りのある艶やかな美声で人間味溢れる歌を堪能させた。歌合戦での愛欲を賛美する歌は実に官能的で、他の禁欲的な歌と見事なコントラストを際立たせていたし、3幕での巡礼の様子を物語る迫真の歌唱も心を揺さぶった。最後の最後まで声に疲れが見られないスタミナにも脱帽。対してアイヒェはグールドとは対照的な知的な歌唱で高貴な香りを漂わせた。透明感のある声で、冷静沈着に物事を見据える安定した歌を終始聴かせたが、「夕星の歌」では胸の奥に秘めた思いがじわ~っと伝わってきて情感のこもった歌でもいい味を出していた。
ヴェーヌスを歌ったクラスティーヴァ、エリーザベトを歌ったシュニッツァーも文句ない出来。クラスティーヴァの妖艶な濃い表情、シュニッツァー凛とした気高さや強さは、それぞれの役にぴったりで、声もとてもよく出ていた。また、領主ヘルマン役、アンガーの貫禄と迫力のある存在感も忘れ難い。牧童役の藤田の清楚な歌声も心地良かった。
これほど粒揃いで実力のあるキャストが揃った公演は、ドイツのオペラハウスでもそう出会えるものではない。フィッシャーの明晰な指揮の下、オケと合唱の高いレベルの演奏もあって、素晴らしい公演となった。ストーリーの展開自体がややもたれ気味の第1幕は正直時々退屈に感じることもあったが、2幕と3幕では惹きつけられ続ける公演だった。大行進曲でのボリューム感も密度も満点のパワーある合唱と、N響ブラスが饗宴する眩いばかりの華やかさ、歌合戦でのソリスト達の名唱と合唱のやり取りでの息を呑む緊迫感、第3幕でのソリスト達の迫真の歌唱からもたらされるリアリティ・・・ 演奏会形式であるため、エリーザベトやタンホイザーが死んだことがわからなかったりしたが、このオペラの魅力は十分堪能することができた。
この公演では、後方の全面スクリーンに映像が映し出されたり、歌手達には動きが与えられたりするなど、舞台上演の要素も取り入れられていた。底上げされたオケピットと歌手達が乗るステージの段差もオペラ上演の雰囲気でいい。映像では、深い森や歌合戦の大広間、渓谷の風景などが映し出され、更にシャンデリアのろうそくの炎が揺れたり、第3幕の渓谷の風景では時間の経過とともに空の色合いの変化や、冬景色から新緑の景色に変化したりするなど、とても効果的だった。最後は渓谷の風景が金色に輝いた。風景を背景に大きく映された字幕も読みやすく、フェードイン・アウトの効果などもあって分かり易かった。
東京文化会館
【演目】
ワーグナー/歌劇「タンホイザー」[ドレスデン版](演奏会形式・映像付)
【出演】
タンホイザー:ステファン・グールド/エリーザベト: ペトラ=マリア・シュニッツァー/ヴェーヌス:ナディア・クラスティーヴァ/ヴォルフラム:マルクス・アイヒェ/領主ヘルマン:アイン・アンガー/ヴァルター:ゲルゲリ・ネメティ/ビーテロルフ:シム・インスン/ハインリッヒ:高橋 淳/ラインマール:山下浩司/牧童:藤田美奈子
【演奏】
アダム・フィッシャー指揮 NHK交響楽団/東京オペラシンガーズ
僕がワーグナーのオペラの実演に初めて接したのは学生時代。ベルリンシュターツオパー(旧東独)の「オランダ人」だった。そして今夜の「タンホイザー」のライブ(演奏会形式だが)で、ワーグナーの有名なオペラをようやく全てライブで体験したことになる。実に30年かかった。
一昨年の「パルジファル」で始まった東京・春・音楽祭でのN響によるワーグナーシリーズ、去年の「ローエングリン」は震災で中止になり、今年はそれを1年遅れでやると思いきや、演目は当初の計画通りに進められるようだ。すると「ローエングリン」は「神々」のあと?
このシリーズの楽しみのひとつは、N響でワーグナーのオペラを聴けること。今回は俊英アダム・フィッシャーがタクトを受け持った。コンマスはゲストコンマスのペーター・ミリング。「タンホイザー」を初演したドレスデン・シュターツカペレのコンマスでもある。
厳かな雰囲気の序曲が静かに始まる。フィッシャーはあまり粘っこく音を溜めず、スマートに音楽を進めて行く。N響の端正で繊細な弦の綾なす歌が美しい。音楽が盛り上がっても、いたずらに感情を高ぶらせるような煽り方はしないのがフィッシャー流。フィッシャーは全幕を通して冷静で的確にオケをコントロールする。細やかでデリケートな表情、各声部の明晰な描き分け、鮮やかな色彩感など、随所で冴えた感覚を聴かせるのは、N響の力量の現れでもある。ゲストコンマスのミリングが音楽の大きな息遣いを捉えてオケ全体に伝えていたことも大きい。
ただ、新国でN響の底知れぬ力を体感した「ジークフリート」の時(メルクル指揮)にはやはり及ばず、特にゆっくりとしたテンポで進む部分では、更に深くて大きな流れが欲しかったし、そこから織り成される豊かな感情表現にも多少物足りなさを感じたが・・・
歌手陣と合唱も素晴らしかった。とりわけ充実していたのがタイトルロールを歌ったグールドとヴォルフラム役のアイヒェ。グールドは張りのある艶やかな美声で人間味溢れる歌を堪能させた。歌合戦での愛欲を賛美する歌は実に官能的で、他の禁欲的な歌と見事なコントラストを際立たせていたし、3幕での巡礼の様子を物語る迫真の歌唱も心を揺さぶった。最後の最後まで声に疲れが見られないスタミナにも脱帽。対してアイヒェはグールドとは対照的な知的な歌唱で高貴な香りを漂わせた。透明感のある声で、冷静沈着に物事を見据える安定した歌を終始聴かせたが、「夕星の歌」では胸の奥に秘めた思いがじわ~っと伝わってきて情感のこもった歌でもいい味を出していた。
ヴェーヌスを歌ったクラスティーヴァ、エリーザベトを歌ったシュニッツァーも文句ない出来。クラスティーヴァの妖艶な濃い表情、シュニッツァー凛とした気高さや強さは、それぞれの役にぴったりで、声もとてもよく出ていた。また、領主ヘルマン役、アンガーの貫禄と迫力のある存在感も忘れ難い。牧童役の藤田の清楚な歌声も心地良かった。
これほど粒揃いで実力のあるキャストが揃った公演は、ドイツのオペラハウスでもそう出会えるものではない。フィッシャーの明晰な指揮の下、オケと合唱の高いレベルの演奏もあって、素晴らしい公演となった。ストーリーの展開自体がややもたれ気味の第1幕は正直時々退屈に感じることもあったが、2幕と3幕では惹きつけられ続ける公演だった。大行進曲でのボリューム感も密度も満点のパワーある合唱と、N響ブラスが饗宴する眩いばかりの華やかさ、歌合戦でのソリスト達の名唱と合唱のやり取りでの息を呑む緊迫感、第3幕でのソリスト達の迫真の歌唱からもたらされるリアリティ・・・ 演奏会形式であるため、エリーザベトやタンホイザーが死んだことがわからなかったりしたが、このオペラの魅力は十分堪能することができた。
この公演では、後方の全面スクリーンに映像が映し出されたり、歌手達には動きが与えられたりするなど、舞台上演の要素も取り入れられていた。底上げされたオケピットと歌手達が乗るステージの段差もオペラ上演の雰囲気でいい。映像では、深い森や歌合戦の大広間、渓谷の風景などが映し出され、更にシャンデリアのろうそくの炎が揺れたり、第3幕の渓谷の風景では時間の経過とともに空の色合いの変化や、冬景色から新緑の景色に変化したりするなど、とても効果的だった。最後は渓谷の風景が金色に輝いた。風景を背景に大きく映された字幕も読みやすく、フェードイン・アウトの効果などもあって分かり易かった。
画面の風景に溶け込んで詩情溢れる雰囲気でしたね。
「映像つき」という触れ込みのせいで、殆ど静止画だったことでガッカリしている人も多いみたいですが、
あんまり映像がうるさいと、ほぼ棒立ちの歌手とのギャップが大きくなって反って不自然になるような気がします。
演奏会形式の場合は、今回の映像程度で十分かと思いました。