7月25日(木)新作歌曲の会 第20回演奏会
東京文化会館小ホール
【曲目】
1.西田直嗣/『薔薇カルト 2019』
すぎし日のばらの花(詩:大手拓次)/薔薇に眠る(詩:月森葵)/まぼろしの薔薇Ⅳ(詩:大手拓次)
S:佐藤貴子/Pf:小田直弥
2.高嶋みどり/「星の破片(かけ)」(原作:夏目漱石)
MS:紙谷弘子/Bar:鎌田直純/Pf:藤原亜美
3.鈴木静哉/『愛する』より Ⅷ(詩:立原道造)
T:横山和彦/Pf:畑 めぐみ
4.和泉耕二/『賢治の詩』
高原/原体剣舞連〈心象スケッチ 春と修羅 第1集〉より(詩:宮澤賢治)
S:平井香織/Pf:和泉真弓
♪ ♪ ♪
5.布施美子/高田敏子の詩による歌曲
海―沖縄/子どもによせるソネット(詩:高田敏子)
MS:小泉詠子/Pf:畑 めぐみ
6. 野澤啓子/天国のタクシー(詩:田中庸介)
MS:石崎秀和/Pf:野澤啓子
7.高濱絵里子/仏蘭西歌集Ⅱ~ソプラノとピアノのために~
―詩集『パリの憂鬱』より「ああ既に!」(訳詩:三好達治/原作:C.ボードレール)
S:森 朱美/Pf:高濱絵里子
8.高島 豊/「みすゞ、八十、心の交感」~ソプラノ、バリトン、ピアノのための~
村の英雄/おさかな/かなりや/繭とお墓(詩:金子みすゞ、西條八十)
S:増田のり子/Bar:鎌田直純/Pf:藤原亜美
作曲家と声楽家が協働で新しい歌を世に送り出す場として始まった「新作歌曲の会」は、1997年の第1回から数えて今回で20回目を迎えた。毎回多彩で意欲的な新作が、ハイレベルの熱い演奏で繰り広げられているが、今回はとりわけ充実した演奏会になったと感じた。一聴衆として客席で聴いていて何度もトリハダが立ち、それを思い出してまた感動することもしばしば。毎年の積み重ねがこの会を成長させてきたことを感じる。2006年の第8回の初参加から数えて10回目の参加となった僕は初めてデュオを書かせていただき、おそれ多くもプログラム最後の曲となった。演奏順に作品と演奏について感想を述べたい。
西田さんの「薔薇カルト2019」は、美しいメロディーとハーモニーが自然な息遣いで優しく伸びやかに歌われ、素直に心に入ってきた。佐藤さんの澄んだ美声で歌われる表情豊かな歌は音楽の隅々まで養分を巡らし、小田さんの柔らかく上品で色彩豊かなピアノと共に、薔薇の濃厚な甘い香りと妖しさを放った。「まぼろしの薔薇Ⅳ」では、親しみやすいフレーズの繰り返しが哀しく切なく焦燥感を高めていった。佐藤さんの真っ白なドレスがこの歌に映えた。
高嶋みどりさんの「星の破片」は、紙谷さんと鎌田さんのデュオによるレチタティーヴォ的な朗唱が静かに淡々と、またあるときは情念をたぎらせて情熱的に歌われ、藤原さんのクリスタルなピアノがその空気に光や香りを与えた。紙谷さんの湿感のある妖艶な歌、鎌田さんの歌の権化のような存在感、藤原さんの透明なピアノが、漱石の物語を多角的にクローズアップしていった。
鈴木先生の「愛する」は、道造の一連のヴァリエーションの最後を飾るⅧ。切なくて優しい抒情味溢れる情景が、歌とピアノで美しく雄弁に描かれて行った。横山さんの歌はいつもながら言葉の佇まいが自然で、しかもくっきりとした足跡を残して行く。温もりのある柔らかな歌唱はこの作品にぴったりだと感じた。畑さんのデリケートな表情で綴られるピアノが歌をサポートし、ときにテンションを一気に凝縮させた表現が作品全体をドラマチックに仕上げていた。
和泉さんは、今回は宮沢賢治を取り上げ、音楽もこれまでの「静」から「動」へとかじを切った。何かが始まる予感をかきたてる「高原」の遠大な情景に続き始まった「原体剣舞連」、緊張と弛緩を繰り返しつつ音楽は徐々に熱と緊迫度を高め、クライマックスへと向かって行く。岩手地方に広まる郷土芸能という「剣舞」を見たことはないが、地の底から湧き上がるエネルギーをそのままストレートに吐露するというより、それを霊的に受けとめたエッセンスが徐々に高揚して行くのを感じた。平井さんの歌唱は濃密で熱を帯び、時おり太鼓を打つ身振りと共に発せられる掛け声が高揚を一段と高める。「舞い」をイメージする衣装の真弓さんのピアノは終盤では乱舞のように盛り上がり、聴き手の心拍数を高めて行った。土着的で動的な音楽だが、その底には常に人間の根源的な温もりを感じさせるところが、和泉作品の真骨頂とも感じた。
♪ ♪ ♪
後半は布施さんの「高田敏子の詩による歌曲」で始まった。沖縄の悲しい歴史を題材とした「海―沖縄」は、心の底からこみ上げてくる悲しさと、それを包み込む愛が、音楽からも演奏からも感じられた。海をイメージする青いドレスに身を包んだ小泉さんのヴォカリーズからは鎮魂の思いが熱く伝わってきて、魂の存在を感じた。続く「子どもによせるソネット」は、1曲目の悲しみを癒し、生きる喜びを高らかに歌い上げる感動があった。純真な子どもの心を表現した畑さんのピアノが昂揚し、小泉さんの愛情に溢れた歌がクライマックスに達したときは、全身にトリハダが立った。
野澤さんの「天国のタクシー」は、昨年に続いて田中庸介氏の詩を作曲者の実体験に基づいて作詞者が再構成したテキストによる作品。この世を去った「じじ」への懐かしくも切ない回想とリアルな思いが、野澤さん独特の叙事的ななかに切なさやおかしみを込めたタッチで綴られて行く。石崎さんの歌は事実を明確に伝えつつ、言葉を巧みに操り、演じすぎることなく自然と物語のなかへ聴き手を引き込んで行った。野澤さんの即興的なピアノと会話しているように進む情景は、映画のシーンに誘い込まれた気分だった。
髙濵さんの「仏蘭西歌集Ⅱ」は、三好達治によるボードレールの詩の訳詞をテキストに、散文的な音楽が連綿と繰り広げられた。ソプラノの森さんは滑らかな歌いまわしと、香り漂う美しい声で、息の長いフレーズを巧みに繋いでゆき、変化に富んだ線を描いて行った。高濱さんのピアノがリズミカルなダンス風の音楽を奏で始め、にわかに動的になった終盤が印象に残った。
最後は拙作「みすゞ、八十、心の交感」。長年取り組んでいる金子みすゞの詩に、みすゞが敬愛していた西條八十の詩を加え、一度だけの短い出会いしかなかった2人の心に思いを馳せつつ2編ずつを歌にした。聴いていて、最初は作曲者としての緊張のドキドキが徐々に感動のドキドキに変わり、最後は幸せのドキドキで幕となった。何度も練習を積み上げて至った本番が最高の形で結実した。
「村の英雄」では鎌田さんのギュッと濃縮された歌が死んだ牛への思いを深め、増田さんの柔らかなヴォカリーズが牛の魂を天へと導いた。「おさかな」は、新進作家として世の不条理に抗議するみすゞの挑戦と捉えてソプラノとピアノのために附曲し、増田さんと藤原さんがこれを激烈に表現してくださった。
「かなりや」は童謡があまりに有名だが、恥ずかしながらこれをよく知らずにいたこともあって、童謡とは似ても似つかない曲になった。自分としては新たな試みも加えた曲だったが、音楽面、演奏面で不安があった。それを3人の演奏者はものの見事に仕上げてくださった。鎌田さんの厳しさと温かさ、増田さんの超絶コロラトゥーラと清澄さ、藤原さんは繊細で哀し気なカナリアの描写もさることながら、曲全体を俯瞰して音楽に統一感を与えてくださった。
終曲の「繭とお墓」を作曲する際、蝶ではなく飛ぶこともできない蛾になる蚕を「蝶々になって飛べるのよ」と詠んだみすゞの意図を、お墓に入った「いい子」が「天使になって飛べるのよ」という部分と共に「叶わぬ夢」と捉えた。自分自身へのレクイエムのような詩を書いたみすゞの心と、それを感じて追悼文に添えた八十の心に寄り添って作曲したこの終曲から、3人のアーティストは穏やかな「浄化」を表現してくださった。
大切な節目の演奏会の「取り」に相応しい曲が書けたかどうか自信があるわけではないが、増田さん、鎌田さん、藤原さんの演奏は間違いなく締めに相応しいもので、この幸せを噛みしめ、感謝の気持ちでいっぱいになった。最後まで聴いてくださり、温かく大きな拍手を送ってくださったお客様にも心から感謝申し上げます。
新作歌曲の会 第19回演奏会 2018.7.30 東京文化会館小ホール
♪ブログ管理人の作曲♪
金子みすゞ作詞「積もった雪」
MS:小泉詠子/Pf:田中梢
金子みすゞ作詞「私と小鳥と鈴と」
S:薗田真木子/Pf:梅田朋子
「子守歌」~チェロとピアノのための~
Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美
合唱曲「野ばら」
中村雅夫指揮 ベーレンコール
金子みすゞ作詞「さびしいとき」
金子みすゞ作詞「鯨法会」
以上2曲 MS:小泉詠子/Pf:田中梢
「森の詩」~ヴォカリーズ、チェロ、ピアノのためのトリオ~
MS:小泉詠子/Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美
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東京文化会館小ホール
【曲目】
1.西田直嗣/『薔薇カルト 2019』
すぎし日のばらの花(詩:大手拓次)/薔薇に眠る(詩:月森葵)/まぼろしの薔薇Ⅳ(詩:大手拓次)
S:佐藤貴子/Pf:小田直弥
2.高嶋みどり/「星の破片(かけ)」(原作:夏目漱石)
MS:紙谷弘子/Bar:鎌田直純/Pf:藤原亜美
3.鈴木静哉/『愛する』より Ⅷ(詩:立原道造)
T:横山和彦/Pf:畑 めぐみ
4.和泉耕二/『賢治の詩』
高原/原体剣舞連〈心象スケッチ 春と修羅 第1集〉より(詩:宮澤賢治)
S:平井香織/Pf:和泉真弓
5.布施美子/高田敏子の詩による歌曲
海―沖縄/子どもによせるソネット(詩:高田敏子)
MS:小泉詠子/Pf:畑 めぐみ
6. 野澤啓子/天国のタクシー(詩:田中庸介)
MS:石崎秀和/Pf:野澤啓子
7.高濱絵里子/仏蘭西歌集Ⅱ~ソプラノとピアノのために~
―詩集『パリの憂鬱』より「ああ既に!」(訳詩:三好達治/原作:C.ボードレール)
S:森 朱美/Pf:高濱絵里子
8.高島 豊/「みすゞ、八十、心の交感」~ソプラノ、バリトン、ピアノのための~
村の英雄/おさかな/かなりや/繭とお墓(詩:金子みすゞ、西條八十)
S:増田のり子/Bar:鎌田直純/Pf:藤原亜美
作曲家と声楽家が協働で新しい歌を世に送り出す場として始まった「新作歌曲の会」は、1997年の第1回から数えて今回で20回目を迎えた。毎回多彩で意欲的な新作が、ハイレベルの熱い演奏で繰り広げられているが、今回はとりわけ充実した演奏会になったと感じた。一聴衆として客席で聴いていて何度もトリハダが立ち、それを思い出してまた感動することもしばしば。毎年の積み重ねがこの会を成長させてきたことを感じる。2006年の第8回の初参加から数えて10回目の参加となった僕は初めてデュオを書かせていただき、おそれ多くもプログラム最後の曲となった。演奏順に作品と演奏について感想を述べたい。
西田さんの「薔薇カルト2019」は、美しいメロディーとハーモニーが自然な息遣いで優しく伸びやかに歌われ、素直に心に入ってきた。佐藤さんの澄んだ美声で歌われる表情豊かな歌は音楽の隅々まで養分を巡らし、小田さんの柔らかく上品で色彩豊かなピアノと共に、薔薇の濃厚な甘い香りと妖しさを放った。「まぼろしの薔薇Ⅳ」では、親しみやすいフレーズの繰り返しが哀しく切なく焦燥感を高めていった。佐藤さんの真っ白なドレスがこの歌に映えた。
高嶋みどりさんの「星の破片」は、紙谷さんと鎌田さんのデュオによるレチタティーヴォ的な朗唱が静かに淡々と、またあるときは情念をたぎらせて情熱的に歌われ、藤原さんのクリスタルなピアノがその空気に光や香りを与えた。紙谷さんの湿感のある妖艶な歌、鎌田さんの歌の権化のような存在感、藤原さんの透明なピアノが、漱石の物語を多角的にクローズアップしていった。
鈴木先生の「愛する」は、道造の一連のヴァリエーションの最後を飾るⅧ。切なくて優しい抒情味溢れる情景が、歌とピアノで美しく雄弁に描かれて行った。横山さんの歌はいつもながら言葉の佇まいが自然で、しかもくっきりとした足跡を残して行く。温もりのある柔らかな歌唱はこの作品にぴったりだと感じた。畑さんのデリケートな表情で綴られるピアノが歌をサポートし、ときにテンションを一気に凝縮させた表現が作品全体をドラマチックに仕上げていた。
和泉さんは、今回は宮沢賢治を取り上げ、音楽もこれまでの「静」から「動」へとかじを切った。何かが始まる予感をかきたてる「高原」の遠大な情景に続き始まった「原体剣舞連」、緊張と弛緩を繰り返しつつ音楽は徐々に熱と緊迫度を高め、クライマックスへと向かって行く。岩手地方に広まる郷土芸能という「剣舞」を見たことはないが、地の底から湧き上がるエネルギーをそのままストレートに吐露するというより、それを霊的に受けとめたエッセンスが徐々に高揚して行くのを感じた。平井さんの歌唱は濃密で熱を帯び、時おり太鼓を打つ身振りと共に発せられる掛け声が高揚を一段と高める。「舞い」をイメージする衣装の真弓さんのピアノは終盤では乱舞のように盛り上がり、聴き手の心拍数を高めて行った。土着的で動的な音楽だが、その底には常に人間の根源的な温もりを感じさせるところが、和泉作品の真骨頂とも感じた。
後半は布施さんの「高田敏子の詩による歌曲」で始まった。沖縄の悲しい歴史を題材とした「海―沖縄」は、心の底からこみ上げてくる悲しさと、それを包み込む愛が、音楽からも演奏からも感じられた。海をイメージする青いドレスに身を包んだ小泉さんのヴォカリーズからは鎮魂の思いが熱く伝わってきて、魂の存在を感じた。続く「子どもによせるソネット」は、1曲目の悲しみを癒し、生きる喜びを高らかに歌い上げる感動があった。純真な子どもの心を表現した畑さんのピアノが昂揚し、小泉さんの愛情に溢れた歌がクライマックスに達したときは、全身にトリハダが立った。
野澤さんの「天国のタクシー」は、昨年に続いて田中庸介氏の詩を作曲者の実体験に基づいて作詞者が再構成したテキストによる作品。この世を去った「じじ」への懐かしくも切ない回想とリアルな思いが、野澤さん独特の叙事的ななかに切なさやおかしみを込めたタッチで綴られて行く。石崎さんの歌は事実を明確に伝えつつ、言葉を巧みに操り、演じすぎることなく自然と物語のなかへ聴き手を引き込んで行った。野澤さんの即興的なピアノと会話しているように進む情景は、映画のシーンに誘い込まれた気分だった。
髙濵さんの「仏蘭西歌集Ⅱ」は、三好達治によるボードレールの詩の訳詞をテキストに、散文的な音楽が連綿と繰り広げられた。ソプラノの森さんは滑らかな歌いまわしと、香り漂う美しい声で、息の長いフレーズを巧みに繋いでゆき、変化に富んだ線を描いて行った。高濱さんのピアノがリズミカルなダンス風の音楽を奏で始め、にわかに動的になった終盤が印象に残った。
最後は拙作「みすゞ、八十、心の交感」。長年取り組んでいる金子みすゞの詩に、みすゞが敬愛していた西條八十の詩を加え、一度だけの短い出会いしかなかった2人の心に思いを馳せつつ2編ずつを歌にした。聴いていて、最初は作曲者としての緊張のドキドキが徐々に感動のドキドキに変わり、最後は幸せのドキドキで幕となった。何度も練習を積み上げて至った本番が最高の形で結実した。
「村の英雄」では鎌田さんのギュッと濃縮された歌が死んだ牛への思いを深め、増田さんの柔らかなヴォカリーズが牛の魂を天へと導いた。「おさかな」は、新進作家として世の不条理に抗議するみすゞの挑戦と捉えてソプラノとピアノのために附曲し、増田さんと藤原さんがこれを激烈に表現してくださった。
「かなりや」は童謡があまりに有名だが、恥ずかしながらこれをよく知らずにいたこともあって、童謡とは似ても似つかない曲になった。自分としては新たな試みも加えた曲だったが、音楽面、演奏面で不安があった。それを3人の演奏者はものの見事に仕上げてくださった。鎌田さんの厳しさと温かさ、増田さんの超絶コロラトゥーラと清澄さ、藤原さんは繊細で哀し気なカナリアの描写もさることながら、曲全体を俯瞰して音楽に統一感を与えてくださった。
終曲の「繭とお墓」を作曲する際、蝶ではなく飛ぶこともできない蛾になる蚕を「蝶々になって飛べるのよ」と詠んだみすゞの意図を、お墓に入った「いい子」が「天使になって飛べるのよ」という部分と共に「叶わぬ夢」と捉えた。自分自身へのレクイエムのような詩を書いたみすゞの心と、それを感じて追悼文に添えた八十の心に寄り添って作曲したこの終曲から、3人のアーティストは穏やかな「浄化」を表現してくださった。
大切な節目の演奏会の「取り」に相応しい曲が書けたかどうか自信があるわけではないが、増田さん、鎌田さん、藤原さんの演奏は間違いなく締めに相応しいもので、この幸せを噛みしめ、感謝の気持ちでいっぱいになった。最後まで聴いてくださり、温かく大きな拍手を送ってくださったお客様にも心から感謝申し上げます。
新作歌曲の会 第19回演奏会 2018.7.30 東京文化会館小ホール
♪ブログ管理人の作曲♪
金子みすゞ作詞「積もった雪」
MS:小泉詠子/Pf:田中梢
金子みすゞ作詞「私と小鳥と鈴と」
S:薗田真木子/Pf:梅田朋子
「子守歌」~チェロとピアノのための~
Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美
合唱曲「野ばら」
中村雅夫指揮 ベーレンコール
金子みすゞ作詞「さびしいとき」
金子みすゞ作詞「鯨法会」
以上2曲 MS:小泉詠子/Pf:田中梢
「森の詩」~ヴォカリーズ、チェロ、ピアノのためのトリオ~
MS:小泉詠子/Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美
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