台湾有事を仕掛けるのは中国じゃなくて米国。焦るバイデンの命令で日本も防衛力増強中=高島康司
アジア・太平洋地域で中国の軍事的な封じ込めに本気になったバイデン政権と、その巻き添えになる日本の現状について解説する。これは主要メディアでも頻繁に取り上げられているが、2023年はまさに転換点となる年だ。現状の厳しさを理解するためにも状況を把握しておいた方がよいので、記事にすることにした。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
日本も防衛費増額で「台湾有事」に備え
周知のように、2023年度予算は8月28日の参院本会議で与党などの賛成多数で可決・成立したが、一般会計総額は過去最大の114兆3,812億円となった。この増額の中心的なものは「防衛費」である。
防衛費は22年度の当初予算と比べて26%増え、予算全体を押し上げた。政府は5年間で従来の1.5倍の43兆円程度を充てる計画だ。初年度にあたる23年度は前年度から1兆4,192億円増額した。
近年の前年度からの伸び幅は500億〜600億円程度にとどまっていたのに比べ、これは大幅な増額である。
防衛費の大幅な増額の理由は、やはり台湾有事の発生を想定した準備である。中国のミサイル発射拠点などをたたく「反撃能力」に活用する長射程ミサイルや艦艇などの購入にあてる計画だ。弾薬や装備品の維持整備など「継戦能力」の強化にも費やす。
南西諸島に自衛隊「基地群」
このような防衛費の大幅な増額で、すでに台湾有事に対応する準備が進められている。これが自衛隊が建設している南西諸島の基地群である。建設中のものも含めると、以下のようになっている。
・馬毛島 :空自基地
・奄美大島:ミサイル部隊、電子戦部
・沖縄本当:陸自旅団を師団に増強、新設弾薬庫、ミサイル部隊
・宮古島 :ミサイル部隊
・石垣島 :ミサイル部隊
・与那国島:沿岸監視隊、電子戦部隊、ミサイル部隊
これを地図にして見ると、下図のようになる。自衛隊が台湾のすぐ近くまで迫ってきているのがわかるだろう。
アメリカが進める中国の軍事的封じ込め
日本の自衛隊の台湾近郊までの配備を決定したのは、日本独自の意志では無論ない。
これは、アメリカからの強い要請があってのことである。バイデン政権は、2023年はアジアにおける米軍は過去数世代で最も変革的な年になるとしている。
アメリカはすでに10年以上前から、中国の拡大を警戒している。オバマ政権は2011年末にアジアへと軍事力の軸を移す計画を発表した。だが、中東やヨーロッパでの戦争、そしてトランプ政権のアジアに対するしばしば反感的な姿勢によって、このシフトは頓挫した。
そのためバイデン政権は就任以来、インド太平洋地域における米国の外交、経済、安全保障上のプレゼンス向上に重点を置いた主要構想を発表してきた。インド太平洋安全保障問題担当のエリー・ラトナー国防次官補によれば、後者については2023年、顕著な変化あったという。
この大きな変化を主導しているものは、2022年12月に米国防総省が発表した「2022 アメリカ国防戦略(NDS)」である。「NDS」は国防総省が4年に一度提出するアメリカの戦略で、今回のものは2023年から2026年の4年間の国防方針をカバーしている。
今回の「NDS」を見てはっきりと分かることは、アメリカの国防戦略全体がそれこそ中国を強く意識した内容になっており、アジア・太平洋で中国の拡大を軍事的に封じ込める方針を明確にしている点である。
日本も「統合抑止戦略」で戦うことになる
「NDS」には次のようにある。
北朝鮮によるミサイルの脅威の増大と同様に、中国による挑戦は、インド太平洋地域における地域の協力的な航空・ミサイル防衛努力の重要性を高めている。これらの脅威に対抗するため、米国はこの地域全体の同盟国やパートナーとミサイル防衛協力を行っており、日本、オーストラリア、大韓民国(韓国)との協力が最も強い。
これらの国々との協力は、地域の集団的抑止と防衛努力を強化すると同時に、同盟の結束に不可欠な保証を提供するものである。
日本、オーストラリア、韓国は、米国との定期的な演習や訓練への参加だけでなく、防空・ミサイル防衛システムに対する持続的な投資を通じて、それぞれの防衛軍事能力を実践し、それを示している。
我々は、これらの同盟国やパートナーと緊密に協力し、警戒と追跡のための地上および宇宙ベースのセンサー・システムを追求するよう奨励し、高度化し多様化する空とミサイルの脅威に対処するため、極超音速防衛のような補完的な技術や能力の共同開発に投資する機会を探っていく。
このように述べ、アメリカが日本・韓国・オーストラリアなどの同盟国と強調して、中国に軍事的に対峙する姿勢を鮮明にしている。もちろん過去の「NDS」でも中国は意識されていたが、ここまで強く中国との対峙が強調されたことはなかった。
そして、台湾に関しては次のようにある。
AUKUS(米英豪の軍事同盟)やインド太平洋クワッド(日米豪印戦略対話)のようなパートナーシップによる先進技術協力を通じて優位性を育む。インドとの主要防衛パートナーシップを推進し、中国の侵略を抑止する能力を強化し、インド洋地域への自由で開かれたアクセスを確保する。
台湾防衛省は、発展する中国の脅威に見合った台湾の非対称的自衛を支援し、「一つの中国」政策に合致させる。私たちは韓国と協力し、同盟国の統合防衛を主導するため、韓国の防衛力を引き続き向上させる。
我々は、地域の安全保障問題への対処における東南アジア諸国連合の役割を促進することを含め、地域の安全保障上の課題に対する多国間アプローチを活性化させる。同省は、同盟国やパートナーと協力し、紛争が絶えない環境における戦力投射を確保する。また、東シナ海、台湾海峡、南シナ海、インドなど係争中の陸上国境に対する支配権を確立しようとする中国のキャンペーンから生じる、グレーゾーンにおける深刻な形態の強制に対処するため、米国の政策および国際法に従い、同盟国およびパートナーの努力を支援する。
同時に、同省は引き続き中国とのオープンなコミュニケーションラインを維持し、責任を持って競争を管理することを優先する。
そして日本の役割は次のようにある。
インド太平洋地域で国防総省は、自由で開かれた地域秩序を維持し、武力による紛争解決の試みを抑止するため、インド太平洋地域における弾力的な安全保障体制を強化・構築する。日本との同盟関係を近代化し、戦略的計画と優先順位をより統合的に調整することにより、統合能力を強化する。
要するにアメリカは、これまでにない規模で同盟国や友好国を結集して、拡大する中国を封じ込めるという戦略である。
これを「統合抑止」と呼ぶ。日本の防衛費の大幅な増額と南西諸島の自衛隊の展開は、アメリカのこの基本方針に応えた動きである。
台湾有事はどこまで現実的なのか?
アメリカの「統合抑止」という歴史的な方針の転換やこれに呼応した日本の動きを見ると、中国の脅威、及び台湾有事が現実に迫っているようにも見える。日本のかつてない規模の防衛力増強は、台湾有事のリアリティーを反映しているとも思える。
もちろん台湾有事が実際に発生すると、南西諸島の自衛隊基地のみならず、沖縄や本土の米軍基地が中国攻撃の拠点として使われるため、日本が中国からの攻撃の標的になることは避けられない。
こうした状況を回避するためにも、台湾有事の現実性はきちんと評価しなけれなならない。いますぐにではないにしても、実際はどの程度の現実性はあるのだろうか?
結論から言うなら、習近平政権の中国が武力で台湾を統合することはまずないと思ってよい。習近平の基本哲学は中国の戦国時代の思想家、荀子の著作の中の議兵という章にある「兵不血刃(ひょうふけつじん)」という原則にあるとされている。これは「刃に血塗らずして勝つ」、つまり戦わずして勝つという原則だ。
中国は国内の人権抑圧はあったとしても、国益追求の手段として戦争を用いたケースはかなり少ない。1953年に終結した朝鮮戦争、そしてベトナムに大敗した1980年の中越紛争以くらいである。中国は政治的、経済的な圧力は使うが、海外で戦争を頻繁に行う国ではまったくない。覇権を維持するために、間断なく戦争を引き起こしているアメリカとは対照的だ。
ましてや現在中国は、アメリカの一極支配に代わる多極型の世界秩序の形成に動いており、成功している。「BRICS首脳会議」で宣言された11カ国の拡大BRICSの誕生は、まさにこの動きを象徴している。いま中国はグローバルサウスの国々の結集軸として、中東、ラテンアメリカ、中央アジア、アフリカでアメリカのドルベースのシステムに代わる多極型のシステムを実現しつつある。宿敵だったサウジとイランの中国による和解は、中国の地政学的な影響力の大きさを物語っている。
そのような中国がゆっくりと圧力をかけ、政治的、経済的に台湾を統合することはあり得たとしても、戦争のようなあまりに大きなリスクを中国が取るとは考えられない。習近平政権は、引き続き「兵不血刃」を基本的な方針にすると見て間違いない。
焦っているのはアメリカのほう
では、台湾有事が将来ないのかと言えばそうではない。台湾有事があるとすれば、むしろアメリカが引き起こす可能性の方が高いと見てよい。その背景にあるのは、アメリカの焦りである。
いまアメリカは、スーパーコンピューターやAIに使う先端的な半導体やその製造に必要な装置や技術の中国への輸出を事実上禁止しているが、この制裁には限界があることがはっきりしている。
「ファーウェイ」は西側諸国の多くが認識しているよりも優れており、技術的に驚くべき水準の7ナノメーターのチップの製造に成功している。これは、アメリカの「Nvidia」や「Qualcomm」の最高のAIプロセッサーと同様の機能を持つものである。アメリカがいくら制裁しても、中国の開発力は止められなかった。
アメリカが、ハイエンドの半導体だけではなく、半導体とその製造装置のすべてを輸出停止しない限り、中国の開発力は押さえられないと見られている。
しかし、そうなれば、アメリカの半導体産業だけでなく、半導体産業に依存する数十の産業が大混乱に陥り、アメリカに深刻な経済的影響を受けることになる。中国に対してアメリカはまさにお手上げの状態だ。
中国経済はまだまだ安泰?
また、中国の不動産バブルの崩壊から金融危機につながり、中国経済は地盤沈下するとの見方もある。しかし少し調べて見ると、そうではないことがよく分かる。日本を代表する中国ワッチャーの遠藤誉氏は、中国の銀行の自己資本比率の高さに注目する。次のようになっている。
・工商銀行:19.26%
・農業銀行:17.20%
・中国銀行:17.52%
・建設銀行:18.42%
・交通銀行:14.97%
・郵貯銀行:13.82%
ちなみに日本の銀行は次のようになっている。
・三井住友銀行:4.7%
・三菱UFJ銀行:4.6%
・みずほ銀行 :3.8%
・新生銀行 :8.9%
・あおぞら銀行:7.3%
中国の銀行の自己資本比率の高さにから見ると、不動産バブルは崩壊しても金融危機は起こりようもない。さらに、遠藤誉氏の調べによると、2022年末で、国有銀行が不動産事業に融資している貸出割合は6%に過ぎないという。2022年末のデータでは、上場銀行の住宅関連融資は約30%を占め、このうちの24%が低リスクの住宅ローンの融資で、不動産企業に対する融資はわずか6%を占めるにすぎないことが明らかになった。
また、中国の個人消費や製造業指数は上昇に転じており、すでに経済は最悪期を脱している。これからはむしろ、拡大BRICSの多極型秩序の本格的な始動が牽引力となり、成長のスピードが速くなるとも見られている。
CIAや「NED」などのNGOを使った台湾有事工作
中国には、台湾を武力で統合する動機も必要性もない。
だが、覇権喪失を恐れるアメリカが、こうした状況でも中国を軍事的に封じ込めるのであれば、あらゆる手を使って台湾有事を画策することはあるだろう。
これまでアメリカは、大量破壊兵器をでっちあげたイラク侵略、CIAと「全米民主主義基金(NED)」が画策した2004年のウクライナの政変、「オレンジ革命」、同じくアメリカが画策した2014年のウクライナの「マイダン革命」、そして2011年にリビアのカダフィー大佐の政権を攻撃し崩壊させたリビア攻撃、さらに「カラー革命」の「アラブの春」など、枚挙に暇がない。
必要とあればあらゆる工作を駆使し、政権の崩壊、武力侵攻、戦争を画策してきたのがアメリカだ。もはやこれは、陰謀論でもなんでもない。現実である。
当メルマガ の前回記事では、「NED」が中ロとも近いバランス外交のインドネシアを転換するために、来年の2月の大統領選挙に合わせた「カラー革命」を画策していることを伝えた。そのような状況を見ると、必要とあれば将来のいずれかの時期にアメリカが台湾有事を画策しないとも限らないのだ。
どのように画策するかは分からないが、台湾海軍の艦艇を撃沈して、これを中国のせいにすることだってできるだろう。ベトナム戦争は「トンキン湾事件」から始まった。米海軍の駆逐艦が魚雷2発で攻撃されたのである。アメリカはこれをベトナムの攻撃としたが、実はこれはアメリカの自作自演であった。
そんなことは信じられないと思うかもしれないが、とにかく最大限の想像力を駆使して、アメリカが画策する台湾有事の可能性を見て行くことが重要だ。