私は、選択することが怖いです。
私のお兄ちゃんも私くらいの年齢に言っていたそう。
こうなるとこうなってしまうのではないか。
間違った選択をして失敗してしまったらどうしよう。
保育園の年長さんのときも、「なにになりたい」かを言うという会で、どうしよう、と母に相談していたそうです。結果、「お母さんみたくなりたい」になったって言われました。
お花屋さんとか農家のおかみさんとかいろんな選択肢があると思うのに。
先日、あるひとの病室でテレビをちょいとばかし観ました。
アイカツというアニメをやっていて、そのエンディングテーマが流れ出したところを観たのですが、その歌詞「もしなんかちょっとまちがっちゃってもそこで宝物に出会うかも」とテレビに書かれていました。何かが少しだけですけど、砕けました。
私は文系理系選択で間違えました。
それはもうはっきりと言えることです。
今も書いてて涙が出てきてしまうほどです。
もし、文系にしていたら。
お兄ちゃんの手がけた「日本史・世界史ノート」もあったので、T大の文学部に行けたかもしれない。
もし、私が「天文」に興味がなくて、T大の理系の一番易しい科を目指していたら。
T大のその科に入れたのに。点数的には絶対に入っていて高校の友人もたくさんまだ友人でいられたのに。
もし、K大で満足していたら。――――書いててキリがありません。バカみたい。バカだね。
今も苦しんでいます。嫌です。怖いです。
もし、中二のときあいつと仲良くならなかったら。そのあいつっていうのはひどい奴なんですよ、一つだけ書くと、私が『奥の細道』を電話で教科書どおり一字一句、教科書を学校に忘れたあいつに「え」は「ゑ」だよとか言いながら教えてたのに、あいつは次の日インターネットでおろしてきた教科書じゃない『奥の細道』を予習ノートに書いていた……。そこで絶交してやればよかった、のに。
「天文」ねぇ、もう興味ないな。「ギリシャ神話」と結び付ければあるけれど。といってもいまだに天気の良い空が晴れている夜は冬の大六角形を見つけてしまうんですけどね。
でわでわ。
宝物は、いまあります。
でも将来の宝物ってなんでしょうね?
楽しみです。「出会うかも」だから推量にすぎないでしょうけど。
私のお兄ちゃんも私くらいの年齢に言っていたそう。
こうなるとこうなってしまうのではないか。
間違った選択をして失敗してしまったらどうしよう。
保育園の年長さんのときも、「なにになりたい」かを言うという会で、どうしよう、と母に相談していたそうです。結果、「お母さんみたくなりたい」になったって言われました。
お花屋さんとか農家のおかみさんとかいろんな選択肢があると思うのに。
先日、あるひとの病室でテレビをちょいとばかし観ました。
アイカツというアニメをやっていて、そのエンディングテーマが流れ出したところを観たのですが、その歌詞「もしなんかちょっとまちがっちゃってもそこで宝物に出会うかも」とテレビに書かれていました。何かが少しだけですけど、砕けました。
私は文系理系選択で間違えました。
それはもうはっきりと言えることです。
今も書いてて涙が出てきてしまうほどです。
もし、文系にしていたら。
お兄ちゃんの手がけた「日本史・世界史ノート」もあったので、T大の文学部に行けたかもしれない。
もし、私が「天文」に興味がなくて、T大の理系の一番易しい科を目指していたら。
T大のその科に入れたのに。点数的には絶対に入っていて高校の友人もたくさんまだ友人でいられたのに。
もし、K大で満足していたら。――――書いててキリがありません。バカみたい。バカだね。
今も苦しんでいます。嫌です。怖いです。
もし、中二のときあいつと仲良くならなかったら。そのあいつっていうのはひどい奴なんですよ、一つだけ書くと、私が『奥の細道』を電話で教科書どおり一字一句、教科書を学校に忘れたあいつに「え」は「ゑ」だよとか言いながら教えてたのに、あいつは次の日インターネットでおろしてきた教科書じゃない『奥の細道』を予習ノートに書いていた……。そこで絶交してやればよかった、のに。
「天文」ねぇ、もう興味ないな。「ギリシャ神話」と結び付ければあるけれど。といってもいまだに天気の良い空が晴れている夜は冬の大六角形を見つけてしまうんですけどね。
でわでわ。
宝物は、いまあります。
でも将来の宝物ってなんでしょうね?
楽しみです。「出会うかも」だから推量にすぎないでしょうけど。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます