この映画、数年前に同じ学会の壮年部の ”中井さん” にビデオを借りて
たしか、見ずじまいでお返ししたと思う、今回も京都文化博物館のフィルムシアターで
最初 ”ここに泉あり” を大津美子の ”ここに幸あり” のパクリぐらいに思っていた
ところが解説を読んでびっくりポン、あの ”中井さん” の話していた群馬交響楽団・・・・
解説を読んでなかったら、通り過ぎ去っていた事でしょう、危なかった
群馬交響楽団が誕生するまでの苦労を、爽やかにストーリー化しています
《この上の機関車の前や客車の屋根、デッキ等に客を乗せて走ってくる蒸気機関車からこの映画は始まる》
素晴らしい映画で、61年前の製作とは思えないぐらいのスケールの大きさ
高崎市の市民オーケストラからの出発で生活すら厳しい時代によくぞ
岸恵子扮する佐川かの子と岡田英次扮する速水明との恋愛から結婚、出産
生活の苦しさから楽団の存続が危ぶまれ、解散と言う言葉が・・・最後にもう一度
と、行った所が利根源流の山奥の小学校、ところが今までにない大歓迎
みんなで≪赤とんぼ≫を合唱するシーンや、向かい側の山道から子供たちが手を振るシーン
また草津にあるハンセン病療養所では、入所者たちが不自由な手で拍手するシーン等
《上にある様に山田耕筰さんが特別出演しておられて、最後の盛り上げるシーンにも登場ドキメンタリー映画のよう》
こんな記事がある、(二年前である)
長く閉館されていて高崎市に寄付されていた、同市初の常設映画館、高崎電気館が
地域活性化センターとして再開した。 それを記念して無料上映されたのが≪ここに泉あり≫だった。
そこには「市民の誇りであり、郷愁、文化を象徴する映画を次の世代につなげていく」
という富岡賢治市長の思いがあった。 富岡市長は 「戦後民主主義の息吹を感じさせる映画。
月に一度は上映を続けていきたい」 というねがいもある。
《高崎電気館であります、看板には2日限りの高崎電気館復活祭とありますね・・・・》
地元での撮影風景ですよ高崎市上げての映画作りやったようですね》
この映画が封切られたのが1955年の2月12日だったんです・・・・
前回のブログ、元NBCトスカニーニ交響楽団≪シンフォニー・オブ・ザ・エア≫の来日も1955年
何か、音楽同士、しかもクラシック音楽が同じ年に・・・嬉しいではありませんか
しかも、高崎市民オーケストラは昭和20年11月に誕生しているのです
当初は・・・映画にあったように楽員8名のアマチュア楽団からの出発でした
現在の群馬交響楽団を是非聞きたいものですね