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重大少年犯罪を考える。

2012-03-28 01:10:45 | 思考の散歩
 今日の記事はグロい話なので、どうしてもダメな方、心臓のお悪い方は読まれない方がいいかもしれません。





 御記憶の方も多いと思います。

 1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に東京都足立区綾瀬で起きた猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、暴行、殺人、死体遺棄事件。


 通称『女子高生コンクリート詰め殺人事件』のお話です。


 もう古い事件となりましたが、現代の若者の反応はこんな感じです。


【閲覧注意】女子高生コンクリ事件って知ってるか?


 スレッド内に書かれた、事件の概要はこうです。


【女子高生コンクリート詰め事件の内容】
◆アルバイト帰りの女子高生を誘拐しての不良仲間4人で●姦
◆不良仲間の家に監禁し暴走族仲間十数人で●姦、左記を知る関係者は100人に及ぶ
◆陰毛を剃り、陰部にマッチの軸木を挿入して火をつける。
◆全裸にしてディスコの曲に合わせて踊らせ、自慰行為を強要。
◆ゴキブリを食べさせる。
◆性器や肛門に鉄棒、ビンなどを挿入。
◆性器や肛門に入れたビンに釘を打ち肛門内、性器内で割った。
◆両鼓膜が激しく傷ついており、最後のほうはほとんど音が聞こえていなかった。
◆小指の生爪を剥がす。
◆殴打された顔面が腫れ上がり変形したのを見て「でけえ顔になった」と笑う。
◆度重なる暴行に耐えかねて、「もう殺して」と哀願することもあった。
◆顔面に蝋を垂らして顔一面を蝋で覆いつくし、両眼瞼に火のついたままの短くなった蝋燭を立てる。
◆衰弱して自力で階下の便所へ行くこともできず飲料パックにした尿をストローで飲ませる。
◆鼻口部から出血し、崩れた火傷の傷から血膿が出、室内に飛び散るなど凄惨な状況となった。
◆性器と肛門は完全に破壊され、原型をとどめておらず繋がってしまっていた。
◆素手では、血で手が汚れると考え、ビニール袋で拳を覆い、腹部、肩などを力まかせに数十回強打。
◆1.74kgのキックボクシング練習器で、ゴルフスイングの要領で力まかせに多数回殴打。
◆ダンベルを1メートル以上の高さから腹部に向けて落とす。
◆揮発性の高いジッポオイルなどを太腿部等に注ぎ、ライターで火を点ける。
◆あまりの恐怖に脳が縮小していた。
◆最初は手で火を消そうとするしぐさをしたものの、 やがて、ほとんど反応を示すこともなくなり、ぐったりとして横臥したままになった。
◆死んだのでコンクリート詰めにして放置。
◆遺体の乳房には数本の裁縫針が入っていた。
◆腸壁にも傷があった。
◆固まった血で鼻が詰まり、口呼吸しかできなかった。
◆歯茎にまともに付いている歯は一本もなかった。
◆あまりのストレスに生前頭髪が抜け落ちていた。



 スレッド内にリンクが貼られた画像の拡大がこちらです。







 もっと詳細をお知りになられたい方は、今日の記事上部の赤いリンクがこの事件のWikipediaに飛びますので、クリックしてみて下さい。



 激しい罵り合いをする若いネットユーザーたちも、さすがに信じられないという反応です。


 そして、私がこの事件で最も目を引いたのは、裁判も終わって刑期も終えた後の話です。


 主犯格は四人居ますが、その中でも最主犯である少年には飛び抜けて長い刑期を与えられました。彼を仮にAとします。

 A以外の三人は既に刑期を終え、様々な問題発言や、実際に犯罪を重ねたりしました。
 「あれは、もう終わったことだ」と言ったり、親は「息子はやらされただけで悪くない」と弁解したり。
 さらに、出所後に監禁致傷事件を起こして既にまた懲役が確定した者もいます。

 しかし、最主犯のAは模範囚だったそうで、仮釈放の目処が立った所で他の主犯が監禁致傷を犯した為に白紙に戻されたとのことです。



 『それでは一体、少年の(最)主犯とは何だったのか』と、考えさせられたわけです。一番悪いヤツが主犯ではないのか、と。もしかして、実は他のヤツがもっと悪くて、罪をなすりつけられたのだろうかとも思いましたが、裁判で十分審議されてたはずなので、その線もおそらく無いでしょう。事件後に最も悔い改めた者が、実際に事件で一番『悪い事』をしたのでしょう。

 尚、この件については、実は監禁に飽きて用済みになった被害者に対して、Aが「家に帰してやろうか」と発言したのを、他の主犯が「帰したら警察に通報されるだろ」と思い止まらせたと言う逸話もあります。一体、彼の価値観はどのように天使の顔を見せ、悪魔の行いを果たしたのでしょうか。







 同時期に起きた別の事件も取り上げてみましょう。



名古屋アベック殺人事件


 正式名称は『大高緑地公園アベック殺人事件』、1988年2月23日から25日にかけ愛知県名古屋市緑区において理容師と理容師見習いの男女二名が犠牲となった強盗殺人・集団強姦事件です。六人による残虐な犯行で、後の少年法改正に多大な影響を与えたと言われています。先の事件と同様に、事件名クリックでWikipediaに飛びますが、このWikiは削除も検討されているそうなのでお早めに御覧下さい。


 今のWiki内で、気になる所を抜粋・引用させて頂きます。


(以下、色付きの領域はWikipediaよりの引用文)



少年たちのその後



主犯Aの近況


主犯Aの近況については何度か報道されている。月刊現代2006年7月号などに掲載された元弁護人の話によると、Aは刑務所に入所後、遺族に作業賞与金と謝罪の手紙を送り続け、2005年には理容師見習いの父親から「頑張りなさいよ」と書かれた手紙を受け取ったという。共同通信社の2008年11月29日の報道によれば、Aは1989年の名古屋地裁での判決、つまり死刑判決を受けてから、2人の被害者の遺族へ謝罪の手紙を書き始め、岡山刑務所に収監された1997年以降は作業賞与金(刑務作業に支払われる給与)も添えて送るようになり、2005年3月以降は理容師見習いの父親と文通を行っていると報道された[3]。殺人事件の被害者と加害者の文通は極めて異例であり、修復的司法の試みとされた[3]。理容師の遺族からの返信はないが、手紙を受け取ってもらえていることは分かっていると報道された[2]。ただしその「遺族」の、理容師との続柄についての記述はなく、どのような関係の人物なのかは2011年1月末現在全く不明である。


共犯者たちの出所後


上記の新潮45 2003年10月号記事によると、B、D、E子、F子の4人はいずれも既に刑期を終え出所していたが、当人もその親たちも、誰1人として遺族の元を訪れ謝罪した者はいないとのことである。

民事裁判で和解した賠償金も、出所した4人のうちBは出所後すぐ行方をくらませ消息不明で完全未払い。Dも同様に一銭も支払わないばかりか、遺族に自分の居場所を隠したまま結婚し妻子をもうけ平穏な生活を送っているという身勝手ぶりである。E子、F子は一部支払ったものの完済以前にいずれも住所変更し、かつ、現住所を遺族に通知していないままとのことである。

親たちについては、Aの親とE子の親は既に完済している。しかしながら、Bの親は最初から親権放棄を決め込んで調停に出席すらしておらず、C、Dの親は我関せずとばかりに息子の公判に顔さえ出さなかった。B、C、Dの親は全員、無関係であると主張して賠償の支払いを拒否しており、今後もその意思は一切無いという。なお、F子の親は一部未払いである。

同記事によると、Dはインタビューに対し「事件にばかり引きずられていてもアレでしょう、前に進めないと思う」「娘が同じ目にあったら許さないと思う。許さないんじゃないでしょうか」「賠償金については親が示談したが、親とも連絡をとらなくなって、忘れてるというかそれで終わってる」「被害者の墓参り?行く時間がないので難しいね」などと答え、事件への悔恨も、償いの意思も全くないどころか逆に開き直った無反省な態度と身勝手さを隠そうともしなかったとのことである。

これらは2003年の時点でのことであるが、遺族への謝罪、賠償金の支払いなどについてその後何らかの動きがあったか否かについての続報は2010年11月末現在、主犯Aだった元少年からのものを除き、確認されていない。上記の安田弁護士[4]も、主犯Aだった元少年以外については一切関わっておらず、出所した共犯者たちの現状については全く言及していない。





(以上、引用終わり)



 つまり、最主犯であるA(死刑判決に控訴後、無期懲役が確定)は異例とも言える被害遺族と交流を持ったのに対して、他共犯者たちは親子ともども反省の色が見られないのみならず、これも異例とも言える逃亡や工作をしたわけです。




 悔い改める素地があるのならば、こんな大それた犯罪を主導しなければ良いのに、どうしてこうなったのか。


 また、何故、後々まで悪態をつく『真のワル』が主導権を握らなかったのか。



 児童心理・犯罪心理が絡む『少年犯罪』としても、集団心理としても、全く様々な事を考えさせられます。






 悔い改める素地のある友達が、もし、悪事に走ろうとした時。



 もしかしたら、未然に防ぐことが出来るのかもしれない。



 それが叶えば、被害者だけでなく、加害者も救えることでしょう。







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