明治維新から140年を経た今年、幕末に長州藩が製造した大砲「長州砲」一門が英国から萩市に里帰りする。長州藩が欧米の列強に大敗し近代化へかじを切る契機となった下関戦争(1864年)で戦利品として持ち去られていた。6月から来年2月まで、萩博物館(萩市)のロビーで展示する。
この長州砲は青銅製で、長さ185.9センチ、口径8.8センチ、重さ約1トン。藩命で大砲を量産した鋳物師(いもじ)・郡司喜平治が1844年、藩指定の郡司鋳造所で日本伝統のたたら技術を使って造った。
長州藩が1860年代前半、欧米列強の攻撃に備えて関門海峡を望む下関砲台に据えた約100門のうちの一門。下関戦争に参戦した英国、フランス、オランダ、米国のうち英国軍が接収し、現在はロンドン郊外の王立大砲博物館で展示されている。
4月11日 中国新聞
この長州砲は青銅製で、長さ185.9センチ、口径8.8センチ、重さ約1トン。藩命で大砲を量産した鋳物師(いもじ)・郡司喜平治が1844年、藩指定の郡司鋳造所で日本伝統のたたら技術を使って造った。
長州藩が1860年代前半、欧米列強の攻撃に備えて関門海峡を望む下関砲台に据えた約100門のうちの一門。下関戦争に参戦した英国、フランス、オランダ、米国のうち英国軍が接収し、現在はロンドン郊外の王立大砲博物館で展示されている。
4月11日 中国新聞