亜麻色の髪の少女を思わせる 私のピッケル
すらりと均整のとれた 亜麻色のシャフト
二十代の初め 夢中で山に登っていた頃
ある篤志家が 私の元に送り届けてくれた
アメリカから取り寄せた 亜麻樫の柄
ピックとブレードは こちらの鍛冶に打たせた
それは どの山にも 私についてきた
ラッセルで掻き分けた 燧ケ岳の雪の稜線
思えば春の 金峰山の北斜面
アイスバーンに苦闘した 夜叉人峠
---いつも いつも 一緒だった
あれは 剣岳の帰りだったか
松本の居酒屋で ビールを しこたま飲んだ
駅のホームで 気づいたときは
キスリングの背中に括り付けておいた
ピッケルが消えていた
季節は 夏の終わりだったが
それは 私にとって 青春の終焉
あれから何十年 経っただろうか
季節の移ろいを求めて 会津に行った
晩秋の 山里だった
ペンションの食堂で 夕食をたべていた
と そのとき 私の目が点になった
ログハウスの壁に 括り付けられていたのは
紛れも無く 私のピッケルだった
懐かしさと言おうか
いとおしさと言おうか
---それにしても どうして こんな所に---
私はピッケルの遍歴に 思いを馳せる
亜麻樫の柄の 私のピッケル
でも私は 手も触れず
問いただすこともせず
翌朝 オーナーのもとを去った
だって だって ---
新しい ピッケルを
もう 買ってしまったのだ