蝉 の 死 と
陽炎(カゲロウ)の立ち上る 色を失くした
真夏のアスファルト道を 男が一人 歩いていた
と 突然ターンと 鋭い 鼓(ツヅミ)の音がして
男は 思わず 足を止める と、
そこに蝉が仰向けに転がっていた
見上げると コンクリートの柱が聳えていて
その頂(イタダキ)から ヤクに犯された太陽が
ギラリと 男の眼球を射抜く
そのとたん 男は蝉になり
やにわに 電柱を登りだす だが
たちまち 下のアスファルトに たたき落とされてしまう
おーい はてしない緑の草原よォー
---男は 陽炎のかなたに向かって叫ぶ
蝉よお前のすがりつく樹 お前の吸うべき樹液は
灰色の陽炎のかなたに
とうに 幻となって 消えてしまったのだ
おろかな奴め!
いや そうではない そうではないのだ
血の流れていない コンクリートだと知っていて
知っていながら なおそれに すがりつかねばならない
樹液など無い 出るはずが無いと知っていて
知っていながら なお こころみなければならない お前
こうして アスファルトの上に 無惨な姿を
晒す身となっても お前の屍骸(ナキガラ)を
大地に返す地蟲さえも いないというのか
やってくる当ての無い 来るはずなどない 安らぎを
そうして 射抜かれた眼で
待っているのか お前は
おーい 雨に濡れた カテドラルよォー
---かさかさに 乾いた 喉の奥で 叫んではみるのだが
やけ爛れた アスファルトを いつまでも さすっている男の耳には
あの鼓の 衝撃音のみが
陽炎の めまいとともに 次第に 増幅してくるのだった