すると彼は、
「こっちこそとんでもない。ややこしい仕事を頼んじゃったから、せめて自分の部屋ではゆっくり休んでほしかったんだ」
「でも…」
「大丈夫だよ。でもそんなに遠慮するなら白状しちゃうけど、これ、知り合いの家具屋さんがドタキャンされて困ってたベッドなんだ。人助け、ベッド助けと思って使ってやって」
と、彼は微笑む。
ようやく明るい彼が戻ってきたと、俺は内心ほっとして、
「では社長、ありがたく使わせていただきます」
スーツ姿のままでよかった、と思いながら、俺はぺこりと頭を下げた。すると彼は、
「この部屋では、プライベートでは、その、社長、っていうのやめようよ」
「じゃあ何て…大家さんとか?」
彼は吹き出したが笑いをこらえて、
「鈴崎でいいよ、海原。きっとオレはジムか何かのあんたの後輩で、ルームメイトになったんだ」
その後はざっくりと家電なんかの使い方を教えてもらった。
キッチンとリビングも共有スペースだが、彼が部屋に籠もっている時は、部屋に来る前にLINEであらかじめ連絡してくれと言われた。
俺にもそうすると言う。
「オレ一人暮らしが長かったし、夢中になると他のことが目に入らなくなるから。ごめんね、ノックにはすぐに慣れると思うんだけど」
そこで彼は時計を見て、
「もうこんな時間か…お風呂にでも入ってゆっくり休んで」
「いや、しゃ…大家さんから…」
「ん?」
彼は口を尖らせると、
「いや、海原センパイどうぞ」
そして、
「オレはちょっと…風邪っぽいから朝にする」
確かに彼は元気がない。