■ 今日のおすすめ
『ビジネス・フレームワークの落とし穴』(山田 英夫著 光文社新書)
■ 「ビジネス・フレームワークの落とし穴」を知る意味(はじめに)
紹介本を知ったのは、日本経済新聞(夕刊)の毎週木曜日に掲載される、「目利きが選ぶ3冊」欄に掲載されていたのを見て、面白い「題」の本と思い目に留まりました。「目利きが選ぶ3冊」欄にビジネス書が載るのは稀ですが、載ったビジネス書は外れがありません。その様な私の体験から、紹介本を読むことにしました。
紹介本の著者は、競争戦略論を専門とするビジネススクールの教授で、コンサルタントの経験もあり、「ビジネス・フレームワーク」についての理論的理解と体験的理解を的確かつ豊かに有しています。
そんな著者が、経営に関わるビジネスパーソンがよく使う「ビジネス・フレームワーク」について、簡単な使い方を説明した後で、誤った使い方を例示し、「ビジネス・フレームワーク」の正しい使い方、「フレームワーク」の限界を示しています。
紹介本から、「ビジネス・フレームワーク」の初心者は勿論、熟知したベテランも有益な知見を得る事が出来ます。
次項において、著者が言う当然至極の「フレームワーク」を使う時に、陥り易い「落とし穴」についての指摘を、いくつかご紹介しましょう。
■ 知っておきたい「ビジネス・フレームワークの落とし穴」
【最も良く使われる「SWOT分析」の落とし穴】
著者は、「SWOT分析」の落とし穴として、経営戦略の教科書に書かれている「SWOT分析から戦略が導かれる」の定義は誤りと指摘します。それは「主語のないSWOT分析は作れないから」と指摘します。その例として『「ソニーのSWOT分析をしろ」という課題』は解答不可能であると指摘します。『「プレイステーション」の開発』、『「VAIO(すでにスピンアウトしているが)」の開発』といった主語があって初めて、外部(市場)の「機会」「脅威」、内部(経営資源)の「強み」「弱み」を具体的に挙げる事が出来ると指摘します。
「主語のないSWOT分析」は正確な分析が出来ないことは勿論、決まった戦略を都合よく説明するために使われる「落し穴」があると指摘します。
‟そんな事は良く判っている”とベテランは言いますが、実務では(特に中小規模企業における対応に際して)この「落し穴」に落ちているケースをよく見掛けます。要注意ですね。
【「アンゾフの成長マトリックス」が教える「多角化が一番難しい」は本当か?】
著者は、「アンゾフの成長マトリックス」について、二つの「落とし穴」を指摘します。
一つは、「マトリックス」の縦軸・横軸は多くの教科書で「市場(顧客)」・「製品(事業・技術・サービス)」となっているが、縦軸の「市場」は原著では「Mission」となっており、邦訳の段階で「Market(市場〔顧客〕))」と訳されており、原著に忠実な邦訳は「使命・ニーズ」であるべきと指摘します。製品の「市場(顧客)」と理解するか、製品の「使命・ニーズ」と理解するかでは、取るべき戦略・戦技が大きく異なってきます。単なる『市場(顧客)』と解するか、『「使命・ニーズ」を源泉とする「市場(顧客)」』と解するかは、結果に大きな差をもたらすと思われます。
二つ目は、「新製品開発」の例としてエーザイのジェネリック薬品会社エルメッド・エーザイの例を、「新市場開発」として「メルカリ」が商品の受け渡しだけを売手・買手の間で直接行う「メルカリアッテ」を設立した例を、「多角化」の例として富士フィルムの美容液「アスタリフト」販売の例を挙げ、三つのうち、唯一の成功事例が富士フィルムの美容液「アスタリフト」の製造・販売の「多角化」であったことから、「新製品開発」「新市場開発」「多角化」の中で、企業が取るべき戦略の三つの方向の優先順位の最後位が「多角化」であるとの「アンゾフの成長マトリックス」の戦略定石が必ずしも正しくない事を指摘します。
【「PPM(Product Portfolio Management)」の各象限の戦略定石と実際】
ご承知のように、「PPM」は縦軸に「市場成長率」横軸に「相対的マーケット・シェア比率」を置き、事業を「金の生る木(再投資を上回るキャッシュフローを生む事業)」と「花形(社内外の注目を集める事業であるが、短期的にはキャッシュフローは必ずしもプラスにならない)」「問題児(将来に向けての投資が多くキャッシュフローはマイナス。)」「負け犬(市場成長率も低く、自社のシェアも低くキャッシュフローはマイナス。撤退・売却・縮小の対象)の4象限に分け、将来の戦略を考えるツールです。
この「PPM」の「落とし穴」は、一つは、事業単位の括り方です。例えば、伸びの止まった一眼レフカメラと急速に伸びているミラーレスカメラを組み合わせて『カメラ』事業として括って良いのかという問題があります。二つ目は、マーケット・シェアの図り方です。グローバルなシェアで図る等戦略の特性に合わせた選択が必要でしょう。三つめは、市場成長率の取り方です。将来の予想成長率を取るか、過去の実績からトレンド成長率を取るか等の検討が必要です。四つ目は、4つの象限を区切る「市場成長率」「マーケット・シェア比率」の『線引き』をどうするかです。これは的確な検討・判断を要する項目です。紹介本を参考にしつつ、十分な検討を要する事項です。五つ目は、各象限の戦略定石と実際の戦略の選び方です。例えば「負け犬」の戦略定石は撤退・売却・縮小となっていますが、「花形」事業との間にシナジーの関係があれば、定石通りの判断にはならないかもしれません。又、ニッチ商品は「PPM」では、マーケット・シェアが低いので「問題児」の象限に上がってきますが、しかしニッチ事業の評価が高ければ、利益を出し事業の持続性を有することから、定石の「選別対象」にはなりません。六つ目は「PPM」が機能する業界とそうでない業界があることです。一般的に「経験曲線」が通用する業界で機能すると言われています。つまり、病院、監査法人、弁護士事務所、コンサルティング会社等では機能しないのです。
【「その他のフレームワーク」を使う時の「落とし穴」】
以上著名なフレームワークを使う時の「落とし穴」の例をご紹介しましたが、例示させて頂いたケース以外に、40項目余りの「ビジネス・フレームワーク」について「落とし穴」が紹介されています。是非紹介本を手に取り、実務上注意すべき点を事前に学習しておきましょう。
■ 「ビジネス・フレームワークの落とし穴」に陥らないためには(むすび)
「ビジネス・フレームワークの落とし穴」に陥らないための汎用的・理論的方法論としては、「ビジネス・フレームワーク」を使った「フレームワーク思考」、すなわち「ロジカル・シンキング」をする際に、同時並行的に『クリティカル・シンキング(「課題設定⇒分析(現状把握・分析)⇒検証(仮説立案・仮説検証)⇒意思決定(アクションプラン・仕組みの策定)」の手順を踏む思考法)』を行うのが賢明ではないでしょうか。更には、策定された「アクションプラン・仕組み」を単純に「PDCA」のサイクルで推進するのではなく、策定時と直近のギャップを正確・迅速に反映させるために、『「PDCA」+「A(Adjusting=調整)」「S(re-Scheduling=新実行計画)」』のプロセス・マネジメントに変革していくのが賢明ではないでしょうか(今井信行著「クリティカル・シンキングがよーくわかる本」「発展し続ける企業の‟秘密“の道」参照)。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。