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「給料の上げ方」(デービッド・アトキンソン著 東洋経済新報社)
- 世界第3位の「経済大国」日本は、「貧しい国」?(はじめに)
紹介本の著者は、在日30年のイギリス人で、現在は京都にある小西美術工芸社の社長です。ゴールドマンサックス(日本)のアナリストなども歴任し、日本は勿論、イギリス、世界の経済、文化について深い洞察力を持っている経営者・学者です。菅政権においては成長戦略会議議員を勤めています。
この著者の衝撃的な一言は、驚きと同時に、私の認識の甘さを覚えました。次がその一言です。「日本は世界第3位の『経済大国』。しかし一人当たりGDPでは世界35位、一人当たり労働生産性では世界39位、G7では何れも最下位(2021年)。チェコ、スロベニアなど日本と同じ順位のグループはつい最近まで中進国とみなされていた国ばかり。日本は、国民一人一人が決して豊かではない『貧しい国』である。」(OECD 38ヶ国中では、一人当たり労働生産性は29位と下位グループ〔図1〕。)
一人当たりGDPは次の式で表されます〔一人当たりGDP=GDP/人口=GDP/労働者×労働者/人口=一人当たり労働生産性×労働参加率〕。つまり、生産年齢人口が減少する中、高齢者と女性の就業者の増加により労働参加率の順位は横ばいですが、一人当たり労働生産性の順位は下がり続けています。〔図1〕を参照ください。
ここで注意しておきたいのは、著者の言う『貧しい国』は、絶対的ではなく相対的なものだということです。〔図1〕を見ると、日本の順位(OECD)は1998年から2017年までの過去20年間21位前後で推移してきましたが、2018年は25位、2019年は26位、2020年28位2021年29位と急速に順位を下げています。〔注1〕のレポートにある様に、OECD 38ヶ国の中で、日本だけが停滞している間に、2019年には、レポートにある5か国に抜かれ26位に順位が下がりました。また、2021年にはポーランド、リトアニア、エストニアに抜かれ29位に落ちてしまったのです。
〔注1〕「2015年から2019年まで4年間の一人当たり労働生産性の上昇幅は、日本が+1.2%に対して、トルコが+10.5%、スロベニアが+22.4%、チェコが+23.6%、韓国が+18.0%、ニュージランドが+12.3%となっている。4年前には10%以上もあった日本との乖離を埋められて逆転してしまった(第一生命経済研究所レポート2021.5.13より)。」
この様に日本だけが伸び悩んでいる状況を変革し、「貧しい国」から「豊かな国」へ歩む道筋を、著者が示しています。
著者の提言のポイントは「付加価値を上げる」「給料を上げる」の2点です〔注2〕。それは経営者、従業員双方の意識・行動変革により実現できるとします。次項で提言の一部をご紹介します。
〔注2〕次の式から「付加価値」と「給料」の連関性を見て下さい。「一人当たり賃金(総賃金/従業員)=一人当たり労働生産性(付加価値/従業員)×労働分配率(総賃金/付加価値)。」日本の労働分配率は世界平均水準ですから、課題は一人当たり労働生産性「付加価値」を上げ、その上で、一人当たり「給料」を上げることです。
- 「貧しい国」から脱却し「豊かな国」に向かうロードマップ
【目指す賃上げの水準ー年率4.2%以上-】
著者は2種類の賃上げについて言及しています。
一つがベース・アップ(含む初任給アップ)です。人口減少を考慮した場合、貧困化しないためには、2022年のGDPを生産年齢人口で割った一人当たり労働生産性(742万円)を2022年のGDPを2060年の生産年齢人口で割った一人当たり労働生産性(1,258万円)まで高め、GDPを2022年レベル以上とする必要があり、その為には、毎年、年率+1.4%以上〔注3〕のベース・アップと生産性の向上が必要とします。
二つ目は定期昇給です。給与の上昇は52歳まで上昇し、年率+2.8%です(全国平均。厚労省データ)。この部分の企業の総支給額は変わりません。定年制により入れ替わるだけで企業視点での支給総面積は不変だからです。
この二つを合わせると+4.2%です。これに実質賃金をマイナスにしないためにはインフレ率の上乗せが必要です。日銀が目指すインフレ目標2%を考慮すると+6.2%になります。
〔注3〕著者は+1.4%の数字を算出する前提として、2060年の生産年齢人口を4,418万人(社会保障・人口問題研究所2012年1月推計〈出世中位、死亡中位〉)を使っています。2023年4月推計の5,078万人を使うと+1.1%となります(筆者コメント)。
【一人一人の行動で、給料を上げようー従業員として取るべき行動ー】
著者は日本以外の多くの国で給与水準が上がっているのに対し、日本では30年間ほとんど上がっていない理由を2つ挙げています。一つは一人当たりの付加価値つまり労働生産性がほとんど上がっていないことです。二つ目はOECDの国では7割以上の労働者が給料を上げてもらう給料交渉をしますが、日本では給与交渉をする労働者は3割に止まっています。
著者は、日本でも「1年に1回、経営者と社員がひざ詰めで面談し、従業員側の希望・要望・不満を聞き取り、給与の妥当性についても意見交換をすべき」と強調します。
これからの人口減少時代には、給料を上げられない企業は、労働者から選択されず、雇用を確保できなくなると指摘します。経営者も労働者も給料を上げ続けることが出来る企業に変革する行動と実現を、真剣に求めていくべき時代なのです。
【従業員から「見限られる社長」ではなく「ついていくべき社長」になるー経営者のとるべき行動ー】
上述のとおり「労働者から選択される」企業でなければ、雇用を確保できない時代であることを認識し、経営者としての在り方を「ついていくべき社長の5つの特徴」として提言しています。是非、紹介本をお読み下さい。
【より付加価値の高いものをより高く売るー経営者、従業員の共通の行動-】
経営者・従業員の共通課題は付加価値の向上です。給料の引き上げ以上の付加価値を生み出すことが必須です。「より付加価値の高いものをより高く売る」を常に考え、行動・実現していくことが必要です。真剣に取り組めば、必ず結果が出ます。
- 「労働生産性」が今のままだと日本は崩壊する。今こそチャンス!(むすび)
2023.4.26国立社会保障・人口問題研究所〈出生中位・死亡中位〉の人口推計によれば、生産年齢人口(15~64歳)は、2022年7,417万人、2060年は5,078万人(22年比▼32%)です。一方高齢者(65歳以上)は、3,605万人と3,643万人(22年比+1%)です。
2060年のGDPは、GDPが生産労働人口により創出される付加価値との前提に立ち、一人当たり労働生産性と労働参加率が2022年と同じとして、単純計算をすると、2022年の550兆円比▼32%の376兆円となります。一方支える高齢者はほぼ横ばいです。これでは社会の仕組みは崩壊です。
今、私達はその危機の入り口にいるのです。このGDPのマイナス174兆円(550-376)を、毎年+1.1%(著者の2012年人口推計の場合は+1.4%)の付加価値増加(併せてベースアップ)を、2060年迄の37年間継続して複利的に積み上げることにより、その累積額を以ってカバー出来るのです。こうして、この危機を回避できるのです。
危機はチャンス。「付加価値」「給料」を上げ、日本を崩壊から救いましょう。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。