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「私の本棚2021.12.28」

2021-12-28 11:59:33 | 経営コンサルタント
  • 今日のおすすめ

『「メルケル仮面の裏側」―ドイツは日本の反面教師である―』

                    (川口ロマーン恵美著 PHP新書)

『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』(川口ロマーン恵美著 WAC)

『住んでみたドイツ9勝1敗で日本の勝ち』(川口ロマーン恵美著 講談社α新書)

  • ドイツ在住35年の日本人が語るドイツ(はじめに)

 著者は、1985年ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科を卒業、以来35年ドイツに在住し、拓殖大学日本文化研究所客員教授を勤める作家です。その間、巾広く政治・社会・経済に関わる30冊以上の著作を発表。ドイツを中心とするヨーロッパから見た日本に関する記述は「真実」に溢れています。

 ドイツと言えば、明治維新から間もない日本にとって、「近代国家」として歩み出したという共通点があり、法制、軍事、科学、芸術 など様々な分野で模範となる国でした。

 その例は枚挙にいとまが有りません。大日本帝国憲法の起草にあたってプロイセン憲法をお手本としたこと。日本の民法や刑事法などの法律にドイツの法制の影響が残っていること。陸軍軍医として留学した森鴎外の活躍。北里柴三郎がベルリン滞在中に、世界で初めて血清療法を開発したこと。日本初のピアノ留学生として、ライプチヒの市立音楽院で学んだ作曲家の滝廉太郎。等々です。

 現在も、技術、経済、医療面での交流は活発で、日本にとってドイツはヨーロッパ地域最大の貿易相手国、ドイツにとっての日本はアジア地域で中華人民共和国に次ぐ貿易相手国です。自動車産業においては最大のライバル同士として、世界でトップ争いをしています。

 著者から見た日本像・ドイツ像は「住んでみたドイツ9勝1敗で日本の勝ち」の表現に現れているように、ドイツ礼賛ではありません。特に東西ドイツ統一の1990年から2021年9月にメルケルが4期16年の首相任期を終えるまでの政治・経済・社会の変化を、メタ(必ずしも表に現れない事態の原因となっている真の事実)から解き明かしているのが紹介本です。

 紹介本が語る日本人の知らないドイツの「真実」について、次項でその一部をご紹介します。

  • 東西ドイツ統一の象徴メルケルの16年間の長期政権とドイツ、EUの行方

 1989年から1991年までは、東欧の脱共産化、ベルリンの壁崩壊、東西ドイツの統一、そしてソ連崩壊と続きます。冷戦が終わると同時に「世界地図が塗り替わった時代」でありました。

 この時代に生きたのがメルケルです。父親ゆずりの「第三の道(民主的プロセスによる社会主義を目指す)」の思想をバックグランドに持ちながら、「私は社会主義とは決別」と表明し、ベルリンの壁崩壊を機に保守政治家への道を歩みます。

 賢さ抜群のメルケルは、身ぎれいさを貫き、他の東ドイツ出身の政治家がソ連のスパイ容疑などで失脚する中、唯一の東ドイツ出身の政権中枢の政治家として生残り、要職を順調に昇っていきます。

 1991年1月には女性・青少年問題大臣に就任。1994年には環境・自然保護・原子力安全大臣を務めます。1998年~2005年はCDUからSPDに政権が移りますが、その間にCDUの幹事長を経て、2000年にCDUの党首に就任します。

 2005年CDUが総選挙で勝利すると同時に首相に就任。メルケルの16年間の長期政権がスタートするのです。

 著者はこの16年間の変化について、「ドイツは変わった。社会主義化、中国との抜き差しならない関係、難民問題、エネルギー問題、反対意見が抑え込まれ活発な討論の出来ないソフトな全体主義化」とコメントしています。そんなドイツのこれからの行方はどの様になるのでしょうか?

【エネルギー政策はドイツを見習うな】

 多数派迎合型であり東ドイツの自然保護主義がバックグラウンドとしてあるメルケルのエネルギー政策はコロコロ変わります。1994年に就任した環境・自然保護・原子力安全相時代は原発推進の姿勢を固持します。しかし、2011年の福島原発事故を契機に2022年までに全ての原発を停止すると決めました。国民の原発嫌いを意識し、反原発へと切り替える格好のチャンスと捉え方向転換したのです。

 一方COPの第1回会議(1995年)の議長国はドイツ、しかも環境相のメルケルが議長。その後2年の歳月をかけて詳細なコンセプトを策定する。そのコンセプトが1997年の京都議定書で採決されるのです。当然ドイツは、1998年のSPDと環境優先の緑の党の連立もあり、「再エネ拡大」をエネルギー政策の基本としたのです。

 ドイツのかかるエネルギー政策は、どの様な問題を抱えているのでしょうか。

 先ずFIT(固定価格買取制度)の開始(2000年)により、電力料金が、10年間で1.7倍、20年間で1.9倍と上昇を続けていることです。(電気事業連合会H/Pより)

 また、米3大学の研究によると、原子力発電の大半が石炭火力の電力に置き変わったことで、2001~2017年の17年間で、CO2排出量が年間3,600万トンすなわち約5パーセント増加したことが判明。さらに悲惨なことに石炭燃焼量の増加によって、発電所の周辺で粒子汚染の悪化や二酸化硫黄排出量の増加が生じ、呼吸器や循環器の疾患による死者が年間1,100人増加することも推測しています。また、CO2排出量と死亡者数の増加に伴う社会的費用は総計で年間約120億ドル(約1兆3,000億円)に相当するとしています。(WIRED H/Pより)

 2022年に原発がすべて廃止になれば、不安定な電源である太陽光・風力発電を補完する電源がますます減っていき、蓄電技術などが進展しないかぎり、ドイツ電力の系統安定性(地域ごとの電力需給に合せ、再生エネとバックアップ電源との切り替え調整)は危機に瀕すると懸念されている。

 また2021年9月に完成したロシア―ドイツ間の直接のガス輸送パイプライン;ノルドストリーム-2は、ウクライナ経由のパイプラインとの地政学的関係から、ドイツ側の承認手続きが中断されています。承認がされればノルドストリーム-1を加えた3本のパイプラインによりロシアからの天然ガスの供給が大きく増えますが、経済安全保障上のリスクは引き続き懸念されるのではないでしょうか。

【もう誰もドイツを信じない―中国投資協定の謎―】

 2020年12月30日、ドイツがEUの議長国でいられる最後のタイミング、言い換えればメルケルのEU発足28年に於ける16年のEU治世の最後のタイミング。一方中国の様々な暴力が明らかになり、米国の大統領がバイデンに替わりEUと米国が共同で対中包囲政策を敷こうとしているタイミング。

 そんな時、法治国家ではない中国相手の投資協定交渉は2014年以来遅々として進まなかったにも拘らず、突然合意の発表が行われました。

 何故この様な突然の合意が発表されたのでしょう。それは、バイデンになったら対中政策で共闘せざるを得ないと予測し、ドイツの自動車を中国で確実に売るための何らかの下地を作っておく必要を感じたのではないかと言われています。著者は次のように指摘します。「EUの国々は、メルケルのした事をちゃんと見ている。メルケル治世の後遺症は、彼女が政界を去ってから次第に現れてくるに違いない」と。

【EU発足から28年の内16年のメルケル治世で、EUの静かな崩壊へ】

 メルケル治世の大きな問題は難民問題です。EUにおける特徴的な基本ルールはダブリン協定とシェンゲン協定です。2015年9月5日、メルケルはこの2つの協定を破ることまでしてハンガリーで足止めをされていた難民にドイツの国境を開いたのです。

 ハンガリーに到着した難民はハンガリー国内のみで滞留できるのです(ダブリン協定)。難民は到着国以外へは自由に移動できません(シェンゲン協定)。両協定は難民以外のEUの移動の自由と安全を確保する、経済安全保障上の協定といって良いでしょう。

 しかしメルケルは、この経済安全保障のルールを人道問題に置き換えハンガリー到着の難民を、自由にドイツに入れたのです。ドイツに流入した難民は100万人を超えたのです。この後、2015年11月にはパリで、2015年12月にはケルンでテロが起こります。難民とテロの関係は明らかではありませんが、EU各国はドイツから難民が漏れ拡散することを恐れ、非常時の例外規定を使い国境を閉め入国検査を始めたのです。

 ここでダブリン協定とシェンゲン協定は一時停止となったのです。その後、詳述しませんが、難民問題はドイツ国内では様々な矛盾を生み、EUに於いても社会不安の増大、アイデンティティーの喪失と分断を招いているのです。イギリスのEU離脱の要因にもなりました。

 「メルケルは大変な種を蒔いた。100年後のヨーロッパはどうなっているだろう」と著者は記します。

  • メルケル退任後のドイツとEUの行方を見守ろう(むすび)

 2021年12月8日、メルケル政権に代わり、社民党(SPD)、環境政党の緑の党、リベラルの自由民主党(FDP)の連立政権がスタートしました。ドイツにもEUにも早速変化が出始めています。ポスト・メルケルに注目です。

【酒井 闊プロフィール】

 10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。

 企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。

https://www.jmca.or.jp/member_meibo/2091/

http://sakai-gm.jp/index.html

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