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『日経大予測「2023これからの日本の論点」』
(編著:日本経済新聞社 発行:日本経済新聞出版)
- 2023年の初めにP・E・S・Tの論点を整理しておこう(はじめに)
本ブログでは、年初にPESTに関る本を紹介しています(P:政治、E:経済、S:社会、T:技術)。予測される論点を整理し、企業経営における変化への対応力を高める必要に応えるためです。
紹介本「2023これからの日本の論点」は、「世界はこれからどうなる」「日本はこれからどうなる」「企業はこれからどうなる」「アジア、欧州はこれからどうなる」の4分野22論点を展開します。
2023年は、ウクライナ侵略とロシアの行方、ドイツをはじめとした欧州のロシアへのエネルギー依存への破綻とそれによる世界的インフレ・スタグフレーションの行方、脱ロシアの中でのGX(脱炭素)の行方、民主主義陣営と中露をはじめとする強権国家との分断による「新・冷戦」の行方など、2019~2022年のコロナの混乱を超える多くの問題を抱える、まさに先が見えないVUCAの時代と言えます。その中で注目した視点を次項で見てみたいと思います。
- 2023年の注目情報はこれ
【貿易・投資の枠組みをめぐる米中対立】
現時点での、世界の貿易・投資の枠組みとしてEU、TPP、RCEP、IPEFがあります。ここ1年余りの、貿易・投資の枠組みの動きを見てみましょう。
2018年3月にTPP11として発効したTPPは、2022年9月までにペルー、マレーシアが参加し13ヶ国が加盟しています。参加国の世界GDPに占める比率は13%、参加国の人口は5億人です。TPPについては中国の加盟申請があり、参加基準のクリアーが障壁となり難しいとされます。台湾の加盟申請と併せ注目したいです。
2022年1月1日に発効したRCEPは、中国を中心とする経済圏の国々15ヶ国で構成されます。参加国の世界GDPに占める比率は30%、参加国の人口は23億人です。
1993年11月1日に発効したEUは、加盟国のピークは28か国でしたが、2021年1月1日の英国離脱の移行期間が終了した時点で、27ヶ国になりました。参加国の世界GDPに占める比率は17%、参加国の人口は5億人です。EUと中国の関係に於いても大きな動きがありました。2020年12月30日、大筋合意に至った「中・EU包括投資協定(CAI)」について、2021年5月20日欧州議会は中国の人権問題などを理由に凍結され、その後も凍結解除の動きは無いままの状況が続いています。
2022年5月23日の日米首脳会談を機に立上ったIPEFはアメリカ主導の貿易・投資の枠組み作りを目指しますが、2022年9月9日の参加国閣僚会議で、今後の方向性が合意されたものの、具体的な枠組みには至っていません。参加国の世界GDPに占める比率は40%、参加国の人口は25億人です。
この様に、世界の貿易・投資の枠組みにおいてアメリカを中心とする米・日・欧陣営と中国との対立が強まる中、紹介本が示している、日本政府の貿易・投資担当の官僚が目指す野心的な案「TPP+EU+アメリカの統合EPA」に期待したいですね。TPPとEUがまとまれば、巨大な貿易圏(世界GDPの30%)が誕生し、アメリカは自国が不利な立場に置かれることから、アメリカが加わる可能性が出て来ます。因みに、「TPP+EU+アメリカの統合EPA」の参加国の世界GDPに占める比率は54%、参加国の人口は14億人です。中国を主体とするRCEPのGDP比30%を大きく上回ることになります。
【経済安全保障でグローバリゼーションは終わる】
グローバリゼーションの歴史を、第二次大戦後の主な歴史的事実から見てみましょう。1948年GATT(関税と貿易に関する一般協定)体制がスタート、1955年9月に日本GATTに加盟(1559年以降は理事国)、1973年G7がスタート、1985年プラザ合意、1991年ソ連崩壊による冷戦の終結、1993年EUが発足、1995年1月WTO(世界貿易機関:World Trade Organization)が発足(GATTを吸収、協定から国際機関への転換に伴い、ルールの範囲も、モノの関税率だけでなく、投資や知的財産、サービス、防衛など幅広い分野を対象となる)、2001年中国がWTOに加盟、などを挙げることが出来ます。
中国のWTO加盟について補足しますと、1947年、中華民国(台湾)は創設国の1つとしてGATTに係わり、1948年に正式締結国となりました。一方、1949年に中華人民共和国(中国)が成立した結果、中国本土は事実上GATT締結国の域外となっていました。1982年、中国はGATTのオブザーバー資格を認められ、1986年にGATT締結国地位の回復(加盟)申請を行いました。更に、1995年7月にWTO加盟の交渉を開始、1999年に日本、米国との二国間交渉の合意を経て、2000年から多国間交渉に入り、2001年12月11日に正式加盟しました。
グローバル化の推移を、世界の貿易量の世界のGDPに占める比率の推移を見てみましょう。()は歴史的事項。
1960年代11%程度、2000年23%、(2001年中国WTO加盟)、2008年30%、(2010年中国が日本を抜きGDP世界2位へ)、(2018年トランプ政権による米中貿易摩擦がスタート)、2021年25%です。
この数値から読み取れることは、2001年の中国のWTO加盟を機に、貿易量が拡大し、更には、中国の世界の工場としての地位が拡大し、世界のグローバル化が進みました。2010年には中国は日本を追い越しGDP世界2位へと躍進します。しかし、2018年に始まった米中貿易摩擦などにより、貿易量のGDP比率の低下が始まり、グローバル化にブレーキが掛り始めている事が読み取れます。
2022年には、ロシアのウクライナ侵略に加え中国の人権問題や軍事的拡大リスク等から、経済安全保障の意識が高まり、民主主義国家vs独裁国家の分断が急速に拡大しています。自由貿易を推進するWTO協定にある唯一の例外既定、「安全保障上の懸念がある場合」、を適用した制裁が拡大しています。2022年12月12日、中国は、アメリカが「安全保障」条項を悪用し半導体の輸出規制をしているとして、WTOに提訴しました。解決は難しいでしょう。
ロシア、中国の強権的・拡張的リスクは収まりそうもありません。それに対抗する米欧の対露・対中制裁は深まる一方です。まさにポスト・グローバリゼーションの時代に突入しています。
このような厳しい時代における企業経営は、簡単ではありませんが、時代が変わったことをまず認識し、リスク対応とチャンスの獲得に動く時ではないでしょうか。
【文化は戦略にまさる VUCA時代の企業経営】
紹介本は「VUCAワールドにさらされる日本」を見出しとする解説で、現在、世界が「VUCAワールド」にある裏付けとして「“GEPU”Index(“世界経済政策不確実性”指数)」 〔図表:注釈付きグローバル EPU インデックス〕を引用し、2022年にはウクライナ侵攻などの要因で、1997年~2015年までは100程度の不確実指数が、300にまで上昇していることを指摘すします。その中で日本も、経済面では米中対立やウクライナ侵攻に伴うインフレリスクや円安の影響を受け、また社会面では安倍元首相の銃撃事件が発生するなど、VUCA的な展開が拡大していると指摘します。
この様な環境下における企業経営の在り方について、マイクロソフト社の2014年に就任したナデラGEOによる、「フィクスド(型にはまった)マインドセット」から「グロース(成長志向の伸び伸びとした)マインドセット」への転換に伴うクラウドビジネス等への快進撃をもたらしたこと(GAFAMの株価時価総額で4位からアップルに次ぐ2位へ)や、ソニーの「弱いつながり」による新たなビジネスの創出に成功している例を挙げています。
VUCA時代をしたたかに生きるための、「企業文化の変革を通じた、社員自ら主体的に働く生き生きとした組織風土を築き上げ、組織力を高め、『時代を先導できる力』の創出」により、一つ一つの事象に臨機応変に対応していく組織能力が必要と指摘します。
【ウクライナ侵略、ロシアの行方】
ロシアがウクライナに侵略した軍事行動を正当化した、余り報じられていない、真の二つの要因を見てみましょう。
2014年、ウクライナの親露政権のヤスコビッチ大統領は、EUとの連合協定締結を凍結したことに反発した市民革命により、政権から引きずり降ろされ、ポロシェンコ大統領(ゼレンスキーに繋がる)の親欧米政権が誕生した。この市民革命に怒ったプーチンがクリミア半島をロシアに強制編入すると同時に、親ロシア派住民の多い東部ウクライナで親欧米派に対抗する暴動を扇動し、ウクライナ紛争に至った。このウクライナ紛争の停戦と和平のための「ミンスク合意」がドイツとフランスの仲介で締結された。
この「ミンスク合意」に謳われている、『ウクライナ東部のドネツク、ルガンスク両州に「特別な地位」を付与する』との約束を、ゼレンスキー政権が履行しなかったことを、ロシアは侵略の正当化の一つ目の要因としています。
二つ目の要因は、ロシアが、ロシアと米・NATOとの欧州安保に関して、「ウクライナのNATO加盟阻止」を含むNATOの脅威の停止・撤収などを内容とする、一方的な提案(2021年12月)を行ったことに対し、米・NATOが受け入れを拒否(2022年1月)したことです。
これら二つのロシアの一方的な正当化要因は、侵略の合理性を裏付けるものではありません。結果、EU・G7各国による経済制裁が次々と発動されました。詳細は省略しますが、経済制裁によるダメージは、ウクライナ戦争が長引けば長引くほど広がっていくと予想されます。
現時点でのダメージ・数値を見てみましょう。
外資の撤退に伴う失業者の増加(100万人)、インフレ率の上昇(10月予想インフレ率;家計12.8%、企業17.4%)、GDP成長率のマイナス(IMF予想は2022年▼6~▼4、2023年▼4~▼1)、半導体など特定部品のロシアへの供給規制による生産の落ち込み(9月自動車生産・前年比▼51.8%、エアバックやABSを装備していない自動車を新車として販売する恐ろしい実態)、人材の流出(モスクワ市の男性職員の1/3が国外逃亡)など様々な影響が表出しています。しかし、最大のリスクは今後のエネルギー産業のリスクです。
欧米メジャーの撤退により、ロシアのエネルギー産業は、原油・天然ガス鉱区の探鉱・開発・生産・輸送などにおいて、様々な支障がこれから表出してきます。因みに、日本の商社が関与する「サハリン-2」プロジェクトにおいては、英シェルが抜けたので、LNGの原料となる天然ガス生産が減少し始め、LNG生産用天然ガス確保が困難になることが予測されます。これらの結果、エネルギー産業に依存するロシアの国家財政は赤字を余儀なくされ、戦費の財源は先細り、ウクライナ侵略におけるロシアの敗戦と終戦が見えてきます。(JBpress2022.12.7「疲弊著しいロシア経済、まもなく戦争継続困難に」〈杉浦敏広〉より)
加えて、ロシアの弱体化により、2023年は、ベラルーシに自由が訪れ、ウクライナ、ジョージア、モルドバが完全な国土と主権と独立を取り戻し、1989年に始まったソ連崩壊の最終章という、世界の歴史にとっての重大な年になるかもしれません。(PRESIDENT Online 2022.10.8『見えてきたウクライナの「勝利」…ロシア撤退で起きる「崩壊ドミノ」とは?』より)
- 2023年の企業経営のキーワードは “アジャイル”(むすび)
2023年は2022年にも増して「不確実性の時代」になります。早急に、「現状把握・分析⇒仮説立案・検証⇒意思決定・アクションプランの策定」をし、アクションをアジャイルに実行する時ではないでしょうか。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。