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「企業価値経営」(伊藤 邦雄著 日本経済新聞出版)
- 「企業価値経営」とは(はじめに)
著者は、いわゆる「伊藤レポート」を通じ、日本の経済産業政策、証券市場政策に変革をもたらしました。
2013 年 7 月に経済産業省の「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ま しい関係構築~」プロジェクトがスタートし、 2014年8月に最終報告として「伊藤レポート」 が公表されました。
「伊藤レポート」では、①持続的成長の障害となる慣習やレガシーと決別を、②イノベーション創出と高収益性を同時実現するモデル国家を、③企業と投資家の「協創」による持続的価値創造を、④株主資本コストを上回るROEをそして資本効率革命を、⑤企業と投資家による「高質の対話」を追及する「対話型先進国」へ、⑥全体最適に立ったインベストメント・チェーン変革を、という6つ基本メッセージを発信しています。企業が「投資家との対話」を通じて「持続的成長」に向けた資金を獲得し、「企業価値」を高めていくための課題を分析し、提言をしています。
「伊藤レポート」は、2014年2月の金融庁の「スチュアードシップ・コード」、2015年5月の法務省の「コーポレート・ガバナンス・内部統制の強化及び親子会社に関する規律の整備等を目的とする会社法改正」、2015年6月の日本証券取引所の「コーポレートガバナンス・コード」に繋がっていくのです。そして、落伍者日本の資本生産性(ROE)を、過去の平均5.2%から海外投資家の期待する資本コスト(期待収益率)の平均値7.2%を勘案し、8%以上に目標値を設定し、企業と投資家のエンゲージメントを促進し、資本効率を高める、世界市場の仲間入りへの道筋を創ったのです。
更には、2016年8月に経産省に「持続的成長 に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会」が設立され、企業と投資家等の長期投資を巡る現状と課題・方策について検討が行われ、2017年10月に最終報告として「伊藤レポート2.0」が公表されました。
「伊藤レポート2.0」では『価値協創(協調による価値創造)ガイダンス』を示し、中長期の企業価値向上に向けた企業と投資家の対話を後押しました。さらに、昨年8月に、「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」において、対話の実質化を進めるために、社会のサステナビリティと企業のサステナビティを同期化し、長期の時間軸の中で社会課題を経営に取り込むことで企業の稼ぐ力を強化していく「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」を提唱しました。
「SX」を『価値協創ガイダンス』に反映し、同ガイダンスを、サステナビリティを踏まえた中長期の企業価値向上に資するための企業と投資家の対話や統合的な情報開示のフレームワークとして機能することを目指します。「SX」の課題や考え方は『伊藤レポート3.0』として公表される予定です。
著者は、これらの「伊藤レポート」シリーズをベースに、経営者向けに「(DXを除く)企業経営の最新分野」を「事例研究による体験価値」を通じて届けたいとして紹介本を公刊しました。
紹介本は約700頁の大著です。「第Ⅰ部分析編」「第Ⅱ部評価編」「第Ⅲ部創造編」を通じて「(DXを除く)最新の経営学を」を学べる好書です。特に「第Ⅲ部創造編」では、具体事例による企業価値創造の経営ストーリーとして具体的・体験的に価値創造経営を学べる他、紹介本全体を通し具体的事例を引用し分かり易く体験的に解説しています。
紹介本では、企業価値が客観的価格としての株式時価総額にどのように反映されるかを理論的・実証的に検証しながら、あるべき企業価値経営論を展開しています。この企業価値経営論の中から、未上場企業にも参考となる「注目する企業価値経営」を次項でご紹介します。
- 未上場企業にも参考となる『注目する「企業価値経営」』
【株式市場から実証される企業価値評価理論】
紹介本は、株式市場は推定企業価値と市場参加者予測要因の2つにより価格形成がされるとしています。市場が効率的との前提に立てば、株価は中長期的には将来キャッシュ・フローをベースとする理論的企業価値に収斂していくとします。
株価に反映する企業価値と会計情報の関係を次式により説明します。(次式が導かれるプロセスは、紹介本をご覧ください。ここでは結論のみを記述します。)
企業価値(株価)=NOPAT(1-g/ROIC)/ (r-g)
NOPAT=利息控除前税引後営業利益 r=資本コスト率 g=NOPAT成長率
ROIC=投下資本利益率=利益/投下資本
利益=税引き後営業利益
投下資本=株主資本+有利子負債
紹介本は、株価とROIC及びNOPAT成長率とが連動していることを、米・欧州・日本のS&P500指数によって実証しています。このことから、紹介本で採り上げているROIC経営とNOPAT成長率の向上を導く経営の中から、未上場企業にも有益な経営手法を次に紹介します。
【ROIC経営に注目―オムロン社の事例より―】
ROIC経営のメリットは二つあります。
(紹介本が引用する経済産業省資料「オムロンにおける企業価値向上の取り組みについて」―下記URL―をご覧ください。)
http://www.glomaconj.com/joho/blog/sakaisensei20210928omron.pdf
(紹介本が引用する経済産業省資料「オムロンにおける長期の視点の経営」―下記URL―をご覧ください。)
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/jizokuteki_kachi/pdf/002_05_00.pdf
一つは、ROIC逆ツリー(左右逆さま、現場重視の帰納型ツリー)です。ROICは次のようにROSと投下資本回転率に分解できます。税前ROIC=営業利益/投下資本=営業利益/売上高(ROS)×売上高/投下資本(投下資本回転率)。ROICを分解した「ROS」「投下資本回転率」といった指標を、現場レベルの業務に直接関係するKPIに分解していくことで、現場の活動がROIC向上に直接つながります。
一般的に使われているKPIと違い、的確・効率的に、企業価値向上に結びついていくのがROIC逆ツリーの特徴です。
二つ目は、限られた資源を最適に配分するための戦略を策定するツールです。ROICと売上高成長率の2軸によるポートフォリオマネジメントを主に、伝統的なPPM(市場成長率と市場占有率の2軸によるポートフォリオ)を補助的に活用します。これによる事業単位の交叉比率(市場成長率☓市場占有率☓ROIC☓売上高成長率)の比較で、企業価値の要素を取り入れた新規参入、成長加速、構造改革、事業撤退などの経営判断を適切迅速に行い、全社の価値向上をドライブすることが出来ます。
以上二つのメリットを増大させるのが「ROIC翻訳式」です。「翻訳式」は、財務に苦手の現場が言語でROICをより深く理解し、各人が自分ごととして捉え、自律的に活動が展開できるように進化させていくツールです。①成長に必要な経営資源への投資 (N)を増やす②お客様への価値 (V)を上げる③滞留している経営資源 (L)を減らして(N)にシフト投入するなど、自律的活動から出てくる現場の貴重な意見を吸収し、活動を企業価値向上に直結させることが出来ます。
【NOPAT成長率(g)を高める経営に「価値共創ガイダンス」を活用しよう】
紹介本では、NOPAT成長率(g)を次の式で表しています。
g=NOPAT☓i☓ROIC/NOPAT=i☓ROIC
再投資比率(i)=NOPATに占める純投資額(資本的支出+運転資本増加額―減価償却費)の比率
NOPAT=利息控除前税引後営業利益
ROIC=投下資本利益率(利益✶/投下資本✶)
✶投下資本=株主資本+有利子負債
✶利益=税引き後営業利益
『「NOPAT成長率;g=i(再投資比率)☓ROIC」』をどのように読み取ったらよいのでしょう。再投資比率(i)がゼロであればNOPAT成長率(g)はゼロです。iがマイナスであればgはマイナスです。純投資額は、新規事業投資、更新設備投資、DX投資など数字で表せるもの、経営・人的資本・リスク回避・ESG・SDGsへの投資などの無形資産もあります。つまり、『「再投資比率(i)のベースになる純投資を継続し、純投資のリターンであるROICの維持・向上に繋がりNOPADがスパイラルに成長する経営の持続」がNOPAT成長率(g)を高める』と読み取れるのではないでしょうか。
それは『「持続的な企業価値向上と長期投資を促進する」経営』の実践です。それをサポートするのが経済産業省の「価値協創ガイダンス」です。「価値協創ガイダンス」を活用して NOPAT成長率(g)を高めましょう。なお、「ガイダンス」に於ける企業の協創者は投資家ですが、未上場企業に於いては全てのステークホルダーを想定してガイダンスを活用することで「企業価値」「NOPAT成長率(g)」の向上を図ることが可能になります。
「価値協創ガイダンス」は下記URLをご覧ください。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/Guidance.pdf
- 未上場企業も「企業価値経営」を実践しよう(むすび)
紹介本は企業価値を高める経営論を展開しています。それらの経営論は、一見して上場企業向け経営論に見えますが、前項で紹介したものをはじめ未上場企業にとっても有益な経営論が展開されています。
特に、将来IPOを目指す企業やM&Aを活用した事業構造改革を考えている企業にとっては有益です。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。