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「世界標準の経営理論」(入山 章栄著 ダイヤモンド社)
- 「世界標準の経営理論」の目指す経営理論(はじめに)
世界の主流の経営学は、「普遍的理論」から統計分析などにより「個別的結論」を導き出す「演繹的理論」です。一方、日本の経営学理論は事例研究に基づく「帰納的理論」が圧倒的に多いと言われています。「帰納的理論」はWhat(事象の分析と解釈・理解・定義)を示し、「演繹的理論」は“How When Why”の問いに対する“答え”を導く「思考の軸(論理プロセス)」を示します。
経営学のもう一つの分け方は、「実証性」と「規範性」です。世界の経営学の主流は、経営の領域における実証的真理法則(“How When Why”から“答え”に導く法則)を探求する「実証性経営理論」です。勿論、ドラッカー理論のような「何が望ましいか」という「規範性経営理論」も大切ですが。
著者は日本の経営学に一石を投じた学者です。それは、世界の主流の経営学である「演繹的理論」「実証性経営理論」を日本に持ち込み、広めたことです。その様な観点から紹介本に注目して頂ければと思います。
紹介本では「世界標準」と言える約30理論を選び解説しています。著者は『「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」理論』『歴史の浅い経営学にしっかりとした基盤を持たせる「経済学、心理学、社会学ディシプリン」理論』として生き残ってきたものの中から「説得性(Whyに応える)」「汎用性(無数の事象に適用できる)」「普遍性(時代を超えて不変)」を基準に「世界標準理論」を選んでいます。
この結果、「コンサルティング実務等から生まれ、ビジネス現象を分類・整理しているだけで、Whyに応えていない」多くのフレームワークは「経営理論と関係のないフレームワーク」として紹介本には全く触れられていません。紹介本で触れているフレームワークはポーターのSCP理論に基づく「ファイブ・フォース」「コスト主導、差別化戦略」、バーニーのRBV理論に基づく「VRIO分析」のみです。
紹介本には斬新的な視点の経営理論が多く掲載されています。“はじめて知って得する”経営理論も発見できます。約30理論の一つ一つの理論から、「思考の軸」を通して、「思考の探索と深化」を行い、多くのビジネス事象に対し時代を超えて、有為な意思決定を可能にします。
字数の関係もあり既知の理論はさておき、先ずは“はじめて知って得する”経営理論の中から、日本企業に有益と思うベストスリーを次項で紹介します。
- はじめて知って得する『日本企業に有益な「経営理論」』ベストスリー
【未来を創り出す「センスメイキング理論」】
アメリカの組織心理学者カール・エドワード・ワイク (1936年~) が1969年に発表した「センスメイキング理論」とは「組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち:センスメイク))し、それを集約する(方向性を揃える)プロセスを把握する理論」と定義されています。さらに発展させたヘンリー・ミンツバーグ(1939年~ )は「新規事業の計画に於いて、まず初めはとにかく行動し、やがて次第に大まかな方向性が見えてきて、さらに形(センスメイク)になっていく理論」と定義します。
これらの理論は「ものの見方・認識は、主体と客体の相互依存関係の上で成立する」という認識論的相対主義に基づいています。具体的には『行動して試行錯誤を重ね、もがいていく間に、やがて納得するストーリーが出てくる。そしてそのストーリーに納得しながら前進する。そのことにより新しい未来を創り出せる』理論と言えます。
事実、ホンダがアメリカ市場に大型バイクの市場開拓を目指しましたが、失敗をします。そこで小型バイクの市場開拓のストーリーを描き、実行し大成功をおさめます。行動を起こし、もがいていかなければ、成功への納得ストーリーは出てこない事実を示しています。
新規事業については、『新しい環境に行動で働きかけ(enactment)、環境への新たな感知・認識(scanning)をし、それを分析・解釈・意味付け(interpretation)をし、納得(レトロスペクティブ・センスメイキング:事後的腹落ち〉)する』センスメイキング・プロセスを通して策定されるストーリーが大切なのです。ここで強調しておきたいことは、事後的にしか腹落ちストーリーが生まれてこないことです。
「センスメイキング理論」は事業環境が大きく変化する日本企業にとって前進を促す経営理論です。
【革新を引き起こす『「弱いつながりの強さ」理論』】
『「弱いつながりの強さ」理論(strength of weak ties:以下SWT)』はアメリカの社会学者マーク・グラノヴェツ(1943年~)により打ち立てられました。SWTは「多様な、幅広い情報を、素早く、効率的に、遠くまで伝播させるのに向いているのは、弱いつながりからなるソーシアルネットワークである」と定義します。
イノベーションが常に求められる半導体業界において、弱いつながり(技術ライセンス、技術連携、共同開発など)を企業レベルで持っている方が、知の探索に繋がりやすく、結果としてイノベーションを起こしながら高い業績を保てることを「ストラテジック・マネジメント・ジャーナル:以下SMJ」の論文で実証しています。
「弱いつながりのネットワーク」がイノベーションに繋がっている具体例として、朝食会、ランチ、勉強会、飲み会、異業種交流会などの弱いつながりを企業内外に広げ革新的ビジネスを生んでいる日本の経営者の例を挙げています。
ビジネスパーソンが様々な「弱いつながりのネットワーク」を通じ「新しい知の組み合わせ」を試し、創造性を高め、イノベーションに悩む日本の企業に貢献してほしいと筆者は訴えます。
一つ大切なメッセージがあります。それは『「強いつながりは」マイナスか』です。「強いつながり」について、上記SMJの論文で「鉄鋼業界では、むしろ合弁企業など『強いつながり』のアライアンスが豊かな企業の方が、業績が良い」と実証しています。
二つの一見相反する実証論文の結論は何を語っているのでしょう。それはケースに応じ、それぞれが大切と言っているのです。つまり「弱いつながり」は、「形式知」が伝わり「探索」が進み「アイデアの創出」に繋がる一方、「強いつながり」は、「暗黙知」を深め「深化」が進み「行動・実行・実現・革新」を生み出すとされています。
要は、「知の探索」には「弱いつながりのネットワーク」の強化を、「知の深化」には「強いつながりのネットワーク」の強化が必要とされます。紹介本では「強いつながりのネットワーク」については、「ボンディング型ソーシャルキャピタル理論」を紹介しています。
【“競争”オリエントの「レッドクイーン理論」、“知の探索”オリエントの「新レッドクイーン理論」】
レッドクイーン理論は、アメリカのウィリアム・P・バーネットとモーテン・ハンセンによる「The Red Queen in Organizational Evolution」論文の発表(1996)に遡ります。論文名の「The Red Queen:レッドクイーン」は、アメリカの生物学者リー・ヴァン・ヴェーレンの生物学進化論「赤の女王仮説」に由来します。
ヴェーレンは、進化に関する仮説「敵対的な関係にある生物種相互間では進化するために競走が必要」の発表(1973年)に際し、英国作家ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」の続編「鏡の国のアリス」に登場する「赤の女王(レッドクイーン)」の台詞である「他の場所に行きたいならば2倍速く走らねばならない」を想起し、論文名に「レッドクイーン」を使用したのです。
経営学の「レッドクイーン理論」について簡単に説明します。ポーターの「SCP理論」は、『差別化による「競争を避ける」』戦略を説きますが、 レッドクイーン理論は、『ライバル企業と切磋琢磨の「競争をする」ことで互いを高め合う』戦略を説きます。レッドクイーン理論により競争力を互いに高めているのは日本の自動車産業です。
一方、レッドクイーン理論の重要なメッセージは「レッドクイーン理論の罠」です。それはライバル企業領域では進化出来ても、他領域での競争や環境変化には対応できないことを警告しています。
(「新レッドクイーン理論」)
大変化時代の本当の競争相手はライバル企業ではありません。「真の競争相手」は「自身のビジョン」です。「自身のビジョン」は「知の探索」をサーチ∞確立(腹落ち)を続けることで求める事が出来るのです。「鏡の国のアリス」の台詞で暗喩するならば『相手より2倍速く走ることを目指すべきではない。空を飛ぶことを考えるべきなのだ』と提言しているのが「新レッドクイーン理論」です。
これからの日本企業にとっては「新レッドクイーン理論」がより重要となるのではないでしょうか。
- 「世界標準の経営理論」の知見により経営を革新しよう(むすび)
紹介本は経営の思考に新たな光を与えてくれます。既知の理論においては、思考を深めることで新たな発見があります。初めて知る理論からは新たな思考経路からのひらめきがあります。
800ページを超える紹介本は読みでがありますが、一つ一つの理論の「思考の軸」に従い、自身のビジネス現象に対するHow When Whyを問い、行動すべき答えを出してみましょう。必ず得るものがあります。次に、答えとして出て来た行動を「深化」してみませんか。さあ、経営の革新へのスタートです。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。