子供の頃、ムカデの話で大笑いをした記憶があります。
昔々、おじいさんとおばあさんとムカデさんが仲良く暮らしていました。
するとある晩、急におじいさんの具合が悪くなりました。
おばあさんは、おろおろしながらムカデさんに言いました。
「ムカデさんや・・・夜も遅くて申し訳ないが、山を下りてお医者様を
呼んできておくれ」
ムカデさんも、心配そうにおじいさんの様子を見ながら
「わかりました。行ってきます。」
(一刻も早く、お医者さんを連れてこないと・・・・)
ムカデさんはそう思いながら、部屋を出て行きました。
どれだけ時間が経ったことでしょう。
障子の向こうは、うっすら朝陽が見えるようになり、おばあさんは
おじいさんの看病をしながら、ムカデさんのことが心配になりました。
(あんなに夜遅く山を下りて行ったのだから、暗がりで足を滑らせて
がけに落ちたのかもしれない・・・いいや、もしかしたら狼に食べられたの
かも知れない・・・)
そう思うとおばあさんはいても立ってもいられず、部屋を出て玄関に
行くと・・・・
なんと、そこにはやっと汗びっしょりになって、最後のわらじを履き終えた
ムカデさんが出かけるところでした。
「では、おばあさん行ってきます」
ムカデ(百足)さんは百足のわらじを履いて、山を下りていきました。
~終わり~
子供の頃、この話をただの笑い話だと思っていましたが、最近これは
すばらしい教訓の話だったと思うのです。
もともと「二束のわらじを履く」という言葉は
意 味: 同じ人が、両立しないような二つの職業を兼ねること。
読 み: にそくのわらじをはく
解 説: 江戸時代、博打打ちが十手を預かり、捕吏を兼ねたことから
(ことわざデータバンクより)
なのだそうです。
私もある意味、何足かのわらじ(言い方が違いますが・・・)を履いていますが
最近、そのわらじを履きかえるのに時間がかかるようになりました。
以前なら、何気なく切り替わっていた頭が、しっかりと切り替えようと
しなければ切り替わらないのです。
百足さん・・・・わらじを履くだけで汗びっしょりになる・・・・この話は
もはや、ただの笑い話ではなく、私にとって奥の深い教訓となりました。
夏休みのような青空を見ながら・・・ふと、そんなことを思います。
昔々、おじいさんとおばあさんとムカデさんが仲良く暮らしていました。
するとある晩、急におじいさんの具合が悪くなりました。
おばあさんは、おろおろしながらムカデさんに言いました。
「ムカデさんや・・・夜も遅くて申し訳ないが、山を下りてお医者様を
呼んできておくれ」
ムカデさんも、心配そうにおじいさんの様子を見ながら
「わかりました。行ってきます。」
(一刻も早く、お医者さんを連れてこないと・・・・)
ムカデさんはそう思いながら、部屋を出て行きました。
どれだけ時間が経ったことでしょう。
障子の向こうは、うっすら朝陽が見えるようになり、おばあさんは
おじいさんの看病をしながら、ムカデさんのことが心配になりました。
(あんなに夜遅く山を下りて行ったのだから、暗がりで足を滑らせて
がけに落ちたのかもしれない・・・いいや、もしかしたら狼に食べられたの
かも知れない・・・)
そう思うとおばあさんはいても立ってもいられず、部屋を出て玄関に
行くと・・・・
なんと、そこにはやっと汗びっしょりになって、最後のわらじを履き終えた
ムカデさんが出かけるところでした。
「では、おばあさん行ってきます」
ムカデ(百足)さんは百足のわらじを履いて、山を下りていきました。
~終わり~
子供の頃、この話をただの笑い話だと思っていましたが、最近これは
すばらしい教訓の話だったと思うのです。
もともと「二束のわらじを履く」という言葉は
意 味: 同じ人が、両立しないような二つの職業を兼ねること。
読 み: にそくのわらじをはく
解 説: 江戸時代、博打打ちが十手を預かり、捕吏を兼ねたことから
(ことわざデータバンクより)
なのだそうです。
私もある意味、何足かのわらじ(言い方が違いますが・・・)を履いていますが
最近、そのわらじを履きかえるのに時間がかかるようになりました。
以前なら、何気なく切り替わっていた頭が、しっかりと切り替えようと
しなければ切り替わらないのです。
百足さん・・・・わらじを履くだけで汗びっしょりになる・・・・この話は
もはや、ただの笑い話ではなく、私にとって奥の深い教訓となりました。
夏休みのような青空を見ながら・・・ふと、そんなことを思います。