9月20日から岩手県大船渡市に向かった。
2010年1月に石巻市に行った1年後、東北に震災が起きて、いつかはこの目で見て見ないとと思い続けていたのだけれど、主に経済的理由でかなわず。
それでも福島までは行って見たりはしたのだけれど、壊滅的被害があった街に自分は何をしに行けばいいのかわからずにいた。
今の仕事に変わって、毎日寝る時間がないほど”働かされて”、こんなことをしていていいのだろうかと、とにかく行ってみようと思った次第だ。
2011年以降、街並みを記録しておこうと動画での撮影を始めたのだけど、シロートであるからひどい出来である。
それでも目的のためにアレコレ躊躇していても始まらないと続けているのだけれど、今回ほど困ったことはなかった。
これまでは”あるもの”を記録していたのだけれど、なくなったものをどのように記録すればいいのかわからなかった。
2010年には、石巻の北、釜石まで行こうかと考えていたが果たせず、では今回は釜石へと思ったが、試しにグーグルのストリートビューを見てみると、新しい街を作り続けているのだけれど未だ途中で、あちこちに空き地が広がり、まるで新たな造成地のような画像があった。
これは困ったなぁと思った。
2次元のような場所をどのように撮影すればいいのかシロートの手に余ったのだ。
撮影している”街並み”が想像できないのだから。
結局街の広さのことを考えて、釜石から大船渡へ行き先を変更したのだけど、それとともに、ないものをないままに記録しておくことで、将来との変化が比較できるのではとの考えで撮影することにしたのだ。
そしてそれ以上に”復興”する街というものを見てみたい気持ちが強かったのだ。
今は話題にもならないけれど、震災前の東北では不景気による街の荒廃が問題になっていた。
実際に行った石巻もお世辞にも賑やかとは言えず、そういう状況で暮らす人の様子をうかがいながら、どうすればいいのだろうなぁと考えたものだ。
同様に釜石も新日鉄の撤退とかの話が街を暗くしていた時期でもあった。
そこに震災が起きて、どうなったのかと心配はすれど、実際の様子を知ることもできず、いつかはと思い続けて今に至った次第だ。
さて大船渡へと向かったが、神奈川の田舎都市からは8時間以上かかった。
朝出発しても到着は夜である。
休みは3日取ったが2日は行き帰りで費やしてしまい、現地では1日しか使えない。
それで何がわかるのかと当然思うのだけど、これまでの取材旅行から、案外わかることも多いものだと楽観的であるのは、観光でスポットを見るというのではなく、写真や動画を撮影するというのは結構周囲を把握して歩いているものだとの認識があるからだ。
見ているものが違うのだろうか。
車窓の風景も、そこに街があり、人の暮らしがあると思うと飽きることもなく見続けられる。
東北新幹線 仙台 ー 古川
宮城県
撮影 2017年9月20日 水曜日 12時40分
2010年1月に石巻市に行った1年後、東北に震災が起きて、いつかはこの目で見て見ないとと思い続けていたのだけれど、主に経済的理由でかなわず。
それでも福島までは行って見たりはしたのだけれど、壊滅的被害があった街に自分は何をしに行けばいいのかわからずにいた。
今の仕事に変わって、毎日寝る時間がないほど”働かされて”、こんなことをしていていいのだろうかと、とにかく行ってみようと思った次第だ。
2011年以降、街並みを記録しておこうと動画での撮影を始めたのだけど、シロートであるからひどい出来である。
それでも目的のためにアレコレ躊躇していても始まらないと続けているのだけれど、今回ほど困ったことはなかった。
これまでは”あるもの”を記録していたのだけれど、なくなったものをどのように記録すればいいのかわからなかった。
2010年には、石巻の北、釜石まで行こうかと考えていたが果たせず、では今回は釜石へと思ったが、試しにグーグルのストリートビューを見てみると、新しい街を作り続けているのだけれど未だ途中で、あちこちに空き地が広がり、まるで新たな造成地のような画像があった。
これは困ったなぁと思った。
2次元のような場所をどのように撮影すればいいのかシロートの手に余ったのだ。
撮影している”街並み”が想像できないのだから。
結局街の広さのことを考えて、釜石から大船渡へ行き先を変更したのだけど、それとともに、ないものをないままに記録しておくことで、将来との変化が比較できるのではとの考えで撮影することにしたのだ。
そしてそれ以上に”復興”する街というものを見てみたい気持ちが強かったのだ。
今は話題にもならないけれど、震災前の東北では不景気による街の荒廃が問題になっていた。
実際に行った石巻もお世辞にも賑やかとは言えず、そういう状況で暮らす人の様子をうかがいながら、どうすればいいのだろうなぁと考えたものだ。
同様に釜石も新日鉄の撤退とかの話が街を暗くしていた時期でもあった。
そこに震災が起きて、どうなったのかと心配はすれど、実際の様子を知ることもできず、いつかはと思い続けて今に至った次第だ。
さて大船渡へと向かったが、神奈川の田舎都市からは8時間以上かかった。
朝出発しても到着は夜である。
休みは3日取ったが2日は行き帰りで費やしてしまい、現地では1日しか使えない。
それで何がわかるのかと当然思うのだけど、これまでの取材旅行から、案外わかることも多いものだと楽観的であるのは、観光でスポットを見るというのではなく、写真や動画を撮影するというのは結構周囲を把握して歩いているものだとの認識があるからだ。
見ているものが違うのだろうか。
車窓の風景も、そこに街があり、人の暮らしがあると思うと飽きることもなく見続けられる。
東北新幹線 仙台 ー 古川
宮城県
撮影 2017年9月20日 水曜日 12時40分
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