今日は、公立保育士の試験のための勉強会。
今年はやめようかと思ったんだけど、
何人かの学生たちから、やってほしいと言われて。。。
先週は30人くらい来たんだけど、
今回はたったの4人。。。(汗)
もうニーズがないのかな・・・(涙)
明日人が来なければ来年は絶対にやらないぞ。。。
とはいえ、普段あまり学生たちとお話しないので、
こういう機会があるといろいろ学生事情が分かって面白い。
(昔は結構色々話していたんだけどなぁ~・・・)
その中で聞いた興味深い話。
ある女子学生の話。
どんな話で出た話かは覚えていないのだが、
こんなことを話してくれた。
「私は自分の興味のある話しか聴きたくないです。
興味のない話は聴いていません。
興味のあることはサッカーです。
サッカーの話以外は聴きたくないですね」
すごい・・・(汗)
けれど、少し考えてみたら、僕自身もそうだよなぁって思った。
僕だって、バンドとラーメンとドイツと哲学の話以外は、
聴きたくないし、面白いとも思えない・・・
だから、この学生の話を聴いた時に、
そのまま、普通に共感できたし、その意見に同意した。
「そうだよな。その通りだよな~」、と。
けれど、少し時間をおいてよくよく考えてみると・・・
それでいいのか??とつっこみたくなった。
自分の興味のあることだけを聴く。
それはそれで楽しいかもしれない。
でも、現時点での自分の興味ではないかもしれないが、
今後の自分の興味になるかもしれない話というのもあるのではないか?!
また、人とかかわる仕事、人を育てる仕事に就く人が、
「他人の興味に、興味はない」、と言い切っていいのだろうか?
人にかかわらない仕事の人ならそれでもいい。
でも、対人援助職、教育職の人間が、
「自分の興味のある話以外は聴かない」、と
言ってしまっていいのだろうか?
逆に、それじゃ駄目なのか?
教師や保育士は、ある意味、子どもの話を聴く仕事でもある。
が、しかし、どれだけの教師や保育士が、
真剣に子どもの話を聴こうとしているのか?
子どもの話をしっかり聴ける人というのはどれだけいるのか?
(事実、子どもの話は大人からすればかなり聴くのが辛い)
他人の話に興味をもって(もったふりをして)聴くことは、
本当に大変なことである。
普段から行っていない人が突然
人の話を聴けるようになることはない。
とはいえ、「相手の話に興味をもって耳を傾ける」、
というのは、そう簡単に誰もができることではない。
教師や保育士だからということで、
彼らが他人の興味に関心を向ける義務をもつわけではない。
(とりわけ教師は生徒の話を聴くことが仕事の本質ではない、と)。
興味のない話を無理に聴く義理は、
教師や保育士にあるわけではない。
むしろこの学生の言うように、
「自分に興味のないことは聴きません」、
と潔く割り切ることも、あっていいのではないか?!
でも!!
やっぱり、人を育てる仕事に就く人は、
他人の興味に興味がもてる人であってほしいな、と思う。
人を育てる、というか、支援する仕事の場合、
やはり相手との信頼関係(通常の信頼関係よりも作りにくい関係)
を築きあげることが必要不可欠だ。
そのためにも、やはり相手の興味に興味をもたなければならない。
しかも、タテマエじゃなくて、好奇心が動かなければならない。
好奇心がとまらない、というか。
そういう精神を身につけてもらいたいなって思った。
難しいけれども・・・
なかなか悩ましい発言をしてくれたもんだ・・・
今日は勉強会、5時間半もよく頑張りました