神主神気浴記

月待講、御神水による服気、除災招福の霊法、占などについて不定期でお話します。
神山の不思議な物語の伝えは継続します。

アダシ国の平原  60  

2015年10月10日 | 幻想譚
 確かに入江の一番奥の岸までは雲が使えた。
 しかし、あの時の遠望からでは、この先雲が使えないのは痛い。
 クエビの神も雲が使えなくなるのは予想だにしなかったと言った。
 アダシ国が異境だとは幾度となく聞いてるが、この仙境の二つの国は特異な所なのだ。これからも自分の想像を越えた驚きに出くわすだろう。心せねばなるまい。
 
 しかし、すぐにそれは良い方の驚きでやって来た。ウマシ国の建部の頭イトフが久地にもたらしたのである。
 「久地殿、白髪部のミマロさまがテルタエ女王にご相談されて許可をお出しくださった物があります。イシ、これへ!」
 衛士頭の近衛隊長イシが麒麟を引いてきてイトフに渡した。
 「久地殿、天駈けです」
 見ると一回り大きな麒麟であった。落ち着いて微動だにしない。見るからに大物だと久地は思った。
 身体は筋骨たくましく、背丈は高く黒く青みがかり、タテガミと尻尾、背毛、前後の脚の付け根は金色に輝いている。
 この麒麟には角がありまさしく霊獣と呼ぶにふさわしい気品があった。
 「イトフ殿、これが飛ぶのですね!」
 「久地殿、お察しの通りです。天駈けは天高く駆け登ります。縦横無尽にお使いください。五頭連れて来ております」
 
 早速、久地たちはイシの手ほどきで天駈けに試乗した。
久地はスピード感に慣れている。自分の他に飛、龍二、スクナビの神に乗ってもらうことにした。
 天駈けは見た目より身体が柔軟で反動が少なかった。久地が飛越の要領で騎乗してみるとふわっと宙に浮いた。ーこれでいいのかー。
 それを見ていた馬術の経験のある飛と龍二は同じように乗りこなすことができた。もとより、スクナビの神はたいそうな乗り手と見受けられた。
 「この五頭で天駈けの別働隊が出来る。それでは移動を開始しましょう。よろしく頼みます」
 海衆たちはアカタリの麒麟車に分乗している。、耶須良衣と美美長達はそれぞれ自分たちの馬に騎乗し、一部の者は空いた麒麟に騎乗した。
 大船と留守隊を残して、一行は前進を開始した。
 
 
 入江の端にある大きな岩を廻り込むと、運河は平原に通じる。更に運河の縁に沿って進むと、いよいよ見渡す限り一本の木もない平原が眼前に広がった。身を隠すものは何もない荒野だ。
 久地もこの平原を観ると何から手を付けていいのか・・分からなかった。何もないのだ。
 「クエビの神、この平原の彼方にそびえる霧魔氷山の麓はどうなってますか。何か見えますか?」
 久地が千里眼のクエビの神に訊ねた。 
 手をかざしていたクエビの神はそのままの格好で、「久地の尊、霧魔山の麓はやはり切り立った崖のように見えますね。壁となって吾れらが行く手を遮ってます」
 「そうですか、その崖の左右の端はどうなってるのでしょうか。何かわかりますか?」 
 「もう少し近づけば分かるのですが・・」
 「それではイトフ殿、三隊は少し間を空けて並列で前進します。各隊夫々に前後左右に目を光らせて周辺に注意して進んでください」
 「各隊前進!」イトフの声が平原に響いた。

 各隊が三列になって間合いを取り前進を開始した。平原は草地のようではあるが、歩くとサクサクと音がした。霜が厚く降りた道を歩く音、あるいは細かい軽石の砂の上を歩く時の音のようでもある。枯れたような色の草も生えている何とも不思議なところだ。上空はというと灰色のふたをしたようにどんよりとしている。いつもこのような状態なのだろうか。
 寒さが身を包み始めてきた。それでもそれほど寒さを感じないのは美美長のおかげだ。龍二が襟を立てる仕草をしながら美美長を見ると、それに気づいた美美長が右手のこぶしを上げて応えている。
 クエビの神が一歩前に出て、前方を注視しながら進み始めた。イトフ、本宮もクエビに倣ってイクサ車の足掛けの処に立って、手をかざしながら彼方の麓の方を見やっている。
 「久地殿、麓の正面はやはり切り立った崖のようになっている。自然の地形を巧みに利用しているが、間違いなくあれは造られた壁だ。中央部分が前にせり出しているのは、防御の壁か何か意図があるに違いない」

 久地もクエビの神の方に一、二歩天駈けの歩を進め、その指さしている方に目を凝らしたその時だ。
 「何かが動いた! 久地の尊、壁の中央の上で何かが動いた。何だろう? 羽ばたいてるようだ」
 「天駈けは前へ!」久地が叫んだ。
 すぐさま飛と龍二、それにスクナビの神とイシが天駈けを前に進めてきた。
 「久地殿、何か大きな奴が、翼を羽ばたいて大岩の上に上がった。 待て、その上に何かが乗っている。いま飛び立つようだ!」
 そのとき、大きな翼を持つものがふわっと飛び立ったのがクエビには分かった。
 「飛んだぞ!」
 「よし、それならこちらからも近づいてみよう。天駈けを連れていく。本宮、都賀里と於爾に白妙を持たせて後から来させてくれ。スクナビの神、イトフ殿、ここに残って周囲を充分警戒してください」と言って久地は手綱を強く引いた。
 天駈けの前足が空を切ってから飛び出した。
 それを見て、他の天駈け二頭も遅れまいと飛び出し、後を追った。
 天駈けは聞きしに勝る速さだった。確かに他の騏も早い、しかし加速が違った。身体がおいてかれるような重力を感じた。
 「追いかけろ」本宮が都賀里と於爾に指示した。

 台地の上から飛び立ったものは二匹いた。こちらに向かって来る。スピードを上げたのか近づくのが速くなった。
 飛が真っ先に追いついてきた。
 「飛、左側のを狙え!」 いうや否や久地は右方向へ折れながら両足のかかとで天駈けの腹を押し上げた。
 天駈けが上に向かって、ふわっと浮くように駆け上がった。
 飛もそれに倣って左に折れて浮き上がった。
 あの台地は飛び立つための滑空台だったのだろう。とっさにそう思って、久地はあれを下に落下させてみようと考えた。
 
 飛が久地の方を見やると、久地は既に背の雷の剣を抜刀していた。
 飛はすぐさま久地の考えを理解した。-落とす気だー とっさに射程距離を測った。間違ったらこっちがやられる。相手は我々が初めてだから何をしでかすか気付かないだろう。飛んでるやつをやれば、乗ってるやつは一緒に落ちる。
 飛は慎重に距離を測って狙いを定めた。相手は相当でかそうだから狙いは楽だ。だがスピードが出てるから間合いを取るのが難しそうだ。
 その時久地の剣の先から稲妻が走った。
 「ドン」という鈍い音がした。
 飛も剣を握りしめ、発射ボタンを押した。
 ドンという鈍い音がして、巨大な翼が傾いて落下する。と同時に、乗っている塊が地上に投げ出されるのが見えた。

 「両脚と翼に白妙をきつく巻いて目印にしろ!」久地が低空に飛行して叫んだ。
 久地が落とした方は下の龍二の前方に落ちた。
 すでに龍二が駆け寄っている。落ちたものは気絶しているようだった。
 飛が落とした方は都賀里が縛っている。
 投げ飛ばされた塊の方は、於爾が両手両足を縛っている。
 「両方とも縛り終えたらそのままでいい。直ちに戻る」
 四人は本隊へ駆け戻った。 
 「脚を縛っただけだから、すぐに目が覚める、それまでここで待機しよう」
  四人は天駈けから降りた。

 イトフ、三神、耶須良衣と美美長が久地の周りに集まった。
 「雷の光で気を失わせて落下させた。ここで向こうの様子をうかがおう。吾れらの動きを見て取って偵察のため飛来してきたのだから、向こうでは結果を見ているはずだ。目覚めて動き出したら、それを見届けよう」
 「承知した」
 「クエビの神、台地の両側に何か動きがあったら教えてください。ここからでは千里眼のクエビの神が頼りです」そう言って久地は信頼のこぶしを高くかざした。
 「全員ここで待機、すぐさま移動できるように態勢を維持しておく」イトフがナルトに指示して戦車から降りた。
 次々と全員が麒麟から降りてその場で待機した。

 久地は続けた。
 「あれは、トカゲに翼が付いたような生き物だった。角が一本あったが於呂知ではない。乗っていたのはアオヒトグサだ。コヒト、吾れらの背丈の半分もなかった」
 「ヒトでしたか・・」美美長が呟いた。
 「そうだ。頭がやけに大きくて異形の顔をしていた。見るからにまがまがしい姿だった。武器を持っていなかったので、アオヒトグサだろうと思った」
 「尊、落とした奴らに動きが出ました。眼が覚めたらしい。バタバタやっている。それにしてもあの白妙はまさ物よ、良く見える。向こうの台地からもきっと見て取れてるだろう」
 翼トカゲは、翼の縛りが解けないでいるのだろう、飛べないで歩き出した。コヒトグサもピョンピョン跳ねている。両方とも駆け出して逃げ始めた。白妙の蛍光は淡い光の帯となってゆらゆらと進んでいた。
 「間違いない。あれはトカゲの動きだ。コヒトグサがトカゲのシッポにつかまった」
 クエビの神が戦車の上に立って手をかざし、皆に聞こえるように実況中継してくれている。

 「動いた。台地の壁の左だ。何かが動いてる。あそこに出入り口があるのか?」
 他の者にはかすんでいて動きも見て取れない。
 「やはり、大トカゲは台地の上から滑空しないと飛べないのではないか? きっと、高さの無い平地からでは羽ばたいて飛べないのかもしれない」
 美美長がそう言った時、
 「待て、壁の右側にも動きがある。こちらからは一団が出てきた。こちらは戦闘集団のように見える」
 壁の下に横並びに並んで陣の態勢を取りつつあった。
 「神たち、アダシ国からの使徒が来たとき、護衛の者はどんな武器を携えていましたか?」
 「衛士たちは短めの槍の類と棍棒を脇に差していただけだった。弓矢は持ってなかった。もちろん、くろがねの武器は持っていない。従者の中で剣を持ってる者は一人だに無かった」
 「イトフ殿は如何か」
 「アダシ国には、丈の長さのある木竹は無いと聞いております。神たちのお話しにあったようにくろがねも無いと聞いておりました」

 つづく
 
 
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