神主神気浴記

月待講、御神水による服気、除災招福の霊法、占などについて不定期でお話します。
神山の不思議な物語の伝えは継続します。

葛の樹木網    65

2016年11月26日 | 幻想譚
 一行は飛脚道を進んだ。この道は岩底の道より楽だ。おのずと一行の速度は上がった。周辺は樹木が増えたといってもその背丈は低いし、何故か岩の色と同じ灰色だ。この辺は石切り場だったといっていたが、幾何学的な切り口が確かにそんな様子を呈していた。この近くのどこかにカガミソ族の居留地があるのだろうか。今は避ける方が賢明だ。何処まで行っても岩だらけで、山中を進んでいる感覚はない。ただ黙々と進んだ。
 ようやく岩も自然な形のものが増えてきた所でナカトミは飛脚道を離れ別の道へと一行を誘導した。岩に挟まれた道を行くとすぐに道が大きくカーブした。曲がると少し開けたところに出た。きっとオオミに教えられた間道を選んでいるのだろう。
 驚いた、前方には巨大な壁が立ちはだかったではないか。なんだろう、まったくここは驚かされる。景色がいっぺんに変わるのだ、まるで芝居小屋の中にいるようだ。
 うんざりして上を見上げた。上の方はガスがかかっていてよくは見えないが、首が痛くなる。徐々に目を下に降ろしてくると、途中から裂け目らしきものが見える。一番下には隙間らしきものが見えた。
 前方、左右ともに切り立った崖だ。壁が巨大すぎて一瞬錯覚し壁までの距離が図れなかった。眼が慣れてくると下の隙間は通れるようにも見える。一行はいったんそこで止まった。耶須良衣と美美長の小隊が前に出てきた。
 「久地殿、吾れらが偵察してきましょう。ここからならあそこまで騎乗できます」
 「耶須良衣、美美長、よろしく頼む」

 耶須良衣と美美長は部下を3名選んで五騎で裂け目へと馬を走らせた。
 その後を久地は眼で追いながら、「サクナダリは吾れらが思っているのとはかなり違ってるらしい。しかもそこを占拠して造られた仙都アラタエは想像がつかない。ここまへ来るまでにもあるべきものがなく、ないと思っていたものが存在した。よほど用心しなくてはなるまい。スクナビ殿、もう少し様子がわかるまで慎重に進もう」
 久地は各隊の長たちと飛たちを呼んで、先ほどナカトミから聞いた話と共に、いよいよ敵地に入ることを告げた。
 「あの岩と岩の裂け目を抜けてアダシ国へ入る。あそこから先はナカトミ殿も行ったことがない。かつてのハヤカワ族の都サクナダリは、ワルサに見つけられてないらしいが、今では伝えの中の話だ。オノゴロの地にはワルサが妖都アラタエを建設している。耶須良衣と美美長殿が戻り次第、吾れらはアラタエ城を攻撃して落とす。スクナビ殿とイトフ殿に各隊の再編成をお願いした」

 耶須良衣と美美長が偵察から帰ってきた。
 「久地の尊、裂け目の洞窟は通れます。少し暗いですが灯が見える所まで騎乗のまま行けます。出たところは森のようでしたが、靄でよく見えませんでしたのですぐに戻りました」

 「わかりました。スクナビ殿、イトフ殿お願いします」 
 「それでは各隊に役割を告げる。騏驎隊、騎馬隊は機動隊として先発し、イトフ隊は中断の攻撃隊とする。海人・和邇隊は於爾加美毘売、アカタリ殿と共に支援救出活動を行ってもらう」
 「久地隊と神たちは個別隊として機動隊と連携して個々に活動する。コヒト六人衆は騎馬に分乗して先発する。各員装備を点検せよ」
 スクナビとイトフが隊列の終わりまで駆けて号令した。
 先頭に立った久地が大きく号令を発し、隊は裂け目の入り口に向けて出発した。相変わらず周りは靄が立ち込め、濃淡を繰り返していた。

 裂け目の洞窟の天井は高かったが用心のため下馬して進んだ。先導の耶須良衣と美美長がが所々の足元に松明のような灯を置いて行ったので、進むに支障はなかった。枝道、横穴の類は無く用心しながらも粛々と進んだ。
 やや上り坂になっている所を上ると前方がほんのりと明るくなってきた。出口が近いらしい。やがてぽっかりと出口が見え一行は次々と洞窟前の広い場所に出てきた。しかし、またしてもその前方は高い壁に塞がれていた。靄が少し薄まってきて、それが背の高い壁。左右に広がった密林のように立ち塞がったのだ。
 樹木や葛の類が絡み合ってるかなり高い緞帳のようで、それには入り込む隙間が見えない。それは編まれていると言った方がいいのかもしれない。高く広く地より立ち上がっていた。どこかに隙間はないのか。 
 「飛、龍二。左右に分かれて入り込むところがないか探してくれ」
 すぐさま飛と龍二は左右に分かれて騏驎を馳せた。

 それから、久地はナカトミに木と話ができるモリというコヒトを呼んでもらった。
 「モリ殿、汝にこの壁、この中に話が通じる木や葛があるか調べてもらいたい。中に入れるところが見つかったらお願いする」
 「わかりました、尊」モリはニッコリして首肯した。
 そこへ飛と龍二が同時に戻ってきた。さすが騏驎は速い。
 右へ飛んで行った龍二はダメだったようだが、左に行った飛が見つけたらしい。話によると左右は巨岩の行き止まりで壁はそこまで続いてるとのことだった。
 「この壁は金網ならぬ木網です。入り込めそうなところが一か所ありました。コヒトならギリギリ入れそうです」
 「尊、すぐさま行きましょう。飛猛殿案内してくだされ」
 「よし、スクナビの神イトフ殿全員待機。吾れらはそこへ行って来ます。久エビの神とタニグの神、一緒に来てくだされ」

 飛が先ほど見つけた隙間の場所へ久地たちを案内した。確かに少し隙間ができている。下が少し凸凹していて、そこだけ地面が柔らかそうだ。そこの木は堅いが少し掘れればコヒトなら潜り込めそうだった。
 「ナカトミ殿、どうか?」
 「尊、吾れらもここは初めてです。このような壁になっていようとは・・」
 「久エビの神、どう見て取る? このままここから入り込みたい」
 「久地の尊、宮殿の水に映ってた伝え画にはこんなところはなかった。ただ似たところがあったが、それは中央に二本の巨木がある樹木の森だった。それに樹木網は誰かが作った気がする。ワルサの手下の中に妖術師がいるんだ」
 「それは考えられることだ。それならなおさら注意しないといけない。音や振動で相手に感づかれる危険がある」
 「久地の尊、映ってた中央の巨木は森の主か門主です。二本並んでる方は門主に違いありません。入り口だけでなくこの森の様子も吾れがモクたちを引き連れ探ってまいります。早速吾れらを案内してくだされ」
 「ナカトミさま、この辺の地形を見ますと先ほどの洞窟から出たところの正面辺りが、森への入り口があった所と思われます」
 「そうか、では久地の尊さまあそこへ戻ってお待ちください」
 「わかった、そうしよう。飛と龍二は暫くここにいて異常がなければ先ほどの所に戻れ。神たちは何かお気づきの事はありませんでしたか?」
 「久地殿、岩ばかりかと思ったこの地が今は樹木の森らしき所へとまたしても一変した。この中からかすかに水の匂いがする。宮殿の水壁にも驚かされたが、あれよりも強い水の匂いだ。ナカトミ殿、調べてきてくだされ」
 「わかりました。タニグの神、森の主か門主に聞きましょう。それでは行ってまいります」
 ナカトミ以下六人のコヒトは、そこから次々と潜って中へ消えていった。

 つづく

 

http://blog.goo.ne.jp/seiguh (ブログのバックナンバーはこちらの〈ブログー1〉にあります)
http://www.hoshi-net.org/  
コメント