台正面の大きな窪み、水無し川の岩盤の跡の中央をこちらに向かって進んでくる十数人の小人たちの一団。その中央にいるのはまたしても女性だった。
台の下までやってくると彼女は手を挙げた。一行が止まった。じっとこちらを見上げている。
小人といっても、前に観察したままを述べたが、一寸法師ではない。小ぶりな人、小型の人間といった方がよいだろう。小学生ぐらいの背丈は十分にある。その女性は、その中でも少し大柄だった。
「吾はこのオノゴロの地、サクナダリの女王タギツである。汝らは下都国よりまいったと申されたか」
「いかにも、吾らは下都国より人を探しにまいった。吾は先導を務める下都国の神スクナビ、こちらは一行の長、久地尊である。途中、この地のウマシ国を訪れ、そこの国人の案内を得てようやくここまでたどり着いた」
スクナビは、この一行の神たちの名とウマシ国の国人の主だった者たちの名を告げ、キリマ山への道とこの地の通行の許可を求めた。
「なるほど、そうであったか。話せば長くなるが吾れらの思いと一致するところもある。下野部の長たちと事はかりする必要はあるが、吾れは協力することにためらいはない。久地尊ひとまず宮殿へまいられよ」
「タギツ毘売、このとらえた者たちは如何しましょうか」
「その者たちはカガミソ族と申してキリマ山を占領したアダシ国の手先となった者たち。吾れらサクナダリの民の監視役でもあるのじゃ。そのまま連れてきていただきたい」
スクナビはアカタリにそのまま帯同するように命じた。
タギツ毘売が先に立って宮殿への道を進みながら話したところによると、コヒトはもうひと部族がおり、その部族はワルサの手先となってるそうだった。
そういえば、小人であるが風貌は確かに違う。ここにいるものたちとは違い、やけに頭がでかい。バランスが悪いので若干背が低く見える。ここサクナダリの小人は頭の大きさは普通で、全体のバランスがよい。顔も比較的穏やかで険悪な顔つきの者はいない。
久地たち一行は、タキツ毘売たちの先導で岩の宮殿の入り口前まで来た。数段高い所まで登ったところで、タギツ毘売はもう一段高い所に上がり、片手を上げて振り返り、群衆に向かって話しかけた。集まっていた群衆は静まりかえった。
「吾はこの人たちを歓迎する。少し話を聞いて皆に報告します。また、捕らえたカガミソ族の者たちは岩牢につなぐ。逃げ遅れた者たちはここかしこに潜んでいるやも知れない。見た者は直ちに戸長に知らせよ。吾れらも立ち上がる時が来た。それぞれの戸長は非常時の体制を取られよ。もうこれ以上彼らの好き勝手にはさせない」
タギツ毘売は石段をさらに登って行って、岩窟の宮へと入っていった。久地たち一行もその後に続いた。
岩窟の宮殿は思ったより天井が高い。アーチ状で所々に燈明が灯されている。炎の色から燃料は油ではないのだろう。炎が青白いのだ。
広いホールに出た。円形のホールで、やはり壁にはぐるりと青白い灯がともされている。中央には大きな楕円形のテーブルが置かれている。テーブルも配置されている椅子も石だ。椅子の上には小ぶりの座布団状の物が置かれている。
タギツ毘売一行がいったんその場を離れた。と同時にコヒトが飲み物だろうか何人かで運んできて、ホールの隅で接待の準備を始めた。我々に何か飲み物を配るようである。そうであればありがたい、我々は喉の渇きを覚えていた。しかし、毒見でもしてもらわなければうかつに手は出せない。龍二と飛はそんな思いで顔を見合わせた。
そのときタギツ毘売一行が再びホールに現れ、左側の席に着いた。右側の席には久地たち一行の主だった者が着いている。他の者たちはその後ろにある同じ造りのといっても一種類だが椅子に着座した。左側の席の後ろにもコヒトが増えている。
白っぽい盃が各人の前に配られた。後ろの席の者たちは直接盃を手渡された。石だ。薄くくりぬかれてガラスのようにも見えるが確かに石造りの盃だった。以前どこかで見たことがある。思い出せないがメノウだったか?
中央のタギツ毘売が立ち上がって歓迎の辞を述べた。それに対して久地が答礼の言葉を述べている。こちらの要件はすでに話してある。この答礼までのわずかな間に於爾猛からの伝言というか合図が伝わってきた。「飲んで良し」だった。久地の答礼が終わりタギツ毘売の乾杯で全員が盃を飲み干した。タギツ毘売の歓迎の辞の始まりとともに盃に酒らしきものが注がれたのだったが、端にいた於爾猛は掌で隠しながら素早く口にしていた。
シャンパンではない、これは果実酒のハイボールといったところか。色は薄いブルー、ここには炭酸があるのだ。飛は於爾を見てうなずいた。
タギツ毘売の左側のコヒトが立った。この国の役人なのだろうか。
「吾れはオオミと申す。キリマ聖山へは吾れらが案内いたしましょう。アラタエへの道は山裾をとおっている。少々危険ではあるが、そこを抜けて行くことができる。ただし人は徒歩でいかねばならない。騏驎は引いていけるが、車両は途中までで、そこに置いておき、徒歩で進む。アラタエを落とせばそこから先へ進める。如何か?」
「わかり申した。もとより異存はありません」久地は立ち上がって礼を返しながら返答した。
「ではここにおるナカトミが衛士を編成して、と言っても数人程度ですが同行させましょう」
「よろしくたのみます」
今度はタギツ毘売の右側のコヒトが立ち上がった。
「吾れはナカトミと申す。道中を先導し、案内申す」
再びオオミが代わって、「さて、このハバの地に住む方もおられるからご存じあるかと思うが、このハバはもともとオノゴロと申す。天地がいまだ定まらずの頃、天体に異変が起こり、幾つかの星が砕け散った。そのとき砕け散ったひとつが天空をさまよった。それがオノゴロの星である。後にこの天空で生き残った者、すなわち吾れらハヤカワ族があのキリマ山に降り立ってサクナダリ国を建てた。後にこの星にたどり着いたのがカガミソ族で、キリマ山の裏側の下の部分を分け与えて住むことを許した」
「先ほどの話にあったカガミソ族ですね」本宮が尋ねた。
「吾れらと風体は少し変わるが、同じコヒトで、トカゲを操っていた者たちだ」オオミが答えた。
オオミの話によると、キリマ山にあったサクナダリの地の近くに、突如として河の向こうからワルサが攻め込んで来た。カガミソ族の手引きがあったという。
そのカガミソ族は、ワルサたちが渡来してから、いつの間にかオオトカゲを操るようになっていて、吾れらを脅かし始めた。住むところも逆転してしまったが、元のサクナダリの地はオノゴロの地の所在はまだ知られてはいない。
天空異変の後も小さな星同士の衝突があり、この星も荒れ果てた。やがてキリマ山の変動も収まったが、ここはあの平原を観てのとおり荒廃した大地になってしまった。そのようなわけで、あの河の向こうを知ることなく、行くこともなかった。後に、そこにウマシ国が建てられたとは知る由もなかった。
「そうでしたか。この星の事は白髪部のミマロさまの話の中にも出てきませんでした」そう言って、イトフが大きく息をついた。
イトフたちウマシ国も、このハバへは渡来した部族だったのだ。
物知りの神のクエビもハッキリした事ではない、あくまでも吾れの憶測だが、とことわって次のように話した。
「神代を更にさかのぼること、この世のあけぼのの頃だ、遠く北方に住む部族が下都国の列島にやってきた」久エビはゆっくりと立ち上がりながら自分の知っている話だと断って、下都国にかかわることを話し始めた。
久エビの話はこうであった。
下都国は南を大海で隔たれており、北へ回っては飛び石のように島々が連なっている。あるところでは陸続きになるところもあり、人々は小舟を使いながら列島への道を発見した。星の異変により地上の寒冷化が進み、何代にもわたった。北方は陽の薄い暗き所。ますます暗くなり、人々はさらに南を目指した。そのころ、西寄りの方から海洋を渡る舟を操る民、南方系の部族が襲来した。
この南方系の部族は同じ流浪の民でも戦を切り抜けてきた部族だ。敗走して来たとはいえ、戦闘を切り抜けてきた百戦錬磨の武族だった。一方、北方から来た部族も流浪してはいたが、平和的に共生し同化していける部族だった。しかし、戦う術を持っていなかったのでここでも追われた。そこで彼らは別の道を選んだ。この北の部族は北の厳しい気候を乗り切ってきたので気象を熟知していて、それを使いこなせていた。やがてこの道を選んだのだった。それで地上から天上界へ移ることを考えたのだろう。それが神の道、天の浮橋だ。
「えっ、あのモーニンググローリーですか?」龍二が素っ頓狂な声を上げた。
「俺たちもあれに乗ってここまで来られたんだ。信じないわけにはいかない」飛は納得できるという顔をしている。
後の下都国で北方系の部族にとって代わってのが彼らだ。クエビが指差したのは都賀里,於爾、於爾加美毘売たちだった。オオヤ、オニ、ニタ、ヤマネたちの部族、今の民だ。その当時の文明を築いていた。これが下都国の有史のはるか前の天地創造の頃、定まる前の話だ。
身の重き者が滅び、身の軽き者が残った。そしてまた、身の重き者が現れたという事なのだろう。気候変動がその根底にあるようだ。そういえば、ウマシ国の人たちもやや小ぶりだ。
ちょうどそこへ先ほどの若者がホールへ入ってきた。
「道案内をする者たちをつれてきたか?」オオミがその若者に問うた。
「はい、仰せのとおり選りすぐりの6人を連れて参上しました。外に控えております」
「そうか、ではここへ通しなさい」タギツ毘売が立ち上がって、久地の側へ来た」
「久地殿、7名の者をお供させます。ナカトミを長に道案内の先導を務めます。オオミの補佐官代行ですから、何なりとお申し付けください」
「こちらは下都国より参られた先都国の久地の尊だ。久地の尊、ナカトミは元のサクナダリ近くの村の生まれです。その近辺の近道はもとより、抜け道、抜け穴の類に精通しています」オオミが久地の傍らにナカトミを連れてきてそう言った。
「ナカトミ殿、よしなにお願い申す。心強い」久地が礼を言って、於爾加美毘売を傍らに呼び寄せた。
「於爾加美、短びの剣を七振り用意できるか?」
「はい、美美長殿より預かった物の中にあります」
「そうか、直ちに用意せよ」
美美長とアカタリが立ち上がって一礼して、於爾加美毘売と共にその場を離れた。
「久地の尊、吾れと共に同行する者たちです。この6人は、それぞれ木の声、火の声、土砂の声、岩石の声、水の声、それに風の声を聴く事が出来る者たちです」
「うむがし、ナカトミ殿、物の怪もなんのそのですね」
そこへオニガミたちがこも掛けしたものを運んで戻ってきた。
運び込まれたこもが解かれると、中から剣が出てきた。
「ナカトミ殿、この短き剣をお預けしよう。コヒトの衛士には良きものと思う、まずは持って下され。使い方は於爾加美が伝授いたす」
久地が美美長と於爾加美毘売に向かって合図を送ると、二人が前に飛び出してきて、勢いよく剣を交えた。美美長は長刀、於爾加美毘売は短剣だ。しかし、於爾加美毘売の剣さばきは鋭く美美長を押し込んでいった。7人のコヒトの顔に緊張が走った。
「ナカトミ殿、於爾加美はなかなかの使い手、吾れもいくつか剣筋を教わった。道すがら習うといいですよ」 於爾加美毘売を押し戻したところで美美長が言った。
「オオミ殿、キリマ山のアダシ国はどんな所でしょうか?」 クエビの神がオオミに尋ねた。
「クエビの神、アダシ国が占拠したアラタエは先のサクナダリではありません」
「なんと、サクナダリではないと?」
「はい、外輪の一部です。元のサクナダリの地を彼らは発見出来ず、到達していません。吾れらは外輪の幾つかに分国を作ってあったので、その一つにすぎません」
「そうですか、それではくろがね、あかがね、しろがねの類はどうですか?有りますか?」
「吾れらがいた頃は鉱物の類は見つかってはいませんでした。しかし、もとはと言えば、ここはそう言う星、彼らは見つけてるかもしれません。アラタエのある場所は岩石の多い所でしたから、考えられます。吾れらは全てを木、土、石で作っておりました・・」
「剣の類は、鉄と木が必要です。しかもたたら吹きでしか作れません・・。下都国から拉致していった匠にいったい何を作らせたのか?」
「では、皆さん。簡単に道中をお話しておきましょう。こちらの前へ進んでください」 女王のタギツ毘売がそう言って、再び立ち上がってホールの岩壁の前に進み出た。
一行が大きな岩壁の前近くに集まると、さっと右手に持った扇を振り上げた。するとどうだろう、岩壁の上から水が染み出して壁を覆っていくではないか。だんだんと水の量が増して岩を覆うカーテンのようになった。
「ナカトミ、語り部のハクに語らせよ」
「かしこまりました」
先ほどの6人の若者の中の一人が前に進み出てきた。ハクと呼ばれた若者は、まずタギツ毘売に一礼すると、今度は久地の尊たち一行に向かって深々と頭を下げた。それから岩壁に近づくとサッと壁と水のカーテンの間に滑り込んだ。
「オーッ!」 飛と龍二が同時に声を上げた。壁と水のカーテンの間に人一人が滑り込める隙間があるとは考えもしなかった。しかも両手を広げながら高く差し上げる様が水に透けて見える。
「オーッ!」 今度は、於爾や都賀里、冷静沈着な耶須良衣までもが声を上げた。水のカーテンが少しずつ曇りガラスのように濁り始めたのだ。水のカーテンの前に出てきたハクはき居の姿勢から起拝をした。おふなおふな、精一杯、真剣に誰かに語り掛けている。
するとどうだろう、水のカーテンに何かが映り始めたではないか。
「では、お話いたしましょう・・」おごそかに女王が語り始めた。
その場にいる一行は、皆それぞれ前へ出てきていた。
「オノゴロの地の聖山、キリマ山の中腹より高い所に秘密の花園、以前のサクナダリはありました。そこは外輪山へ行く道の反対側でしたので、そのまま上に向かって進むと外輪山に出てしまいます。少し下り迂回すると麓に降りてしまうような錯覚を起こす秘密の抜け道、隧道を通り、そこを抜けて行かなければなりません。それゆえワルサたちに見つからずに、難を逃れて密かに脱出して下に移り住んだのです。さて、此度は皆さんが目指す目的の地、アダシの場所です」
水のカーテンに絵が映り始めたではないか。徐々に映像が鮮明になってきた。久地や本宮には少し前の時代のプロジェクターから映し出される画像という感じであった。それでも、今現在この場では十分であろう。十数枚の岩場や低い樹木の森などの映像が映し出された。
「今、ここでお見せできるのはこの程度です。オノゴロの地の聖山キリマ山の特別の場所や、そこの様子を特定されない程度にとどめてあります。行く道すがらご案内させます。では、皆さんが目指す目的の地、アダシの地ですが、吾れらは国と認めてはいません。勝手にやって来て横暴にも吾れらの地を占拠したのです。その地をアラタエと呼称してますが、ワルサ一行の傍若無人な振る舞いです。それが上手くいったのも、カガミソ族を手なずけ取り込んだからです。それについては、吾らにも反省の余地はありますが、吾れらもこの機会が来ることを信じて待ち望んでいました」
「それで、アラタエはどこにあるのですか?およそで結構です。ざっと頭に入れておきたいのです」クエビの神が尋ねた。
「キリマ山の中腹の裏側から少し上に行ったところに広い岩の台地があります。元は吾れら石切り場、作業地でしたが、アラタエはその台地にあります。大地の中央にアラタエの城があり、そこにワルサたちが住み、その台地の周囲の岩壁が妖怪の棲み家になってるようです。キリマ台地への道は、山裾から登り、中腹から険しいくなる断崖の道しかありません。その途中の中腹から少し入り込んだところにカガミソ族とトカゲが住んでおります」
「ところで、あのオオトカゲなのですが、あのような怪物がもとからいたのですか?」
「いえ、あのようなオオトカゲはおりませんでした。キリマ山自体岩の多い所ですからトカゲの類はいました。ワルサが率いてきた妖怪が呪術を使ってトカゲをあのようにしたんです。カガミソ族はワルサたちに取り込まれ、オオトカゲを与えられてトカゲ使いの忍びになったんです。以来、ワルサの手先になったカガミソ族に吾れらは常に見張られています。だから用心しなければなりません。吾れらは秘密の花園のサクナダリには帰らず、ここでじっと時を待っていたのです。もちろんワルサたちにはサクナダリは今も見つかってはいません」
以前のサクナダリはキリマ山中の秘密の花園の地。ワルサたちの住むアラタエとは違い、温暖で草木豊かであるらしい。周囲を高い山塊で阻まれていて、容易に見つけることはできないのだろう。その地を奪われないために、発見される前にその地を捨ててここへ移ってきたのだった。
「きっと桃源郷なんだろうな~、見てみたいな」飛が龍二に小声で声をかけた。
「そうだな、でもそんなこと言ってる場合じゃないだろう。先を急がねば・・」龍二が小声で返した。
龍二は運河を渡ってからというもの、完全に達吉とは連絡が取れなくなっていると本宮から聞いていた。それも、シャーという通信音までも遮断されているとのことだった。
「オオミ殿、伺いたいことはまだ山とありますが先を急ぎます。出発させてもらえませんか?如何でしょう」
久地は、ここまでたどり着いたので、一刻も早く目指すアラタエに向かいたいとタギツ姫にも申し入れた。
「おっしゃる通りです。吾れらにとっても旧を取り戻す最善の機会がやって来たのです。オオミどうじゃ」
「ハイ、かしこまりました。急ぎましょう。出発じゃ~!」
「皆のもの、直ちに出発じゃ~!」
岩窟の広間に笛の音が鳴り響いた。コヒトの若者たちは、笛の音でコミュニケーションをとれるらしい。そういえば此度の若者は岩や木の話が分かると言っていた。静かな落ち着いた音色が岩に浸み込むように鳴り渡った。
「今だ天地定まらぬ頃、神が振り下ろした杖から滴り落ちる滴あり。幾度となく繰り返し落ちた滴がこのオノゴロの地。神を迎へと上申す、神はこの地に降りて入り申す。天と地を結ぶ笛が神調子を奏で、オノゴロの地にサクナダリが開けた。今し、下都国の神々とともに旅立ちの時来たり」
洞窟の前で、タギツ姫が上に向かって両手を高く差し出して、おごそかに述べた。
つづく
http://blog.goo.ne.jp/seiguh(ブログの1話~47話はこちらに〈ブログー1〉にあります。また、見聞きした事、感得した事も掲載してます)
http://www.hoshi-net.org/
台の下までやってくると彼女は手を挙げた。一行が止まった。じっとこちらを見上げている。
小人といっても、前に観察したままを述べたが、一寸法師ではない。小ぶりな人、小型の人間といった方がよいだろう。小学生ぐらいの背丈は十分にある。その女性は、その中でも少し大柄だった。
「吾はこのオノゴロの地、サクナダリの女王タギツである。汝らは下都国よりまいったと申されたか」
「いかにも、吾らは下都国より人を探しにまいった。吾は先導を務める下都国の神スクナビ、こちらは一行の長、久地尊である。途中、この地のウマシ国を訪れ、そこの国人の案内を得てようやくここまでたどり着いた」
スクナビは、この一行の神たちの名とウマシ国の国人の主だった者たちの名を告げ、キリマ山への道とこの地の通行の許可を求めた。
「なるほど、そうであったか。話せば長くなるが吾れらの思いと一致するところもある。下野部の長たちと事はかりする必要はあるが、吾れは協力することにためらいはない。久地尊ひとまず宮殿へまいられよ」
「タギツ毘売、このとらえた者たちは如何しましょうか」
「その者たちはカガミソ族と申してキリマ山を占領したアダシ国の手先となった者たち。吾れらサクナダリの民の監視役でもあるのじゃ。そのまま連れてきていただきたい」
スクナビはアカタリにそのまま帯同するように命じた。
タギツ毘売が先に立って宮殿への道を進みながら話したところによると、コヒトはもうひと部族がおり、その部族はワルサの手先となってるそうだった。
そういえば、小人であるが風貌は確かに違う。ここにいるものたちとは違い、やけに頭がでかい。バランスが悪いので若干背が低く見える。ここサクナダリの小人は頭の大きさは普通で、全体のバランスがよい。顔も比較的穏やかで険悪な顔つきの者はいない。
久地たち一行は、タキツ毘売たちの先導で岩の宮殿の入り口前まで来た。数段高い所まで登ったところで、タギツ毘売はもう一段高い所に上がり、片手を上げて振り返り、群衆に向かって話しかけた。集まっていた群衆は静まりかえった。
「吾はこの人たちを歓迎する。少し話を聞いて皆に報告します。また、捕らえたカガミソ族の者たちは岩牢につなぐ。逃げ遅れた者たちはここかしこに潜んでいるやも知れない。見た者は直ちに戸長に知らせよ。吾れらも立ち上がる時が来た。それぞれの戸長は非常時の体制を取られよ。もうこれ以上彼らの好き勝手にはさせない」
タギツ毘売は石段をさらに登って行って、岩窟の宮へと入っていった。久地たち一行もその後に続いた。
岩窟の宮殿は思ったより天井が高い。アーチ状で所々に燈明が灯されている。炎の色から燃料は油ではないのだろう。炎が青白いのだ。
広いホールに出た。円形のホールで、やはり壁にはぐるりと青白い灯がともされている。中央には大きな楕円形のテーブルが置かれている。テーブルも配置されている椅子も石だ。椅子の上には小ぶりの座布団状の物が置かれている。
タギツ毘売一行がいったんその場を離れた。と同時にコヒトが飲み物だろうか何人かで運んできて、ホールの隅で接待の準備を始めた。我々に何か飲み物を配るようである。そうであればありがたい、我々は喉の渇きを覚えていた。しかし、毒見でもしてもらわなければうかつに手は出せない。龍二と飛はそんな思いで顔を見合わせた。
そのときタギツ毘売一行が再びホールに現れ、左側の席に着いた。右側の席には久地たち一行の主だった者が着いている。他の者たちはその後ろにある同じ造りのといっても一種類だが椅子に着座した。左側の席の後ろにもコヒトが増えている。
白っぽい盃が各人の前に配られた。後ろの席の者たちは直接盃を手渡された。石だ。薄くくりぬかれてガラスのようにも見えるが確かに石造りの盃だった。以前どこかで見たことがある。思い出せないがメノウだったか?
中央のタギツ毘売が立ち上がって歓迎の辞を述べた。それに対して久地が答礼の言葉を述べている。こちらの要件はすでに話してある。この答礼までのわずかな間に於爾猛からの伝言というか合図が伝わってきた。「飲んで良し」だった。久地の答礼が終わりタギツ毘売の乾杯で全員が盃を飲み干した。タギツ毘売の歓迎の辞の始まりとともに盃に酒らしきものが注がれたのだったが、端にいた於爾猛は掌で隠しながら素早く口にしていた。
シャンパンではない、これは果実酒のハイボールといったところか。色は薄いブルー、ここには炭酸があるのだ。飛は於爾を見てうなずいた。
タギツ毘売の左側のコヒトが立った。この国の役人なのだろうか。
「吾れはオオミと申す。キリマ聖山へは吾れらが案内いたしましょう。アラタエへの道は山裾をとおっている。少々危険ではあるが、そこを抜けて行くことができる。ただし人は徒歩でいかねばならない。騏驎は引いていけるが、車両は途中までで、そこに置いておき、徒歩で進む。アラタエを落とせばそこから先へ進める。如何か?」
「わかり申した。もとより異存はありません」久地は立ち上がって礼を返しながら返答した。
「ではここにおるナカトミが衛士を編成して、と言っても数人程度ですが同行させましょう」
「よろしくたのみます」
今度はタギツ毘売の右側のコヒトが立ち上がった。
「吾れはナカトミと申す。道中を先導し、案内申す」
再びオオミが代わって、「さて、このハバの地に住む方もおられるからご存じあるかと思うが、このハバはもともとオノゴロと申す。天地がいまだ定まらずの頃、天体に異変が起こり、幾つかの星が砕け散った。そのとき砕け散ったひとつが天空をさまよった。それがオノゴロの星である。後にこの天空で生き残った者、すなわち吾れらハヤカワ族があのキリマ山に降り立ってサクナダリ国を建てた。後にこの星にたどり着いたのがカガミソ族で、キリマ山の裏側の下の部分を分け与えて住むことを許した」
「先ほどの話にあったカガミソ族ですね」本宮が尋ねた。
「吾れらと風体は少し変わるが、同じコヒトで、トカゲを操っていた者たちだ」オオミが答えた。
オオミの話によると、キリマ山にあったサクナダリの地の近くに、突如として河の向こうからワルサが攻め込んで来た。カガミソ族の手引きがあったという。
そのカガミソ族は、ワルサたちが渡来してから、いつの間にかオオトカゲを操るようになっていて、吾れらを脅かし始めた。住むところも逆転してしまったが、元のサクナダリの地はオノゴロの地の所在はまだ知られてはいない。
天空異変の後も小さな星同士の衝突があり、この星も荒れ果てた。やがてキリマ山の変動も収まったが、ここはあの平原を観てのとおり荒廃した大地になってしまった。そのようなわけで、あの河の向こうを知ることなく、行くこともなかった。後に、そこにウマシ国が建てられたとは知る由もなかった。
「そうでしたか。この星の事は白髪部のミマロさまの話の中にも出てきませんでした」そう言って、イトフが大きく息をついた。
イトフたちウマシ国も、このハバへは渡来した部族だったのだ。
物知りの神のクエビもハッキリした事ではない、あくまでも吾れの憶測だが、とことわって次のように話した。
「神代を更にさかのぼること、この世のあけぼのの頃だ、遠く北方に住む部族が下都国の列島にやってきた」久エビはゆっくりと立ち上がりながら自分の知っている話だと断って、下都国にかかわることを話し始めた。
久エビの話はこうであった。
下都国は南を大海で隔たれており、北へ回っては飛び石のように島々が連なっている。あるところでは陸続きになるところもあり、人々は小舟を使いながら列島への道を発見した。星の異変により地上の寒冷化が進み、何代にもわたった。北方は陽の薄い暗き所。ますます暗くなり、人々はさらに南を目指した。そのころ、西寄りの方から海洋を渡る舟を操る民、南方系の部族が襲来した。
この南方系の部族は同じ流浪の民でも戦を切り抜けてきた部族だ。敗走して来たとはいえ、戦闘を切り抜けてきた百戦錬磨の武族だった。一方、北方から来た部族も流浪してはいたが、平和的に共生し同化していける部族だった。しかし、戦う術を持っていなかったのでここでも追われた。そこで彼らは別の道を選んだ。この北の部族は北の厳しい気候を乗り切ってきたので気象を熟知していて、それを使いこなせていた。やがてこの道を選んだのだった。それで地上から天上界へ移ることを考えたのだろう。それが神の道、天の浮橋だ。
「えっ、あのモーニンググローリーですか?」龍二が素っ頓狂な声を上げた。
「俺たちもあれに乗ってここまで来られたんだ。信じないわけにはいかない」飛は納得できるという顔をしている。
後の下都国で北方系の部族にとって代わってのが彼らだ。クエビが指差したのは都賀里,於爾、於爾加美毘売たちだった。オオヤ、オニ、ニタ、ヤマネたちの部族、今の民だ。その当時の文明を築いていた。これが下都国の有史のはるか前の天地創造の頃、定まる前の話だ。
身の重き者が滅び、身の軽き者が残った。そしてまた、身の重き者が現れたという事なのだろう。気候変動がその根底にあるようだ。そういえば、ウマシ国の人たちもやや小ぶりだ。
ちょうどそこへ先ほどの若者がホールへ入ってきた。
「道案内をする者たちをつれてきたか?」オオミがその若者に問うた。
「はい、仰せのとおり選りすぐりの6人を連れて参上しました。外に控えております」
「そうか、ではここへ通しなさい」タギツ毘売が立ち上がって、久地の側へ来た」
「久地殿、7名の者をお供させます。ナカトミを長に道案内の先導を務めます。オオミの補佐官代行ですから、何なりとお申し付けください」
「こちらは下都国より参られた先都国の久地の尊だ。久地の尊、ナカトミは元のサクナダリ近くの村の生まれです。その近辺の近道はもとより、抜け道、抜け穴の類に精通しています」オオミが久地の傍らにナカトミを連れてきてそう言った。
「ナカトミ殿、よしなにお願い申す。心強い」久地が礼を言って、於爾加美毘売を傍らに呼び寄せた。
「於爾加美、短びの剣を七振り用意できるか?」
「はい、美美長殿より預かった物の中にあります」
「そうか、直ちに用意せよ」
美美長とアカタリが立ち上がって一礼して、於爾加美毘売と共にその場を離れた。
「久地の尊、吾れと共に同行する者たちです。この6人は、それぞれ木の声、火の声、土砂の声、岩石の声、水の声、それに風の声を聴く事が出来る者たちです」
「うむがし、ナカトミ殿、物の怪もなんのそのですね」
そこへオニガミたちがこも掛けしたものを運んで戻ってきた。
運び込まれたこもが解かれると、中から剣が出てきた。
「ナカトミ殿、この短き剣をお預けしよう。コヒトの衛士には良きものと思う、まずは持って下され。使い方は於爾加美が伝授いたす」
久地が美美長と於爾加美毘売に向かって合図を送ると、二人が前に飛び出してきて、勢いよく剣を交えた。美美長は長刀、於爾加美毘売は短剣だ。しかし、於爾加美毘売の剣さばきは鋭く美美長を押し込んでいった。7人のコヒトの顔に緊張が走った。
「ナカトミ殿、於爾加美はなかなかの使い手、吾れもいくつか剣筋を教わった。道すがら習うといいですよ」 於爾加美毘売を押し戻したところで美美長が言った。
「オオミ殿、キリマ山のアダシ国はどんな所でしょうか?」 クエビの神がオオミに尋ねた。
「クエビの神、アダシ国が占拠したアラタエは先のサクナダリではありません」
「なんと、サクナダリではないと?」
「はい、外輪の一部です。元のサクナダリの地を彼らは発見出来ず、到達していません。吾れらは外輪の幾つかに分国を作ってあったので、その一つにすぎません」
「そうですか、それではくろがね、あかがね、しろがねの類はどうですか?有りますか?」
「吾れらがいた頃は鉱物の類は見つかってはいませんでした。しかし、もとはと言えば、ここはそう言う星、彼らは見つけてるかもしれません。アラタエのある場所は岩石の多い所でしたから、考えられます。吾れらは全てを木、土、石で作っておりました・・」
「剣の類は、鉄と木が必要です。しかもたたら吹きでしか作れません・・。下都国から拉致していった匠にいったい何を作らせたのか?」
「では、皆さん。簡単に道中をお話しておきましょう。こちらの前へ進んでください」 女王のタギツ毘売がそう言って、再び立ち上がってホールの岩壁の前に進み出た。
一行が大きな岩壁の前近くに集まると、さっと右手に持った扇を振り上げた。するとどうだろう、岩壁の上から水が染み出して壁を覆っていくではないか。だんだんと水の量が増して岩を覆うカーテンのようになった。
「ナカトミ、語り部のハクに語らせよ」
「かしこまりました」
先ほどの6人の若者の中の一人が前に進み出てきた。ハクと呼ばれた若者は、まずタギツ毘売に一礼すると、今度は久地の尊たち一行に向かって深々と頭を下げた。それから岩壁に近づくとサッと壁と水のカーテンの間に滑り込んだ。
「オーッ!」 飛と龍二が同時に声を上げた。壁と水のカーテンの間に人一人が滑り込める隙間があるとは考えもしなかった。しかも両手を広げながら高く差し上げる様が水に透けて見える。
「オーッ!」 今度は、於爾や都賀里、冷静沈着な耶須良衣までもが声を上げた。水のカーテンが少しずつ曇りガラスのように濁り始めたのだ。水のカーテンの前に出てきたハクはき居の姿勢から起拝をした。おふなおふな、精一杯、真剣に誰かに語り掛けている。
するとどうだろう、水のカーテンに何かが映り始めたではないか。
「では、お話いたしましょう・・」おごそかに女王が語り始めた。
その場にいる一行は、皆それぞれ前へ出てきていた。
「オノゴロの地の聖山、キリマ山の中腹より高い所に秘密の花園、以前のサクナダリはありました。そこは外輪山へ行く道の反対側でしたので、そのまま上に向かって進むと外輪山に出てしまいます。少し下り迂回すると麓に降りてしまうような錯覚を起こす秘密の抜け道、隧道を通り、そこを抜けて行かなければなりません。それゆえワルサたちに見つからずに、難を逃れて密かに脱出して下に移り住んだのです。さて、此度は皆さんが目指す目的の地、アダシの場所です」
水のカーテンに絵が映り始めたではないか。徐々に映像が鮮明になってきた。久地や本宮には少し前の時代のプロジェクターから映し出される画像という感じであった。それでも、今現在この場では十分であろう。十数枚の岩場や低い樹木の森などの映像が映し出された。
「今、ここでお見せできるのはこの程度です。オノゴロの地の聖山キリマ山の特別の場所や、そこの様子を特定されない程度にとどめてあります。行く道すがらご案内させます。では、皆さんが目指す目的の地、アダシの地ですが、吾れらは国と認めてはいません。勝手にやって来て横暴にも吾れらの地を占拠したのです。その地をアラタエと呼称してますが、ワルサ一行の傍若無人な振る舞いです。それが上手くいったのも、カガミソ族を手なずけ取り込んだからです。それについては、吾らにも反省の余地はありますが、吾れらもこの機会が来ることを信じて待ち望んでいました」
「それで、アラタエはどこにあるのですか?およそで結構です。ざっと頭に入れておきたいのです」クエビの神が尋ねた。
「キリマ山の中腹の裏側から少し上に行ったところに広い岩の台地があります。元は吾れら石切り場、作業地でしたが、アラタエはその台地にあります。大地の中央にアラタエの城があり、そこにワルサたちが住み、その台地の周囲の岩壁が妖怪の棲み家になってるようです。キリマ台地への道は、山裾から登り、中腹から険しいくなる断崖の道しかありません。その途中の中腹から少し入り込んだところにカガミソ族とトカゲが住んでおります」
「ところで、あのオオトカゲなのですが、あのような怪物がもとからいたのですか?」
「いえ、あのようなオオトカゲはおりませんでした。キリマ山自体岩の多い所ですからトカゲの類はいました。ワルサが率いてきた妖怪が呪術を使ってトカゲをあのようにしたんです。カガミソ族はワルサたちに取り込まれ、オオトカゲを与えられてトカゲ使いの忍びになったんです。以来、ワルサの手先になったカガミソ族に吾れらは常に見張られています。だから用心しなければなりません。吾れらは秘密の花園のサクナダリには帰らず、ここでじっと時を待っていたのです。もちろんワルサたちにはサクナダリは今も見つかってはいません」
以前のサクナダリはキリマ山中の秘密の花園の地。ワルサたちの住むアラタエとは違い、温暖で草木豊かであるらしい。周囲を高い山塊で阻まれていて、容易に見つけることはできないのだろう。その地を奪われないために、発見される前にその地を捨ててここへ移ってきたのだった。
「きっと桃源郷なんだろうな~、見てみたいな」飛が龍二に小声で声をかけた。
「そうだな、でもそんなこと言ってる場合じゃないだろう。先を急がねば・・」龍二が小声で返した。
龍二は運河を渡ってからというもの、完全に達吉とは連絡が取れなくなっていると本宮から聞いていた。それも、シャーという通信音までも遮断されているとのことだった。
「オオミ殿、伺いたいことはまだ山とありますが先を急ぎます。出発させてもらえませんか?如何でしょう」
久地は、ここまでたどり着いたので、一刻も早く目指すアラタエに向かいたいとタギツ姫にも申し入れた。
「おっしゃる通りです。吾れらにとっても旧を取り戻す最善の機会がやって来たのです。オオミどうじゃ」
「ハイ、かしこまりました。急ぎましょう。出発じゃ~!」
「皆のもの、直ちに出発じゃ~!」
岩窟の広間に笛の音が鳴り響いた。コヒトの若者たちは、笛の音でコミュニケーションをとれるらしい。そういえば此度の若者は岩や木の話が分かると言っていた。静かな落ち着いた音色が岩に浸み込むように鳴り渡った。
「今だ天地定まらぬ頃、神が振り下ろした杖から滴り落ちる滴あり。幾度となく繰り返し落ちた滴がこのオノゴロの地。神を迎へと上申す、神はこの地に降りて入り申す。天と地を結ぶ笛が神調子を奏で、オノゴロの地にサクナダリが開けた。今し、下都国の神々とともに旅立ちの時来たり」
洞窟の前で、タギツ姫が上に向かって両手を高く差し出して、おごそかに述べた。
つづく
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