案外早く、この施法神事を再び見る機会を得たのでまとめ編としておこう。
これらは古来よりさまざまに試されてきた方法であり、私自身の体験もあるが、ここではたまさか出会ったことでもあるので、その方達の事例を挙げておく。なお、呼称については勝手ながら私が付けたものを使用している。しかし、それぞれの人たちがそれぞれに自らの型を持ち行っていることを付け加えておく。
ここでは、五行川を中心の天門線とし南(南里)の金鯉と北(北辰)の飛竜を結び、南から北へと心願成就の祈願施法を行うという形だ。
施法の手順
①そこでまず、南の金鯉(大前恵比寿神社)を参拝し開運招福のお水取りをする。
②その際に授与されるお水とお姿の絵札を持って恵比寿神社の参道の二宮神社に詣で、事の由をお願いする。
③そして、そこから見える川の飛越の堰に向かって一礼。
そこから北に向かうというあんばい。
④北の社(祖母井神社)の社頭を参拝。
⑤絵馬を求めて、それに持参したお姿を貼る。絵馬には祈願と名前を記入。お姿には祖母井神社へのお礼の言葉を書くのを忘れずに。なお、持参し たお水取りの水をボトルのキャップいっぱい程度を拝所に撒くか裏手の神苑の水場にそそぐ。
⑥絵馬を拝殿前の拝所の「飛竜御柱」の周囲のどこかに下げる。本殿わきに絵馬を下げる場合は、本殿脇側のひさしの飛竜に参拝でもよいそうだと のこと。
⑦祈願は、心の中で自分の住所、氏名、開運祈願を具体的に述べて、最後に「飛竜大明神万事宜しくお願いします」と丁寧に挨拶し、終わりに「あ りがとうございます」と感謝を述べるがよい。この参拝の仕方は、およそみな同じようだ。
私の場合は、「何かとお願い致しまして誠に申し訳ございません。お救い上げ頂ければ真にうれしゅうございます。ありがとうございます」と、付け加えることを勧めている。
⑧そして最後に、二礼、二拍、一礼。 いずれの参拝でも最後にこの拝礼を忘れずに。
ここでは願うという言葉を使ってはいるが、参拝の精神は願うでも頼むでもない。そこの神さんの不思議な霊力に対する崇敬の念を、拝むという形で表すことだ。いずれでも、これが社頭参拝の形である。
この心がけを持っていれば、おのずから自らにも開運招福の力が湧いてくるに違いない。
開運招福の祈願については、お姿が貼られた絵馬を見てみると、
縁結び
金運
事業・仕事運
この三つが多い。本殿には子安の神、境内の末社には月読の神が鎮まっておられるので女性の祈願が多いのはわかる。
今日、我々をはじめ皆さんも多忙を極める。ありがたいことに北は北、南は南と別々に他日に分けて行ってもそれほど後利益を損ねることはないようだ。しかし、いつかは通しで行った方が良いことは言うまでもない。また、個々に幾度となく重ねることが大切なことは祈願については大切なことも言わずもがなである。
この天門線、神門線を手本にしてみると、他にもいろいろな形の神事に出会えるのではないだろうか。皆さんの地元の伝え、出かけた先で見聞きしたものがあったら教えていただきたい。
さて、この度の施法に関する直接の神事は見つけられなかったが、本になっている神事がいくつかある。ただ、神社では非公開の事が多いようだ。
みあれ迎え みあれ木を立てて神籬(ヒモロギ)とし神の降臨を迎える
若水迎え 境内の泉から若水を汲む
モヒ取り神事 神水を奉る神事
神水取り神事 お神酒を泉に移し、代わりに水を汲み神前に供える
いずれも効験は開運、昇運が多い。
*神門線とは、方位線では無く、御祭神と御祭神をつなぐ𠮷線で表されたものをここではそう呼称する。この場合、方位にはこだわらないが、吉祥線で結ばれた方が良いものは言うまでもない。
なお、取材中近辺の崇敬者の方から、いまでは無くなった昔の神事(講)の話を聞いた。もとはと言えば農村らしい物事の流れのリズムはさもありなんというものであった。このことは農村部だけの事ではない。このリズムが日本人の暮らしのリズムであった。農村部には最後まで残ったのであろう。境内にある月読神社がその証かもしれない。今ではこのリズムを考える人は少ない。都会の喧騒の中では到底見つけられない忘れ物、市街に比べ昔の宝庫である。いつかまた皆さんにご報告する。
つづく
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(神気浴記と冒険譚の初期のバックナンバーは、こちらのブログー1にあります。ただし、こちらは現在稼働しておりません)
http://www.hoshi-net.org/(関連ホームページ「星宮之垣」 一部工事中)