神調子の調べに乗って巫女が舞う中を久地たち一行は出発した。
ナカトミとイトフを先頭に、久地、クエビの神たちがその後に続いた。岩石の道、水無川の底跡を進み、いったん台を離れて広い岩畳に出た。でこぼこで歩き難い
。歩を進める度に膝が衝撃で悲鳴を上げた。馬たちは大丈夫だろうか。久地は振り返って耶須良衣と美美長を見た。二人とも部下共々抜かりはなさそうだった。
どのくらい歩いただろうか、まったく距離がつかめない。久地たち四人はこちらへ来てからというもの時間と共に距離感が希薄になっている。
少し休みたいと思ったとき、周辺にガスが立ち込めてきた。ガスの濃さが増すにしたがって脚足への衝撃が薄らいできた。
突然目の前に何かが現れた。
巨人か? いや違う、巨大な鳥居のようだ。
「チリーン!」 先頭で鈴が鳴った。ナカトミが手を上げて一行を止めた。
「モリ、前へ」ナカトミが列の後ろから、コヒトの若い従者を呼び出した。
「ナカトミさま、お呼びで・・」
「マンクセンの神に旅立ちを告げる」
「承知しました」
目の前の巨大な影に近づくと、それは紛れまなく黒鳥居だった。
「黒鳥居!」本宮が叫んだ。
「どこかで見ましたね、先生。ここにこんな巨木があるのか?」龍二が叫んだ。
「祭祀を邪魔しない方がいい。失礼した、ナカトミ殿」二人は後ろに下がった。
モリと呼ばれた若い従者は黒鳥居の前で立止した。それから軽く会釈し、一歩前へ進み鳥居をくぐり、今度は深く拝礼した。
「上申す」
すると上の四方から笛の音が聴こえてきた。その音はやがて一段大きくなって、地面に突き刺ささるように消えた。まさしく天と地を結び、会話するあの笛の音だ。
「入り申せ!」厳かな声が上から返ってきた。
モリがこちらを向き直って脇に寄った。
再びナカトミが後ろに向き直ってイトフに告げた。
「イトフさま、これより参進いたします。直進です」
「心得た」
イトフは後ろを向き無言で右手を上げ、後ろに前進の合図を送った。
一行は、ゆっくりと大鳥居をくぐって前へと進んだ。立ち込めている霧は濃淡を繰り返しながらゆっくりと前方に流れている。
於爾や都賀理は剣の柄に手をかけたままであった。他の者たちはと見ると、耶須良衣や美美長も腰の剣に手を置いたままだった。
「久地の尊さま、これからマンクセンの上社へまいります」ナカトミが久地に告げに来た。
「承知した。お任せします」
黒鳥居をくぐってからしばらく直進すると道の奥に巨大な岩壁らしきものが、霧の流れの合間に透けて見え隠れする所へ来た。さらに一行はそのまま岩の壁を目
指して進んだ。足元の道以外、左右は霧で見難い。時折、霧の流れの合間に岩が透けて見えるだけだった。足元への衝撃はさらに薄らいできたが、左右は多分
まだ岩の景色なのだろう。一層ゆっくりと進むことになった。
やがて霧が渦を巻いている所へ出た。少しはスペースがある所へ出たようだ。巨大な岩壁の前だった。久地や本宮は磐座の前へ出たと察した。
「チリーン!」 再び先頭で鈴が鳴った。止まれの合図だ。
「カチャ!」 イトフは、刀身を少し滑らせて音を出す合図を先ほど決めて置いた。カチャという音が、幾人かを飛び越えながら後ろへと渡っていった。
そして行列は止まった。やはり磐座の前だ。
ナカトミが列を離れて前に進んだ。ナカトミに続いて後方の従者の若者が数人がナカトミの後に並んで跪いた。
ナカトミが一歩前へ進み「ハク」と言った。
一人の若者がさっと前に出て磐座の前に跪き、そこで一礼すると立ち上がり数歩進んだ。再び会釈してゆっくりと進んだ。
「キュッ、キュッ」地面が鳴った。
-鳴り砂だ!-
四人だけは斎庭を思い出した。
しかし、それが遠い思い出か、それほど遠くないのか、とっさに判断がつかなかった。
ハクと呼ばれた若者は岩戸の前に坐し、平伏して何やら称えごとを奏上した。洞窟の宮殿の中で水のカーテンにした時と同じように、岩に語り掛けているのだ。
「ゴトッ!」音がした。
音はそれだけだったが、大きな岩戸が音もなく動いた。
「カエン」とナカトミが言った。同時にハクは下がり、岩陰から羽衣をまとった若者が滑るように現れた。二人の動作は水のように流れた。
呼ばれた若者は被り物を被った顔立ちからして女性だった。
ぽっかりと大きく口を開いた洞窟、その入り口の前に立ち、片膝をついて礼をするや否や舞い始めた。洞窟の中からは妙なる調べが伝わってくる。先ほど宮殿で
聞いた調べと調子は同じだ。
洞窟の中がゆっくりと明るさを増し始めた。舞姫は吸い寄せられるように洞窟の前まで進んだ。
踊りはだんだんと速さを増した。そして、その動きが頂点に達したときピッタッと止まった。
洞窟の中から霧が煙のように吹き出てきて舞姫を包み込んだ。
すると、霧の渦は洞窟前のスペースいっぱいに滑りだしてきた。
霧の渦はゆっくりと盛り上がり何かがうごめいている。
洞窟の中から霧の渦と共に何かが現れたのだ。
霧の渦の中から恐ろしい顔が頭をもたげた。
「龍だ!まさしく龍だ」 本宮が叫んだ。
その背には舞姫のカエンが立っている。
「マンクセンの神の使いです」 ナカトミが久地にそっと言った。
イトフとナルトは後ずさって身構えた。自分たちの世界にはいないモノだった。
龍二は背に立っている舞姫の姿を見てかっこいいと思いながらも、誰かに似ている気がした。
飛も舞姫はどこかで見た顔のような気がしていた。
「背に乗っているのは、カエンと申します。マンクセン神社の火の女の巫女の一人で、火と話すことができます」
「そうですか、だいぶ驚きました。この中で於呂知の顔を想像できるのは民族学者の本宮ただ一人です。クエビとスクナビは龍に変えられていましたから想像はで
きるでしょう。タニグの神はカエルでしたから声ぐらいは聴いてるのかもしれませんが・・」 久地は神楽を見た時を思い出していた。
「これでキリマ山へ入る許しを得ました。イトフ殿、出発できます」
「心得た!おのおの方出発の準備だ」 イトフが各隊に出発の準備を促した。
サクナダリの作法に従って、マンクセンの上社でキリマ山に分け入る許しを得た。
ハヤカワ族の守り神の神社を起点としていよいよワルサの居るアラタエに向かえる。この遠征でハヤカワ族はオノゴロの地を奪回し、マンクセンの神を復活させ、ワ
ルサたちからマンクセンの神威を取り戻すことができる。きっと我々にマンクセン神のご加護があるだろう。
それにしても龍神とはどういうことだ。岩だらけで水の無い地と見ていたが・・。
そもそも龍神は水にかかわった神だろう。タギツ姫の洞窟宮殿で見たお伝えも水のカーテンでだった。
「3人の神のうち2人は於呂知の姿になっていた。どこかで繋がるのかもしれない」 本宮が装備を整えながらひとり呟いた。
斥候に出ていたナカトミ達数人が上社の右手の道より戻ってきた。 ここで物資装備を整備して出発することになる。
「この右手奥に洞窟があります。戦車、車両の類はひとまずそこに置いておき、必要な物資は手分けして運びます。馬と騏驎は連れて行けます。予定通りです。
ではアカタリ殿と於爾加美毘売お願いします」
「ナカトミ殿、あれだけの数のコヒトやオオトカゲが通ったんです。数台の車両を通すことは容易いことでしょう。なのに置いていくのですか?」 イトフが戦車をなでな
がら聞いた。
「はい、吾らは裏手の秘密の間道を行きます。この左手の道です。道幅は狭いですが、気づかれることはありません。アラタ攻略の時は、表路から車両を通しま
す。まず戦車をそれから救出車両です」
ナカトミがイトフに丁寧に説明した。
そこでイトフは久地たち尊と神たちに集まってもらい事はかりした。
洞窟で車両や積み荷の一部を残し、身支度を整えて、アカタリと於爾加美毘売が戻って来た。
それを確認したイトフは首肯して剣を鳴らし右手を上げ、全員に向けて出発の合図を送った。
社を離れるとすぐに道にでたが、道幅は細くなった。
「ナカトミ殿、道幅は狭いですがかつてはよく整備された道だったんですね」
「お分かりになりますか久地尊。ここは飛脚道です。一般の民の通行は許されません」
また、マンクセンの社を出て気が付いたのだが、この辺りからわずかだが草木が見え隠れするのに一行は驚かされた。どこを見ても岩の台地しかなかったはずだ。
道が上り坂になり始めると、段々と草木が増え岩の姿が少なくなった。道も足元への当たりが柔らかくなった。
「飛脚道か。今は整備されてないが、岩石を砕いて小粒にして敷き詰めてある。これなら脚への衝撃は少ないだろうな」 本宮が独り言のようにつぶやいた。
徒歩の者が先に進み、アカタリと於爾加美毘売、和邇と海人たちを後詰とし、馬の連隊はしんがりとした。
ゆっくりと一行は登って行った。
通報を恐れてカガミソ族の居留地石切り場を避けてキリマ山を目指した。
つづく
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