神主神気浴記

月待講、御神水による服気、除災招福の霊法、占などについて不定期でお話します。
神山の不思議な物語の伝えは継続します。

アオヒトグサとの戦い 61

2015年12月06日 | 幻想譚
 久地は眼の前に広がる平原をじっと見つめた。遠望できるのは白い霧魔山だけだった。下の方は雲か霧だろうか灰色で覆われている。ただ、行く手を崖の壁が遮っているのは分かった。ここへ来る前に、崖が麓かと思っていたのは間違いだった。崖の岩山の向こうには、まだ深い山が連なってるらしい。きっとクエビには見えている事だろう。
 仙都アラタエへの道は遠い。これが実感だった。これから向かう魔境の都アラタエはどんな所か・・。先ほどの偵察に飛来してきた空飛ぶ翼トカゲとコヒトグサ。本当ならドキッと驚いているはずなのに、そんな反応の無い自分がいた事の方が驚きだ。果たしてこれからを乗りきっていけるのだろうか。

 「尊、どうかなさいましたか」美美長が声をかけてきた。
 「ちょっと考え事をしていた。美美長、こっちへ来てくれ」 
 久地は戦上手の美美長を手招きした。
 「トカゲを落とした後のことだ。戻る時に下の草原を見ると明らかに人工的な区域線らしきものが目に入った。その線は崖の方とこちら側を区分していた。何だと思う?」
 「尊、崖の出っ張りと両側からの出入りを考えると、横矢を考えたものではないかと思います」
 「横矢とは横からの攻撃のことか?」
 「はい、だとすれば、察するに一の手として崖上から何かを飛ばすことが考えられます。神たちの話では弓矢は無いとの事でしたから、石か槍でしょうか」
 「距離から考えるとまず石か? 近づいて来たところへ槍の雨を降らせるということだな」
 「崖の下で構えているコヒトは、呼び寄せるオトリにもなりましょう。だとしたら、初めこちらも横並びで進み、線の手前で一旦止まる。そこから線を踏み越すと見せかけて隊を左右に分けて横方向へ進ませてはどうでしょう」
 「分かった、その間の様をクエビの神の遠目で見てもらって、その合図で左右横方向へ転換し、後詰めの五騎を飛ばして崖の上を一掃する。それに合わせて左右同時に崖下を攻めてコヒトを攻撃する。そういうことになるな」
 「御意。思惑通りにいけば、三方から攻め込めます」
 「よし、それでいこう」
 周りに集まっていたクエビやイトフも首肯している。
 「早速隊へ伝達して、隊列を整えよう」

 美美長とイトフによって横並びの隊列が組まれた。スクナビ隊と久地隊は右。イトフ隊は左攻めとした。アカタリが耶須良衣のアドバイスを得て作った戦闘車4台は左右に2台ずつ配した。天駈けの5頭は隊列の後方に構えた。
 「各隊共に崖の上の戦況はには常に注視して次の行動に対応してもらいたい。上の戦況はイシを連絡係として各隊に伝える。直ちに騎乗して隊列を整えよ」
 久地の号令と共に各隊は横列の隊列を組み、出発した。中央には指令役の美美長を置き隣に崖の上下の様子見のクエビを配した。
 「美美長、境には白妙を落としてきた。まずはそれを眼で探して位置を確認してくれ。そこからが作戦の起点にになる。タイミングは汝に任せる」
 「御意」
 「於爾加美、予備の雷の剣をスクナビの神とイシ殿に。神とイシ殿は龍二・飛から使い方を聞いてください。本宮、都賀理と於爾と図り、進みながら引き上げの救出退路を確保する算段をしておいて欲しい。それから、アカタリ殿の車両隊と於爾加美は最後方の後詰めへ」
 久地が後方からそれぞれに指示を出した。
 各隊は美美長の号令でゆっくりと前進を始めた。
 
 やがて地を踏む蹄の音が並足から速足に変わり、徐々に速度が上った。天駈け5頭の後ろから少し間を空けてアカタリの輸送隊も後を追った。
 少し行ったところで、久地が踵を返してアカタリに駆け寄って声をかけた。
 「アカタリ殿、納めは汝の力を借りる。救出の人達と怪我人を運ばなければならないだろう。また、装備を積んでもらってる。重き役どころゆえよろしく頼みます」
 「承知しております、尊殿。後方支援は吾れの得意とするところです。先の対岸には、吾れの配下の者たちに舟を集めるよう手配しておきました」
 「かたじけない。手配感謝する」
 久地は列に戻りながら、皆の思いの強さを感じ、絶対に成功させなければならないと自らに言い聞かせた。

 クエビが前方を指さしながら美美長に耳打ちしている。クエビにはすでに何かが確認できたのだろう、美美長がうなずいている。
 すると、美美長の速度が少し上がったかと思うと後ろを振り向いて合図を送った。
 クエビが、崖の上と境界線の白妙を観察して美美長に判断材料を与えたようだ。美美長の被り物の両側についてる尾羽飾りの横振りが縦に変わった。前方一点に集中しているのが後ろからよく分かった。後列の者たちが速足を取り、歩を揃え、いつでも飛び出せるように構えが整えられていった。
 
 美美長の右手が上がった。隊列は一斉に飛び出した。競い馬のスタートを観てるようだった。横列の隊が一斉にばく進した。横列の砂塵がもうもうと舞い上がり長い直線を描いて移動して行く。さすが騎馬族の長、この砂塵を相手に見せ、こちらの位置と方向を知らせた。久地は後方から、少し早いかなと思ったが早めに認知させる意図なのだろう。傍らのクエビが美美長の方を見て何か合図を送った。美美長が首肯しているところまでは確認できたが後は砂塵で見えなくなった。
 再び美美長の右手が上がったようだ。それと共に鋭く短い指笛の音が発せられた。
 この砂塵で向こうからは手の細かな振りは見えないだろう。と思ったとき、美美長の挙げた手が左右に振られ、指笛にビブラートがかかった。
 隊は一斉に左右に別れた。その時久地は驚いた。このわずかな間に、砂塵に隠れて隊は数列になっていたのだ。それが旋回することなく、素早く左右に方向転換できた理由だった。内側に入るものが外側に来る騏のくつわを取って誘導したのだろう。内側に上手を配した美美長の作戦に違いない。久地は隊が白妙の線を越えていたことを知っていたが、クエビと美美長の連携がうまく相手を引き入れた。
 
 その時、隊が左右二つに割れた場所の上が一瞬暗くなったと思ったら、その場一帯に上から何かがバラバラとソフトボール大の物が降ってきて砂塵が上がった。間一髪だった。久地たちもあらかじめ想定して、天駈けを脇に寄せていたが、危ないところだった。それにしてもコヒトの石投げの正確さも凄い、侮れないと思った。イシが拾ってきたものを見ると氷の塊と石だった。
 これで相手の二番石は左右に割れた隊を狙うことになっる。当然威力は半減する。
 相手にとっては想定外の事だったのだろう、戸惑っている隙にクエビと美美長の手が円を描いた。

 5頭の騏が砂塵の中から左右の上空に飛び出した。
 久地を先頭に、一直線に崖に向かった。
 ちょっとした想定外が相手の手順を狂わせたのだろう。崖に近づくと案の定、石弓の一斉投てきはできず、投てきはバラバラになってしまっている。更に威力は半減するだろう。
 崖下の左右の各隊は、崖下のコヒト軍団に集中すればよい。下のコヒト軍団は槍状の物を構えているが、石弓の一斉投てきがなされないので出ばなをくじかれ出撃が乱れているようだ。トカゲを飛ばされると面倒だ、出てこない内に勝負を付けよう。
 「崖の上のコヒトに集中せよ!」久地が叫んだ。
 あっという間に抜刀した5騎は崖に近づいた。

 「撃てー」
 5振りの雷の剣から閃光が崖の上に走った。コヒトの衛士たちは稲妻に跳ね飛ばされ、角がついている兜頭巾が跳ねて飛び散った。
 崖上の出入りの道が岩と岩の間にあるが、そこに大トカゲが見えたのをスクナビは見逃さなかった。次の手として続々と上がってくるのを飛と共に襲撃した。これで倒れたトカゲたちで道はふさがっただろう。
 
 しかし、一匹が逃れて崖の上から飛んだ。すかさず、龍二が後を追った。
 トカゲは火炎を飛ばして左面のイトフ隊に襲いかかった。
 イトフ隊は石弓を防ぐ楯を頭上に掲げて事なきを得た。そこへ龍二が追いつき稲妻で撃ち落とした。
 勢いづいたイトフ隊はイトフとナルトの戦闘車を先頭に一斉にコヒト軍団の中へ分け入った。

 一方、耶須良衣と都賀里の乗った戦闘車を先頭に陣を張っていた右面は、石弓の一斉援護もなく崖の上を見上げるばかりだったコヒトが、ただジリジリと後退ていた。やがて崖下に追い詰められた。予測通り先陣のコヒトはオトリだったのかもしれないが、石弓隊、トカゲ隊と攻撃の手順はあったはずだ。しかし、その時は攻撃の指令を発する崖上を久地の天駈けで既に一気につぶされ壊滅状態になっていた。

 左面のイトフ隊はイトフとナルトの戦闘車を先頭に、右面は耶須良衣と都賀里の戦闘車を先頭に崖の中央の真下にコヒトを囲むように追い詰めた。輪を縮めながら、これで勝負がついたと思ったその時だ、崖の左右の岩陰からコヒトの一団が襲いかかってきた。
 両隊共に後ろを半円に囲まれ、挟み撃ちの格好になった。コヒトとはいえ圧倒的な数だ。
 右面はスクナビ隊のタニグの神と海衆の海人の小隊と和邇の小隊、久地隊の本宮、都賀里,於爾は剣が使えるが、戦慣れしていない左面のイトフ隊はコヒトの数に押されて防戦一方になった。
 右面から美美長族の小隊と耶須良衣と都賀里の戦闘車がイトフ隊救出に駆け付けた。後方にいたアカタリと於爾加美毘売も左面に駆けつけ、外側のコヒトを後ろから襲撃しはじめた。特に於爾加美毘売の活躍は目を見張るものがあった。女とはいえ、その身の軽さといい、躍動する剣さばきはコヒトを恐れさせた。

 そこへ崖の上から久地たち天駈け5騎が降りてきた。

 つづく
 


 
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