ジャン・ギャバンの『望郷』(ぺぺ・ル・モコ)を昨年からずっとまた見直そうと思っていた。この映画、すでに五、六回は観ているのだが、最後に観たのはもう何年も前のこと。細かいところは忘れてしまっていた。
実は、昨年の夏前にシナリオ作家の石森史郎さんと親しくなり、喫茶店でフランス映画のことを話していたときに、たまたま『望郷』の話になった。石森さんは映画監督のジュリアン・デュビビエが好きで、とくに『望郷』が大のお気に入り。私は、デュビビエの映画の中では『望郷』をそれほどの傑作だと思っていなかったので、「あの映画のどこがいいんですか?」みたいな質問を石森さんにした。すると、「あなたは『望郷』をちゃんと観ていないでしょ」と叱られた上に、クイズを出された。
「ジャン・ギャバンのぺぺ・ル・モコが初登場するとき、初めにネクタイが映るけど、どんな柄だったか言ってみなさい」と石森さん。
「すいません、覚えていないんですけど……」と答えると、
「ダメじゃないか!ネクタイは水色の水玉模様ですよ」
「えっ、あの映画は白黒ですけど……」と私が言うと、
「白黒でも色は分かるんです!」
もう口答えのしようもない。あのまくし立てるような早口で石森さんが言う。
「初めにネクタイが映って、そこからキャメラが上へ移動してギャバンの顔のアップになるんだよな。ギャバンって美男子じゃないよね。ジャガイモみたいな顔だけど、フランスじゃああいう男がダテ男なんだな」
「ダテ男って、もともと伊達藩の侍のことだから日本人のことを言うんじゃないですか」と私。
「まあそうだけど、あのネクタイにパリジャンのダテ男ぶりを象徴させているわけだよ。うまいと思わないのか」
「はい」
「ギャバンのペペ・ル・モコはパリジャンだろ。それがアルジェのカスバに逃げ込んで、ずっとそこに居るうちに故郷のフランスが恋しくて、もう帰りたくて仕方がなくなるんだね。カスバの女はみすぼらしくて、フランスから観光に来たパリジェンヌがやけに美しく見えちゃってさ。この女、金持ちの爺さんの愛人なんだけど、ぺぺは目が眩んじゃうわけよ。女にパリの地下鉄の匂いがするなんて言っちゃってさ」
石森さんにとって『望郷』は、青春の記念碑のような想い出深い映画らしく、詳しいのなんの!微に入り、細に入り、あきれるほどよく覚えている。彼は『約束』という映画のシナリオを書いているが、そのラスト・シーンは『望郷』のラスト・シーンを真似たのだと言う。『約束』でショーケンが岸恵子と最後に別れるところで、鉄柵を使ったのがそうらしい。
クイズは続く。第二問である。
「ギャバンがあの映画の中で唄うシャンソンがまたいいんだよな。知ってる?」
「えっ、歌なんかありましたっけ」
「僕はちゃんと歌えますよ。メロディだけだけど……」
「で、フランス語の歌詞は?」と尋ねると、石森さん、急に低姿勢になり、
「実は、あなたに頼みがあるんだけど……、あの歌の歌詞をメモしておいてくれないかなあ」と来た。
とんだ課題を出されたものである。それを今の今までほったらかしにしておいた。そこで正月の暇なときに『望郷』をじっくり見直そうと思ったわけである。
元旦にビデオを探し出し、さて観ようと思ったら、これが三倍モードで録画したヤツで、映画が3本入っているではないか。「寅さん」2本の間に『望郷』がはさまっている。早送りして『望郷』だけ観ようとも思ったが、面倒臭いので、「寅さん」から観始めた。「寅さん」もテーマは「望郷」である。
まず、一本目の『男はつらいよ 純情詩集』を観る。マドンナは京マチ子で、壇ふみが娘役で出演しているアレだ。「寅さん」のシリーズでは、マドンナが最後に死んでしまう唯一の作品である。
さて次にいよいよ『望郷』が始まり、ネクタイの柄を確認しようと目を凝らす。ギャバンの顔が現れる前にネクタイが映るのは石森さんの言う通りなのだが、柄が違うじゃありませんか!水玉模様ではなく、小さな四角形を並べた模様なのだった。色は分からないが、水色でないことも確かで、多分クリーム色の地に四角形の模様は赤色のような気がする。白黒の映画なので、これはあくまでも想像にすぎないのだが……。ソファに寝そべって、字幕を読まずにフランス語を聞いていたのがいけなかった。途中で睡魔に襲われ、ふと気がつくとラスト・シーンになっている。いやはや肝心な歌の部分は見逃してしまった。
起き上がって巻き戻すのも面倒だから、そのまま次の「寅さん」を観る。リモコンが壊れているので、遠隔操作が出来ない。三本目は、『男はつらいよ 忘れな草』である。マドンナは浅丘ルリ子で、リリーさんが初登場する作品だ。「寅さん」のシリーズでは名作の一本に数えられるが、最後にリリーさんが結婚して寿司屋のおかみさんにおさまっているところには、いつも疑問を感じる。亭主が毒蝮三太夫では不釣合いだし、話のオチとしても無理がある。まあ、それはともかくとして。
結局、『望郷』はもう一度初めから見直すことになってしまった。ビデオを巻き戻して今日でもまた観ようかと思っている。
実は、昨年の夏前にシナリオ作家の石森史郎さんと親しくなり、喫茶店でフランス映画のことを話していたときに、たまたま『望郷』の話になった。石森さんは映画監督のジュリアン・デュビビエが好きで、とくに『望郷』が大のお気に入り。私は、デュビビエの映画の中では『望郷』をそれほどの傑作だと思っていなかったので、「あの映画のどこがいいんですか?」みたいな質問を石森さんにした。すると、「あなたは『望郷』をちゃんと観ていないでしょ」と叱られた上に、クイズを出された。
「ジャン・ギャバンのぺぺ・ル・モコが初登場するとき、初めにネクタイが映るけど、どんな柄だったか言ってみなさい」と石森さん。
「すいません、覚えていないんですけど……」と答えると、
「ダメじゃないか!ネクタイは水色の水玉模様ですよ」
「えっ、あの映画は白黒ですけど……」と私が言うと、
「白黒でも色は分かるんです!」
もう口答えのしようもない。あのまくし立てるような早口で石森さんが言う。
「初めにネクタイが映って、そこからキャメラが上へ移動してギャバンの顔のアップになるんだよな。ギャバンって美男子じゃないよね。ジャガイモみたいな顔だけど、フランスじゃああいう男がダテ男なんだな」
「ダテ男って、もともと伊達藩の侍のことだから日本人のことを言うんじゃないですか」と私。
「まあそうだけど、あのネクタイにパリジャンのダテ男ぶりを象徴させているわけだよ。うまいと思わないのか」
「はい」
「ギャバンのペペ・ル・モコはパリジャンだろ。それがアルジェのカスバに逃げ込んで、ずっとそこに居るうちに故郷のフランスが恋しくて、もう帰りたくて仕方がなくなるんだね。カスバの女はみすぼらしくて、フランスから観光に来たパリジェンヌがやけに美しく見えちゃってさ。この女、金持ちの爺さんの愛人なんだけど、ぺぺは目が眩んじゃうわけよ。女にパリの地下鉄の匂いがするなんて言っちゃってさ」
石森さんにとって『望郷』は、青春の記念碑のような想い出深い映画らしく、詳しいのなんの!微に入り、細に入り、あきれるほどよく覚えている。彼は『約束』という映画のシナリオを書いているが、そのラスト・シーンは『望郷』のラスト・シーンを真似たのだと言う。『約束』でショーケンが岸恵子と最後に別れるところで、鉄柵を使ったのがそうらしい。
クイズは続く。第二問である。
「ギャバンがあの映画の中で唄うシャンソンがまたいいんだよな。知ってる?」
「えっ、歌なんかありましたっけ」
「僕はちゃんと歌えますよ。メロディだけだけど……」
「で、フランス語の歌詞は?」と尋ねると、石森さん、急に低姿勢になり、
「実は、あなたに頼みがあるんだけど……、あの歌の歌詞をメモしておいてくれないかなあ」と来た。
とんだ課題を出されたものである。それを今の今までほったらかしにしておいた。そこで正月の暇なときに『望郷』をじっくり見直そうと思ったわけである。
元旦にビデオを探し出し、さて観ようと思ったら、これが三倍モードで録画したヤツで、映画が3本入っているではないか。「寅さん」2本の間に『望郷』がはさまっている。早送りして『望郷』だけ観ようとも思ったが、面倒臭いので、「寅さん」から観始めた。「寅さん」もテーマは「望郷」である。
まず、一本目の『男はつらいよ 純情詩集』を観る。マドンナは京マチ子で、壇ふみが娘役で出演しているアレだ。「寅さん」のシリーズでは、マドンナが最後に死んでしまう唯一の作品である。
さて次にいよいよ『望郷』が始まり、ネクタイの柄を確認しようと目を凝らす。ギャバンの顔が現れる前にネクタイが映るのは石森さんの言う通りなのだが、柄が違うじゃありませんか!水玉模様ではなく、小さな四角形を並べた模様なのだった。色は分からないが、水色でないことも確かで、多分クリーム色の地に四角形の模様は赤色のような気がする。白黒の映画なので、これはあくまでも想像にすぎないのだが……。ソファに寝そべって、字幕を読まずにフランス語を聞いていたのがいけなかった。途中で睡魔に襲われ、ふと気がつくとラスト・シーンになっている。いやはや肝心な歌の部分は見逃してしまった。
起き上がって巻き戻すのも面倒だから、そのまま次の「寅さん」を観る。リモコンが壊れているので、遠隔操作が出来ない。三本目は、『男はつらいよ 忘れな草』である。マドンナは浅丘ルリ子で、リリーさんが初登場する作品だ。「寅さん」のシリーズでは名作の一本に数えられるが、最後にリリーさんが結婚して寿司屋のおかみさんにおさまっているところには、いつも疑問を感じる。亭主が毒蝮三太夫では不釣合いだし、話のオチとしても無理がある。まあ、それはともかくとして。
結局、『望郷』はもう一度初めから見直すことになってしまった。ビデオを巻き戻して今日でもまた観ようかと思っている。