『望郷』を初めから見直す。前回は、ジャン・ギャバンのぺぺ・ル・モコが着用していたネクタイの柄を確認した後で、心ならずも眠ってしまった。
今回は、画面の前に座って、真面目な鑑賞態度で観る。すると、いろいろ面白い発見があった。
まず、ギャバンが、服装を四度も替えていることが分かった。すべてグレーの背広なのだが、さすがパリジャンらしく、着こなしをずいぶん工夫している。初めて登場するときは、黒シャツにクリーム色(多分)のネクタイで、ダンディな格好。ネクタイの柄は、小さな四角形を並べた模様である。次に登場したときは、ノーネクタイでラフな着こなし。三度目は、白シャツに濃紺(多分)の無地のネクタイで、フォーマルな感じである。ラスト・シーンで、カスバから出て行くときが、何と言っても一番格好良く、頭からつま先までビシッと決まっている。ソフト帽をかぶり、新品の背広に白シャツで、首にはネッカチーフを二重三重に巻いている。よく見ると、なんとネッカチーフの柄が水玉模様ではないか!石森さんはこのときのネッカチーフの柄とネクタイの柄とを混同して、頭に焼き付けてしまったようだ。これで納得。
『望郷』をじっくり観て感心したことは、ギャバンの服装に限らず、小道具の使い方のうまさである。ステッキ、首飾り、ブレスレット、拳銃、けん玉、蓄音機、手錠、ナイフなど、シーンごとに次々とこうした小道具が出てきて、実にうまく生かされているのだ。とくに、鮮やかな印象として残ったのは、数珠のようなダイヤのブレスレットである。パリジェンヌのギャビー(ミレイユ・バラン)が細い手首に付けていたもので、一度取り外したブレスレットをギャバンがまた取り付けてやるのだが、そのとき思わず女の手をぎゅっと握り締めるところが良かった。
ところで、ギャバンのペペ・ル・モコが歌うシーンは、確かにあった。好きになった女のギャビーとデートをする前に、ペペが上機嫌でテラスに出てシャンソンを歌っているのだ。明るくテンポの早いシャンソンで、歌詞を訳した字幕は出ない。部分的であるし、この歌詞を書き留めるのはフランス人でもない私には非常に難しい。難しいけど、石森さんの要望なので、このシーンだけもう一度見直してみようかと思っている。ネクタイの柄は目を凝らして観察したが、今度は、耳の穴をかっぽじって傾聴しなくてはなるまい。それにしても、神経を張る課題を出されたものだ。