![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/ce/79e268826694e76305e737393ff0f460.jpg)
碑文によれば、明治41年に三菱造船所でつくられ、大型旅客船の係留ブイを固定するために使われたものだという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/06/62718aba686fef2752601c66956d7b82.jpg)
明治41年は、日露戦争の日本海海戦から三年後である。
そのころ使われた言葉である「一等国」の仲間入りを、明治維新の文明開花から38年の短時日で成し遂げた当時の日本人は、さぞ、意気軒昂であったことだろう。
この、碇と、その碇の由来と、澄んだ青空に浮かぶ雲を見たときに、ここでも「坂の上の雲」が展開していたのを想像して、目頭が熱くなった。
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