のほほん書斎(日高茂和)

夏目漱石の講演「私の個人主義」

久しぶりに、昔買った本を引っ張り出して再び読んでみるという、味わい深いことをしてしまった。

漱石の講演を収録したもので、何ヶ所かで別々の内容の演題で語ったものを集めた本である。

なかでも、「道楽と職業」と「私の個人主義」と題された講演録が面白かった。

「道楽と職業」は、趣味的や、自身の興味にしたがっての創作物や行動が、世人の興味と一致して、それによって生計を立てることについての考察を述べ、学習院にての講演録の「私の個人主義」では、漱石自身の文学にたいする精神の遍歴を語り、当時の西洋礼賛の風潮のなかにあって、自分自身の考えかたの確立が重要だと主張し、そのことを「自分本位」と表現している。ただし、その自分本位は、己の個性も主張すべきであるが、他の個性も認めるうえでのことであり、利己主義とは異なること、また、将来権力と富を行使できる立場に立つ(良家の生まれ育ちの学習院の学生について)者が、己の個性の主張に走らないようにとの警告も発している。

どの講演も大正初年になされたものだが、まったく古びた話に聞こえてこない。
講演録だけに、漱石の声が聞こえてきそうで、当時にタイムスリップした感さえおぼえてワクワクしてくる本である。

余談かつ事実かどうかはわからないが、夏目漱石は、寄席を愛した人で、若い頃には通い詰めて、顔を見知った噺家さんに、「学生さんがこんなところに入り浸るもんじゃありませんよ」と高座の上からからかわれたことがあるとかないとかということだが、講演の内容の硬さを和らげるかのように差し挟まれる、たとえ話の滑稽さなどに、そのあたたかい人柄が偲ばれて興味深い。
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