ダンクシュートは夢でした。1970年当時のバスケットボールイラストレイテッドに載っていたUCLAのルー・アルシンダー(後にアブドゥル・ジャバーと改名)のバックダンクは衝撃的で、今でも目に焼き付いています。私は身長171センチで、高校当時、とても調子のよいとき、ランニングジャンプで、ようやく中指の第一関節がリングに引っ掛かるぐらいでした。ダンクは夢のまた夢でした。同期の細田氏は、176センチで抜群のジャンプ力があったので、もうあとほんのちょっとで、練習中ダンクができそうでした。お笑いのマジカルラブリーの一人、筋肉をとても鍛えている人は、ダンクがしたくて筋肉を鍛え始めたとのことです。ジャンプ力は、持ち前の筋肉の質によるため、鍛えにくいのかもしれませんが、ドリームワンのバークリーは、小さい時鉄条網を跳んで、ジャンプ力をつけたそうです。失敗すると血だらけになるので、かなり効果があったようです。体幹筋力増強メソッドはありますし、各部筋力増強のメニューは数限りなくありますが、ジャンプ力養成に特化したメソッドを紹介する本があれば、売れそうです。もう、あるのでしょうか。あるとして、効果はあるのでしょうか。それにしても、ダンク、やってみたかった。そういえば、一級上の足立先輩は、旧体育館の壁に取り付けられたゴールでは、ダンクすることができました。ゴールに突進し、壁を蹴って高くジャンプし、見事にダンク。懐かしい!
あれはぼくら25期が一年の冬だったのでしょうか。1971年の正月3日の練習に出てきたは、私中川と細田氏と安本氏の三人だけでした。三人ではまともな練習ができないので、取り壊し直前、もうラインが消えてしまったコートのラインを、ぼくら三人でベンキでひくことにしました。そして、数学が得意な安本氏が、率先してラインをひきました。数学とラインひきとの関係は不明ですが、ともかく安本氏が主になってひいたと思います。とくに目印に糸を張るなどすることなく、もうほとんど消えてしまったラインをなぞるように、しゃがんで歩きながらフリーハンドでひいたのです。すると……。私と細田氏は大笑い。見事に、想像を絶する曲がり方をしたのです。そのあとどうしたかの記憶はありませんが、一部曲がったラインのコートで、練習や試合を行っていたはずです。