いつまでも変わらぬ過去に縛られていても何も変わらぬことを知りつつも、13回忌と言うことでサワキに改めてアサダが亡くなった日のこと、その時のサワキの気持ちを聞いてみた。思い返せば、今までそうしたことをサワキには聞いたことがなかった。それはやはり思い出すことがあまりにも辛かった私が居たことを知った。
「あの時は現場で仕事をしていて、テツさんから連絡をもらったんですよ・・・」少し重い口調でサワキは答えた。
私にはその記憶が無かった。あの日、誰にどのようにアサダの死を知らせたのか、私は覚えていなかった。ただ茫然としていたことだけは覚えている。
そして、サワキも私同様にただ茫然としていたように私には思えた。サワキはそれ以上のその時のことは語らずにアサダの見舞いに行った時のことを教えてくれた。
「オレ、テツさんからアサケン{アサダのこと}の病状のことを聞いて見舞いに行って、ずっとアサケンの足をマッサージしたんですよ」
「そうか、マッサージしたのか。その時、アサダは何か言っていたか?」
「サワキさん、良くなったら西荻に飲み行きましょうよって言いましたよ」
「エビスか・・・」その時サワキは西荻窪に住んでいた。駅前にはエビスと言う居酒屋にあり、アサダはそこに行きたかったのだろうと思った。それとやはりアサダは治ると信じ、見えるはずもない、実体のない未来を見ていたのか、いや、それだけではない、見舞いに来たサワキに心配を掛けたくないから、そう答えたのか、私には分からない、その時のアサダの心を思えば胸は激しく痛むが、アサダの本心は分かる訳がなかった。私には分かろうと務める勇気がなかった。私は常に私の心だけを守ることだけで精一杯だったように思う。
その時のアサダの様態といえば、全身に走る痛みに顔を時折歪めることもしばしばあり、その顔は腫れ上がり、もう歩ける状態ではなかったのである。
そんなにも苦しい状況と確実に感じているだろう死への恐怖の中でアサダは先輩のサワキを思う優しい心を一ミリも無くさなかった男であったことだけは間違えないことである。
「アサケン、がんばれよ!行こうよ。エビスにさ。なぁ、アサケン。だから、がんばれ!」
きっとその時サワキはアサダにそう言って励ましたように思う。病室の二人の会話が見えたようだった。サワキは自分の願いをそのまま伝えただろう。切なる願いを伝えただろう。
そして、心優しきアサダは晴れ上がった顔であれ、笑みを浮かべていたように思えた。
{つづく}