島TAKE日記2

散策・旅行などのチョットしたメモです

Viking Eden クルージング (1)瀬戸内海

2024-12-10 10:33:45 | 旅行

今回の旅を選んだ理由の一つは昼間瀬戸内海を横断すること。

フェリーなどでは夜の航行になり、昼間の航行はなかなか望めなかったが、

今回のツアーではそれができることであった。

 

1日目

品川から新幹線「のぞみ」で新神戸へ。

船の外観もあまり見ずに早速乗船、テラス付きのツインベッドルーム。

⇩船から見る神戸港。

   

この船 Viking Eden(約5万トン)は、瀬戸内海を夜は通行できないそうで、

明日の朝出航となっています。

2日目

デッキから特別な許可をもらったとか。

出航が朝の4時ころだったようだ。船が動くのは全く気が付かなかった。

暗いうちに明石海峡を越えていた。

 

デッキから見る日の出、淡路島の上に朝日が昇っている。朝7時ころ。

  

⇩大鳴門大橋が遠くに見えた。左側が淡路島、右側が徳島だ。

⇩進行方向右の島々・・・小豆島か

 

⇩進行方向左:香川県屋島

 

 

⇩9時ころ。瀬戸大橋を通過。右手が香川県。瀬戸大橋は岡山県倉敷と香川県坂出を結ぶ橋。

    

 

 

午後1時ころ、来島海峡大橋を通過。ここは広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶしまなみ海道の四国寄り最後の橋だ。

 

  

⇩船は松山沖を通過、一路西へ。                                     ⇩救命艇、100人くらい乗れるそうです。

  

⇩アトリウムでは、ピアノの演奏など。              ⇩階段途中の壁面のディスプレーの絵は時々変わる。

  

 

⇩夜10時ころ、関門海峡を通過。橋の部分、車が通っているところを映しているが暗くてよくわからない。

神戸から関門海峡まで18時間かかったことになる船旅でした。

 

コメント

高野山・熊野古道(3日目)

2024-05-31 10:32:00 | 旅行

3日目


朝、ホテルの近くを散歩。橋杭岩(はしくいいわ)・・・橋の杭だけが残ったような奇観、紀伊大島に向かって850m続いている。



⇩橋の左側が紀伊大島、右手の山の向こうが半島になっていて本州最南端の潮岬がある。



今日は、熊野三山のうちのふたつ熊野那智大社・青岸渡寺、熊野速玉神社に行く。



 


まず、那智大社へ、下の図の数字の順に行く。




①参詣道の入り口



 


⇩杉那智大社に向かう大門坂の石畳は樹齢800年を超す杉の木に囲まれている。


 



 




 



⇩途中で那智の滝が遠くに見えた。



 



②杉並木をゆっくり1時間ほどで抜ける。



⇩③大社への入り口




⇩熊野那智大社の本殿へ



 



そのまま、右に回ると那智山青岸渡寺。神社と寺が隣同士というより、同じ敷地に存在している。




⇩寺を後にして下っていくと青岸渡寺三重塔(戦国時代に焼失したが昭和に再建した)があり向こうにはダイナミックな那智の滝が見える。



⇩那智の滝の入り口




⇩この先は急な石段で滝の直下まで行く。



那智の滝、落差133mかなりの迫力である。この先は入れないので滝つぼを見ることはできない。



 



⇩この後、昼食をとりバスで移動・・・那智速玉大社に。



熊野本宮大社とともに全国数千社の熊野神社の総本宮。


速玉大神(はやたまのおおかみ)と夫須美大神(ふすみのおおかみ)の夫婦神を主神とし、縁結びの神社としても知られているそうだ。




⇩再びバスで移動し、世界遺産「花の窟(いわや)神社」へ。


日本書紀にも記されている日本最古の神社といわれている。




⇩神々に舞を奉納し、日本一長いともいわれております約170メートルの大綱を岩窟上45メートル程の


高さの御神体から境内南隅の松の御神木にわたします。この「御綱掛け神事」は、太古の昔から行われているそうだ。




この後、バスで名古屋駅へ、品川着は22時過ぎであった。


今回は30人を超すツアー(多分平均年齢は60は軽く超えていたと思う)だったが結構きつい山歩きも誰一人へこたれず元気な人ばっかりだった。



コメント

高野山・熊野古道(2日目)・・・熊野古道中辺路、熊野本宮大社

2024-05-28 11:11:21 | 旅行

(2日目)


熊野古道中辺路(なかへち)コース(田辺駅付近⇒熊野本宮大社⇒熊野那智大社⇒那智速玉大社・・・100km)


今日、歩いたところは、赤く囲ったところです。歩いた距離は9km、約4時間です。


〇〇王子と呼ばれる小さな社跡などが道中でみられるが


これは参詣人(皇族、貴族など)の守護を祈るため12世紀から13世紀にかけて数多く作られた社のこと。



 


熊野古道中辺路で聖域の始まりは滝尻王子から。



⇩神社のわき(今は道がない)から昔は古道に入ったようだ。



⇩現在は神社の裏のこの道からスタートする。



⇩スタートの標識。ここから500mごとに1から順番に番号が付いている



上の起点から古道は始まるのだが私たちのツアーはこの厳しい道を先回りして


バスで15分ほど先の道の駅のところから古道に入った。


(起点からここまで歩いてくると6時間かかるそうだ)



⇩ガイドさんの案内で杉林をすすむ。





歩き始めて30分で牛馬王子に。



⇩熊野で1000日修業をした10世紀の花山法皇が馬と牛にまたがっている姿とされる。



⇩このような石畳のところも多いが雨の日は滑って大変だろうなと思った。今日は晴れでよかった。



 


 


 



山道を抜けると小さな集落が時々見える。



⇩近露王子を抜け後ろを振り向いたところ。小さな細い道の向こうの山を抜けてきた。



(近露王子から発心門王子までバス)




熊野本宮大社の聖域へと入る玄関口が発心門王子(仏の道に帰依しようという心が発する入り口)





 



⇧水吞王子あとは小学校の分校があったが昭和40年代に廃校になっている。



時折、舗装道路に出る。



⇩茶畑があった。




⇩三軒茶屋跡。昔は茶屋が3軒あったそうだ。




いよいよ最後の行程、熊野本宮大社へ2km。




 



⇕ 明治22年の大水害で流れた熊野本宮大社があった中州には巨大な鳥居が立っている。


現在の社殿はこの鳥居から手前に歩いて10分ほどの高台に再建された。



⇩一路、熊野本宮大社へ




⇩ 神門



⇩本殿





⇩本宮大社を出て本宮大社の旧社地である大斎原(おおゆのはら)の大鳥居に向かう。




旧社地の大斎原(おおゆのはら)




⇩鳥居がでかすぎてカメラに収まらない。




 


 


 



コメント

高野山・熊野古道(1日目)

2024-05-25 15:06:24 | 旅行

(一日目は高野山)


2024年5月15日


品川発 8時前の東海道新幹線 「のぞみ」で名古屋へ


ここからバスで途中休憩などを含め5時間で高野山に午後2時半着



⇩高野山奥の院の入り口


 





⇩樹齢の一番長いと思われる大杉。



⇩法然上人の御廟所



途中派諸大名の墓があり、⇩は織田信長の墓所(と言っても遺骨はなく供養塔?)



⇩この奥は弘法大師の即身仏を祀る弘法大師御廟でありこの橋から先は撮影禁止。



⇩階段の上が御廟



⇩この橋から戻り帰り道




⇩また杉並木を通り戻る



⇩豊臣家墓所(階段の上)



 



今回歩いたのは下記の地図では、一の橋から大師御廟の1.6㎞のところを歩いたようで、


金剛峯寺、壇上伽藍などは見なかった。



 


午後4時ころ高野山を出発し一路、和歌山県田辺 ハーヴェスト南紀田辺へ、到着は6時半ころ、夕焼けがきれいだった。




 



コメント

花見1

2024-04-05 14:07:15 | 花見

4月5日。今年初めての花見を世田谷区、北沢川緑道で。

桜の開花は昨日で過去10年間で一番遅い開花になったようだ。

今日は、ここではまだ桜が3~4分咲きというところですが風もなく暖かいので

今年、第1回目の花見とした。

コメント