「百合恵さん……」
しのぶは不安そうな顔を百合恵に向ける。
しのぶには、霊体を抜け出させ、ぽうっとした表情のままで突っ立ているさとみしか見えないからだ。今回は声らしきものも聞こえないし、肉眼で捉える事の出来る霊体もない。しかし、雰囲気で、何かが起こっているのは分かる。
しのぶの不安そうな表情に、百合恵は優しい笑みを返す。
「大丈夫よ、しのぶちゃん。男だ女だって言ってもめているわ」
「……どう言う事ですか?」
「そうねぇ……」百合恵はくすっと笑う。「思っているほどに凶悪じゃ無さそうね」
百合恵は言うと視線を揉めている三人に戻した。
「……だからさあ!」葉亜富が流人に縋る。「そいつは流人持ちだってば!」
「おい、何回言わせんだ!」虎之助が怒鳴る。「そいつ呼びは止めろって言ってんだろうが! この馬鹿野郎が!」
「なんだよう! お前だって口が悪いじゃないかよう!」
「うるせぇなあ! ぶっ倒すぞ、この野郎!」
「正真正銘の女に向かって、この野郎は無いだろうが! このオカマ野郎!」
「オカマじゃない! 女だって言ってんだろ!」
虎之助は拳を握りしめると葉亜富に突進し、顔面に拳を叩きこんだ。葉亜富は間一髪で姿を消す。勢い余った虎之助の拳が流人の顔面に炸裂した。
「うわっ!」流人は顔を両手で押さえてうずくまる。「いたたたた…… ひどい事をするねぇ……」
「やかましい!」虎之助は吐き捨てると、周囲を見回す。「おい、出て来い! 卑怯女!」
と、突然、虎之助が勢い良く弾き飛ばされ、床の上を何度も転がった。転がりが止まった時、虎之助は白目を剥いて気絶していた。
「全く、ふざけた野郎だ……」流人が言う。右手で顔を押さえ、左手で作った拳が突き出されている。「まあ、男だって思えば、多少の無茶は許されるよね」
虎之助は流人の突き出した左拳で飛ばされたのだ。顔を押さえていた右手を下げる。左の目の周りが青黒くなってへこんでいる。
「本当、凄いパンチだね」流人は左目の周りを軽く叩く。へこみは直り、元に戻った。「でも、僕の敵じゃない」
「ふぅ~っ、やれやれ……」安堵の息をつきながら葉亜富が流人の隣に現われた。「あんなパンチ喰らったら、わたしなら気を失っちまうよ」
「ははは、助けてやったんだから、今度は女の子を紹介しろよ」
「まあ、仕方ないか……」葉亜富は言って視線をしのぶと百合恵に向けた。「おや、おあつらえ向きじゃない? あそこに二人いるよ」
「百合恵さん……」
しのぶは不安そうな顔を百合恵に向ける。
百合恵がしのぶの肩に掛けていた手に力を入れたからだ。百合恵には流人と葉亜富の会話を聞き、非常に不味い状況であることが分かったからだ。
「しのぶちゃん……」百合恵がささやく。「ここを出るわよ」
「え?」しのぶは驚く。しのぶから見れば状況は全く変わっていないからだ。それでも、しのぶは百合恵の表情から、危険な気配を感じ取っていた。「……分かりました。出ましょう」
しのぶが踵を返し、出て行こうとし、プラスチック製の白い真四角なドアハンドルに手を掛けた。
「きゃっ!」
しのぶは悲鳴を上げ、ドアハンドルから手を離し、左右に幾度も振った。
「どうしたの、しのぶちゃん!」百合恵が声をかける。「早く出て行かないと……」
「あの……」しのぶはドアハンドル指差す。「ものすごく熱くなっているんです……」
「そんな事……」百合恵は言ってドアハンドルを握る。「……っ!」
百合恵も慌てて手を離す。それから、流人と葉亜富に振り返った。葉亜富が右の手の平をドアに向けて笑っている。どうやら葉亜富の仕業のようだ。
「霊体なのに、生身に力を及ぼすなんて……」
百合恵はつぶやきながら、葉亜富を睨みつける。
「……あら、あのお姐さん、わたしたちが見えているようね」葉亜富が流人に言う。「へぇ~っ、生身なのに見えるんだ」
「見えるだけじゃないわよ」百合恵が葉亜富に言う。「話だって出来るのよ」
「わあ! それは素敵じゃないか!」流人が笑む。「生身の、それも、あんな素敵な女性とお話が出来るなんて!」
「お生憎様ね」百合恵が冷たい笑みを浮かべる。「わたし、生身であろうと霊体であろうと、あなたみたいな自惚れ屋は嫌いなのよね」
「ははは! 流人、振られてやんの!」
「ふむ……」流人はむっとした顔になる。「今の一言は、僕のプライドを傷つけたね。僕は女性に優しいだけで、決して自惚れ屋じゃないんだけどね」
「優しいんなら、嫌がる女性を囚われたままにするなんてしないわ」百合恵が言って、笑む。「あなたは自画自賛の自惚れ屋よ、坊や」
「ははは! ずばりと言われてやんの!」葉亜富が流人を指差して笑い転げている。「言われてみれば、流人の服装って気障ったらしいわよねぇ」
「あなたも何を笑っているわけ?」百合恵が呆れた表情で葉亜富に言う。「その自惚れ野郎の女版があなたじゃないの。他人の事を笑っていられる神経がわたしには分からないわ」
「なっ! ……」
「ははは、葉亜富も言われちゃったな」流人が笑う。「僕が気障ったらしい格好だとう言うんなら、葉亜富は卑猥でいやらしい恰好だな!」
「何よ! 裸なわけじゃないじゃない!」
「前から思っていたけどさ、葉亜富の格好はほぼ裸だよ」
「うるさい!」
「あはははは!」百合恵が馬鹿にしたように笑う。「さすが、双子だわね。『誑し込みのジェミニ』なんて聞いた事はないけど、間違ってはいないわ」
流人と葉亜富が百合恵を睨む。
つづく
しのぶは不安そうな顔を百合恵に向ける。
しのぶには、霊体を抜け出させ、ぽうっとした表情のままで突っ立ているさとみしか見えないからだ。今回は声らしきものも聞こえないし、肉眼で捉える事の出来る霊体もない。しかし、雰囲気で、何かが起こっているのは分かる。
しのぶの不安そうな表情に、百合恵は優しい笑みを返す。
「大丈夫よ、しのぶちゃん。男だ女だって言ってもめているわ」
「……どう言う事ですか?」
「そうねぇ……」百合恵はくすっと笑う。「思っているほどに凶悪じゃ無さそうね」
百合恵は言うと視線を揉めている三人に戻した。
「……だからさあ!」葉亜富が流人に縋る。「そいつは流人持ちだってば!」
「おい、何回言わせんだ!」虎之助が怒鳴る。「そいつ呼びは止めろって言ってんだろうが! この馬鹿野郎が!」
「なんだよう! お前だって口が悪いじゃないかよう!」
「うるせぇなあ! ぶっ倒すぞ、この野郎!」
「正真正銘の女に向かって、この野郎は無いだろうが! このオカマ野郎!」
「オカマじゃない! 女だって言ってんだろ!」
虎之助は拳を握りしめると葉亜富に突進し、顔面に拳を叩きこんだ。葉亜富は間一髪で姿を消す。勢い余った虎之助の拳が流人の顔面に炸裂した。
「うわっ!」流人は顔を両手で押さえてうずくまる。「いたたたた…… ひどい事をするねぇ……」
「やかましい!」虎之助は吐き捨てると、周囲を見回す。「おい、出て来い! 卑怯女!」
と、突然、虎之助が勢い良く弾き飛ばされ、床の上を何度も転がった。転がりが止まった時、虎之助は白目を剥いて気絶していた。
「全く、ふざけた野郎だ……」流人が言う。右手で顔を押さえ、左手で作った拳が突き出されている。「まあ、男だって思えば、多少の無茶は許されるよね」
虎之助は流人の突き出した左拳で飛ばされたのだ。顔を押さえていた右手を下げる。左の目の周りが青黒くなってへこんでいる。
「本当、凄いパンチだね」流人は左目の周りを軽く叩く。へこみは直り、元に戻った。「でも、僕の敵じゃない」
「ふぅ~っ、やれやれ……」安堵の息をつきながら葉亜富が流人の隣に現われた。「あんなパンチ喰らったら、わたしなら気を失っちまうよ」
「ははは、助けてやったんだから、今度は女の子を紹介しろよ」
「まあ、仕方ないか……」葉亜富は言って視線をしのぶと百合恵に向けた。「おや、おあつらえ向きじゃない? あそこに二人いるよ」
「百合恵さん……」
しのぶは不安そうな顔を百合恵に向ける。
百合恵がしのぶの肩に掛けていた手に力を入れたからだ。百合恵には流人と葉亜富の会話を聞き、非常に不味い状況であることが分かったからだ。
「しのぶちゃん……」百合恵がささやく。「ここを出るわよ」
「え?」しのぶは驚く。しのぶから見れば状況は全く変わっていないからだ。それでも、しのぶは百合恵の表情から、危険な気配を感じ取っていた。「……分かりました。出ましょう」
しのぶが踵を返し、出て行こうとし、プラスチック製の白い真四角なドアハンドルに手を掛けた。
「きゃっ!」
しのぶは悲鳴を上げ、ドアハンドルから手を離し、左右に幾度も振った。
「どうしたの、しのぶちゃん!」百合恵が声をかける。「早く出て行かないと……」
「あの……」しのぶはドアハンドル指差す。「ものすごく熱くなっているんです……」
「そんな事……」百合恵は言ってドアハンドルを握る。「……っ!」
百合恵も慌てて手を離す。それから、流人と葉亜富に振り返った。葉亜富が右の手の平をドアに向けて笑っている。どうやら葉亜富の仕業のようだ。
「霊体なのに、生身に力を及ぼすなんて……」
百合恵はつぶやきながら、葉亜富を睨みつける。
「……あら、あのお姐さん、わたしたちが見えているようね」葉亜富が流人に言う。「へぇ~っ、生身なのに見えるんだ」
「見えるだけじゃないわよ」百合恵が葉亜富に言う。「話だって出来るのよ」
「わあ! それは素敵じゃないか!」流人が笑む。「生身の、それも、あんな素敵な女性とお話が出来るなんて!」
「お生憎様ね」百合恵が冷たい笑みを浮かべる。「わたし、生身であろうと霊体であろうと、あなたみたいな自惚れ屋は嫌いなのよね」
「ははは! 流人、振られてやんの!」
「ふむ……」流人はむっとした顔になる。「今の一言は、僕のプライドを傷つけたね。僕は女性に優しいだけで、決して自惚れ屋じゃないんだけどね」
「優しいんなら、嫌がる女性を囚われたままにするなんてしないわ」百合恵が言って、笑む。「あなたは自画自賛の自惚れ屋よ、坊や」
「ははは! ずばりと言われてやんの!」葉亜富が流人を指差して笑い転げている。「言われてみれば、流人の服装って気障ったらしいわよねぇ」
「あなたも何を笑っているわけ?」百合恵が呆れた表情で葉亜富に言う。「その自惚れ野郎の女版があなたじゃないの。他人の事を笑っていられる神経がわたしには分からないわ」
「なっ! ……」
「ははは、葉亜富も言われちゃったな」流人が笑う。「僕が気障ったらしい格好だとう言うんなら、葉亜富は卑猥でいやらしい恰好だな!」
「何よ! 裸なわけじゃないじゃない!」
「前から思っていたけどさ、葉亜富の格好はほぼ裸だよ」
「うるさい!」
「あはははは!」百合恵が馬鹿にしたように笑う。「さすが、双子だわね。『誑し込みのジェミニ』なんて聞いた事はないけど、間違ってはいないわ」
流人と葉亜富が百合恵を睨む。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます