お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 48

2024年07月17日 | ベランデューヌ

 ……え? ああ、そうだったわ! 石を放った途端、ジェシルは我に返った。
 だが、放った石を止める事は出来なかった。すでに棒立ちだったデスゴンの仮面に全ての石は当たった。
 仮面は粉々になって四方に撒き散らされた。デスゴンはそのまま地面にゆっくりと落ちた。うつ伏せたまま倒れている。ジェシルも倒れているデスゴンの傍に降り立った。
 民たちは歓声を強くする。拳を突き上がる者、両手を叩く者、互いの肩を叩き合う者、興奮状態だった。
 と、茂った森の中からオレンジ色の肌をした大男が現われた。赤いなめし革で作った袖なしの服に足首までのズボン、それらがはち切れそうなほどに筋骨が隆々としている。民たちの歓声は一瞬で止み、恐れの色を目に宿して男を見つめている。
 男は無言で民たちを睨み回した。サロトメッカが大剣を両手で握り、からだの正面で構えた。ジェシルも男の放つ危険な雰囲気を感じ取って身構えた。
「お前は、ドゥルンガッテ……」デールトッケが言う。「やはり来ていたのだな……」
「ドゥルンガッテ……?」
 ジェシルはデールトッケに訊く。
「ドゥルンガッテは、ダームフェリアの長ですじゃ」デールトッケが答える。「デスゴンはやはり卑怯な企てをしていたのですじゃ。明後日だの何だのとぬかしておきながらの急襲、しかもダームフェリアの連中までも配しておったのです」
「そうなんだ……」ジェシルに再び闘神の気が湧いてくる。ジェシルはぎろりとドゥルンガッテを睨みつけ、低い声で言った。「……他の連中も呼ぶが良い! 一思いに叩き潰してくれよう!」
 すると、ドゥルンガッテは両手で自分の左右の頬を挟んだ。民たちは歓声を上げた。
「これは降伏の仕草だよ」ジャンセンはジェシルとの言葉で言いながら、ジェシルと並んだ。「デスゴンが倒されたのを見て、戦う気がすっかり失せたのさ」
「ふ~ん……」
「何だよ、何か物足りなさそうだけど?」
「そんなわけないじゃない!」ジェシルは頬を膨らませて言う。「何事もなく終わるのが嬉しいに決まっているわ」
「でもさ、アーロンテイシアの闘神の面には、ジェシルはぴったりな気がするけどね」
「大きなお世話よ!」
 ジェシルが言い返していると、森の木々が幾つも揺れ、赤いなめし革の服を着た連中がぞろぞろと現われた。皆、頬を両手で挟んでいる。
「アーロンテイシア様!」デールトッケがジェシルの目の前に立って言う。それから両の手の平を上にして頭を下げる。「これで争いは終わりますでしょう。ご尽力、末代までも語り伝えましょうぞ!」
 ベランデューヌの民とダームフェリアの民が皆一斉に両の手の平を上に向け頭を下げた。
「これで争いは終わりだね」ジャンセンはほっと息をついた。「良かった、良かった……」
「ジャン、あなたは何にもしていないじゃない」ジェシルは呆れた顔をジャンセンに向ける。「最低……」
「……アーロンテイシア様……」おどおどしながらボンボテットがジェシルに近寄ってきて小声で言う。「デスゴンの姿はまだ残っておりますが……」
「デスゴンの本体は仮面だった」ジェシルはアーロンテイシアとして答える。「仮面は破壊された。なので、デスゴンは深い地の底に堕ちて行った。案ずる事はない」
「なれど、再びこの地に蘇らないとは申せません…… 此度のようにアーロンテイシア様が現われて下さるとも限りますまい……」
「これ! ボンボテット!」デールトッケが怒鳴り込んできた。「お前はどうしてそういらぬ心配をするのじゃ!」
「とは申せ、決してないとは申せますまい……」
「ベランデューヌとダームフェリアが友好を結んだのだぞ。禍神がつけ入る隙など、どこにもないわ!」
「でありましょうが……」
「……デスゴンは人の弱き心の隙をつく」アーロンテイシアが穏やかな口調で言い、笑顔をボンボテッドに向ける。「ボンボテッドよ、強き心を持つことだ。さもなくば、次はお前がデスゴンとなるだろう」
 ボンボテットは小さく悲鳴を上げ、両の手の平を上に向け、頭を下げたままで去って行った。
「ははは、気の弱さは禍いだな」ジャンセンはジェシルに二人の言葉で言う。「ジェシルも上手い事を言うもんだ」
「いえ、今のはアーロンテイシアの言葉よ」ジェシルも二人の言葉でジャンセンに答える。「何だか、わたしなのかアーロンテイシアなのか、自分でも区別つかなくなっちゃうわ」
「ジェシル、それは貴重な経験だぞ」ジャンセンは学者モードになっている。「この体験を是非論文にまとめてほしいな」
「何を戻れた気になっているのよ!」ジェシルは口を尖らせる。「いい? デスゴンは倒したけど、まだベランデューヌなのよ? 戻る手段も見つかっていないのよ?」
「それはそうだけど…… ジェシルなら何とかしてくれるんじゃないかって思っているんだけど……」
「相変わらず、最低ね……」
 ジェシルはうんざりした顔をする。
「う、ううん……」
 突然、足元から声がした。ジェシルとジャンセンは見下ろした。
 デスゴンだった女性が呻いたのだ。彼女は下を向いたままで置きあがり地面に座り込んだ。両手で顔を覆っている。石の衝撃が残っているのかもしれない。民たちも黙って彼女を見ている。サロトメッカは大剣を握り直した。しばらくそのままの姿勢だった彼女だったが、両手を下ろし、ジェシルとジャンセンを見上げた。
「あっ!」
 ジャンセンと彼女が同時に声を上げた。

 

つづく  


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