物の整理をしていたら、あるものに目が留まった。
ホチキス止めされた数ページにわたる小冊子。
タイトルは「ある給仕のつぶやき」
これはかれこれ10年以上前、都庁議事堂一回にあった「百兆」というレストランで働いている時に書いたものである。
都庁の職員ならびに周囲の企業の社員のランチと居酒屋的な役割を担っていたお店。そのお店では都とお店の契約終了で閉店するまで、特に任命された訳ではないのだが、立場上バイトリーダー的な仕事を任されていて、時には朝開けて夜閉めるまでをやっていた。
バイトの動きの改善や、グランドメニューの作成まで、このお店時代にはかなり色々な体験をさせていただいた。それらの体験談は結構参考になる事が多いので折に触れてここで書いていきたいと思うのだが、今回はこの謎の冊子についてだ。
百兆では、日替・週替のランチメニューを提供し、メニュー予定表を作成して配っていた。
それらの作成をやるようになってしばらくした時に、裏面が空いている事に気づいた。「このスペースに日替わりランチにちなんだエッセイを書いたら面白いのではないか」と思った私は早速店長に提案。
その時の店長というのが、今思うとかなり変わり者なんだけど、そういう提案に対しては90%以上OKを出してくれる人だった。
なので即この企画は通り、翌週より連載がスタートした。
最初こそメニューにちなんだネタを、当時のインターネットや図書館を駆使して調べて薀蓄を書き綴っていたが、だんだんネタとしては面白味が失われていく。次第により個人的な気持ちを書いたエッセイに変質していく。勿論日替わりメニューや食にまつわる時事ネタには触れているのだが、個人的な思い出話も盛り込みつつ、文体も文学的な表現を使うようになっていた。
久しぶりに読み返してみたが、まったくもって嫌な20代だよ。
でもその企画に対する想いは強く感じるそんな文章だな、と私事ながら思うのだ。
文章は全34編。
よくまあ書いたなと思うよ。
何篇かはお客さんからも反響をもらって、感想を書いた手紙をもらった事もあった。発信した内容を補完してくれる意見をもらった事もあった。
お客さんとのコミュニケーションツールとして、ちゃんと機能していたんだ。
この経験のお蔭で「常に情報を探す癖」がついたのと、「発表のメディアは自分で作っていけばいい」という気づきがあった。
それは今現在にも役に立っている。
それにしても、このお店の店長は懐の深い人間だった。
僕が提案した事や改善点についてとにかくやらせてくれた。事前にストップをかけられた記憶は無い。
それでいて、失敗してもしっかりフォローしてくれた。
こういう人間になりたい、と思っているし、人生の中の師匠の一人でもある。
感謝してもし尽せないのが、百兆時代のH店長だ。
それにしても、「ある給仕のつぶやき」はなかなか読みごたえがある内容なので、余裕のある時に改めて書き起こして発表するのもありかもしれない。
それにしてもTwitterが始まるずっと前から「つぶやき」を発表していたのは、私の先見の明か?
そんな訳ないわ!
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