病は自己そのものだったのだ。
この本はこの一文によって幕を閉じる。
『私はすでに死んでいる―ゆがんだ〈自己〉を生み出す脳―』は優れた医学ルポルタージュであると同時に、優れたミステリを思わせる1冊だ。であればこそ、本来ならそのレビュー(しかもその冒頭)に、本の最後の一文を持ってくるなど、本来は許されることではない。なぜならその一文は、この本全体を総括したものであり、ミステリで言えば犯人の名前が書かれているからだ。けれどそれを承知の上で敢えてそうしたのは、逆説的な言い方になるが、この一文がこの本の全てを最も端的に表す言葉であったからだ。
さて私は上で「『私はすでに死んでいる』は優れた医学ルポルタージュである」と述べたが、ここで取り上げられている疾患は癌や感染症などとは全く異なる。まず扉のページに記された献辞からして奇妙だ。そこには
「手ばなして自由になれ」とかいうけれど、誰が何を手ばなすのかと考えこんでしまう人たちに捧げる。
とある。そこで以下に第1~8章のタイトルを順に紹介しよう。これを読めば冒頭に引用した最後の一文の意味もわかってもらえると思う。
第1章 生きているのに、死んでいる──「自分は存在しない」と主張する人びと
コタール症候群「私の脳は死んでいますが、精神は生きています」
第2章 私のストーリーが消えていく──ほどける記憶、人格、ナラティブ
認知症「こんにちは、かしら。もうわからないくて」
第3章 自分の足がいらない男──全身や身体各部の所有感覚は現実と結びついているのか?
身体完全同一性障害(BIID)「この足は断じて私の足ではない」
第4章 お願い、私はここにいると言って──自分の行動が自分のものに思えないとき
統合失調症「自分が崩れて、溶けていくような気がする」
第5章 まるで夢のような私──自己の構築に果たす情動の役割
離人症「悪い夢がずっと続いているようだった」
第6章 自己が踏みだす小さな一歩──自己の発達について自閉症が教えてくれるもの
自閉症スペクトラム障害「抱きしめられるのは、檻に閉じ込められる感じがした」
第7章 自分に寄りそうとき──体外離脱、ドッペルゲンガー、ミニマル・セルフ
自己像幻視「もうひとりのぼくがいたんだ」
第8章 いまここにいる、誰でもない私──恍惚てんかんと無限の自己
恍惚てんかん「自分自身および宇宙全体と完璧に調和しているのだ」
ここに書かれた疾患は全て「私とは何か」に関わるものだ。一般的には哲学的な命題と捉えられているが、それが医学では「身体、意識の全てについて私を『私』と認識しているもの、あるいはその仕組みとはどのようなものか」という問いに変わる。そして医学界は「自己は存在する」派と「自己など存在しない」派に割れているようだ(ちなみに、この本はどちらかというと後者の立場で書かれている)。
ところで代替療法の1つであるキネシオロジーには、神経システムは全身のイメージをホログラムの形で保持している、という考え方がある。
脳の全身に対応する分野には、完全なホログラムイメージが存在する。そして、局所的なホログラムイメージが、外傷やその他の理由で脳にあるものと一致しない場合に痛みや自覚が起こる(『アプライド・キネシオロジー・シノプシス』より)
これは上に述べた「私を『私』と認識しているもの、あるいはその仕組み」についての一つの回答(仮説だが)であり、ホログラム説が正しいか否かはともかくとして、上のような精神疾患に属するものだけでなく、さまざまな痛み症状などにも自己認識機構が深く関わっている可能性を示唆している。以前、『本当のところ、なぜ人は病気になるのか?』という本のレビューを書いたが、この本と合わせて読むと、人間というもののより一層の深淵を覗くことができるだろう。だが注意せよ。ニーチェも『善悪の彼岸』の中で
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ
と書いている。
なお、上に述べたこととは別に、この本は広い意味で医学に携わる者に重要な注意を述べている。
この注意書きは、この本全体を通じて胸に留めておいてほしい。神経科学、とくに障害の研究は神経生物学の方向に単純化させ、脳と精神の関係を一方通行でとらえようとする傾向がある。脳は神経活動を左右するが、その逆はないというわけだ。障害を抱えた患者の脳を、fMRIやPETスキャンで観察し、健康な人の脳と比較すれば、特定の領域の活動が異なっていることがわかる。だが明らかに神経学的な損傷があるならともかく、スキャン画像は脳の活動と障害に相関関係があることを示しているに過ぎない。スキャン画像から読み取れる器質的、機能的な異常が障害を引きおこしたのか、あるいは、たえまない精神活動(「この足は自分のものではない」という妄想など)が積み重なって脳を変化させたのか、それは判定できないのだ。
※これは「本が好き」に投稿した記事を加筆修正したものである。
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