岩井志麻子の短編『ぼっけえ、きょうてえ』は、一言で言えば「地獄のような」掌編である。その『ぼっけえ、きょうてえ』が三池崇史の手で映画化された。タイトルは『インプリント ぼっけえ、きょうてえ』。imprintには、跡、印影、痕跡といった意味がある。そして、「地獄のような」短編から生み出されたものは、やはり「地獄のような」映画だった。
勉強会が終わった日曜の夜、私は雨の渋谷を、この『インプリント』を観るためにイメージフォーラムへと歩いていた。この作品は、ダリオ・アルジェント、トビー・フーパーといった、いずれ劣らぬホラー映画の巨匠たち13人の競作による、マスターズ・オブ・ホラー13本の中の1本として作られたもので、日本からはただ1人、ホラー映画の監督ではない三池崇史が名を連ねた。が、当のアメリカでは13本の中でこの1本だけ放送を拒否され、日本では映倫に審査を断られたそうで、結局、自主上映のような形でシアター・イメージフォーラムでのレイトショー公開となったのである。
「きょうてえ」とは、実は「恐てえ」と書く。「ぼっけえ、きょうてえ」とは「とても恐ろしい」という意味の岡山方言だ。時は明治の頃、とある遊郭での女郎の寝物語、という形式で書かれた『ぼっけえ、きょうてえ』は、本当に「とても恐ろしい」物語だ。一応、ホラーだから、最後にホラーらしい趣向が用意されてはいるが、そんなものが恐ろしいのではない。女郎が岡山方言で訥々と話す、その言葉の中に広がる”日本の原風景”が恐ろしいのだ。
昔、読売新聞の投書欄に、「日本の子守歌は子供をおびえさせる」といった内容の投書があったのをよく覚えている。確かに、「おどま盆きり盆きり…」と歌う、五木の子守歌などは、子守歌の体裁を借りた「恨み歌」だから、その暗いメロディと相まって、とてつもなく恐ろしい。そんな「恨み歌」を子守歌として聞きながら育った日本人の心の中に広がる”原風景”は、『ぼっけえ、きょうてえ』が孕むそれへと確実につながっている。
そんな『ぼっけえ、きょうてえ』の”双子の兄弟”(いや、”双子の姉妹”か)とも言える『インプリント』では、日本のとある遊郭を訪れたアメリカ人ジャーナリスが、そこで出会った一人の女郎から話を聞く、という形で物語が展開していくが、そこで立ち上がってくるのは、やはり地獄のような”日本の原風景”である。
ちなみに、『インプリント』はアメリカ映画なので全編英語のセリフになるが、俳優は1人を除いて皆日本人だ。そこで、原作の女郎の使う岡山方言を、映画では「日本語なまりの英語」に換えることで、原作の持つ土俗的な空気感をそのまま移植しようとしたらしい。
『ぼっけえ、きょうてえ』も『インプリント』も、そこに広がる”原風景”が、体の奥底の何かと共鳴し、それらが少しずつ外へと染み出していくような「危険な」作品だ。キャーキャー言いながら楽しめる、他愛のない「安全な」ホラーが好みなら、こういうものには手を出さない方がいい。いや、手を出してはいけない。毒を飲むなら、自分自身の中にも、その毒を相殺できるだけの強い毒を持っていなければならないのだ。
怪物と戦う者はすべて、自らが怪物とならぬよう注意しなければならない。
深淵を覗き込む時、深淵もこちらを覗いているのだ。
(フリードリッヒ・ニーチェ 『ツァラトゥストラはかく語りき』)
勉強会が終わった日曜の夜、私は雨の渋谷を、この『インプリント』を観るためにイメージフォーラムへと歩いていた。この作品は、ダリオ・アルジェント、トビー・フーパーといった、いずれ劣らぬホラー映画の巨匠たち13人の競作による、マスターズ・オブ・ホラー13本の中の1本として作られたもので、日本からはただ1人、ホラー映画の監督ではない三池崇史が名を連ねた。が、当のアメリカでは13本の中でこの1本だけ放送を拒否され、日本では映倫に審査を断られたそうで、結局、自主上映のような形でシアター・イメージフォーラムでのレイトショー公開となったのである。
「きょうてえ」とは、実は「恐てえ」と書く。「ぼっけえ、きょうてえ」とは「とても恐ろしい」という意味の岡山方言だ。時は明治の頃、とある遊郭での女郎の寝物語、という形式で書かれた『ぼっけえ、きょうてえ』は、本当に「とても恐ろしい」物語だ。一応、ホラーだから、最後にホラーらしい趣向が用意されてはいるが、そんなものが恐ろしいのではない。女郎が岡山方言で訥々と話す、その言葉の中に広がる”日本の原風景”が恐ろしいのだ。
昔、読売新聞の投書欄に、「日本の子守歌は子供をおびえさせる」といった内容の投書があったのをよく覚えている。確かに、「おどま盆きり盆きり…」と歌う、五木の子守歌などは、子守歌の体裁を借りた「恨み歌」だから、その暗いメロディと相まって、とてつもなく恐ろしい。そんな「恨み歌」を子守歌として聞きながら育った日本人の心の中に広がる”原風景”は、『ぼっけえ、きょうてえ』が孕むそれへと確実につながっている。
そんな『ぼっけえ、きょうてえ』の”双子の兄弟”(いや、”双子の姉妹”か)とも言える『インプリント』では、日本のとある遊郭を訪れたアメリカ人ジャーナリスが、そこで出会った一人の女郎から話を聞く、という形で物語が展開していくが、そこで立ち上がってくるのは、やはり地獄のような”日本の原風景”である。
ちなみに、『インプリント』はアメリカ映画なので全編英語のセリフになるが、俳優は1人を除いて皆日本人だ。そこで、原作の女郎の使う岡山方言を、映画では「日本語なまりの英語」に換えることで、原作の持つ土俗的な空気感をそのまま移植しようとしたらしい。
『ぼっけえ、きょうてえ』も『インプリント』も、そこに広がる”原風景”が、体の奥底の何かと共鳴し、それらが少しずつ外へと染み出していくような「危険な」作品だ。キャーキャー言いながら楽しめる、他愛のない「安全な」ホラーが好みなら、こういうものには手を出さない方がいい。いや、手を出してはいけない。毒を飲むなら、自分自身の中にも、その毒を相殺できるだけの強い毒を持っていなければならないのだ。
怪物と戦う者はすべて、自らが怪物とならぬよう注意しなければならない。
深淵を覗き込む時、深淵もこちらを覗いているのだ。
(フリードリッヒ・ニーチェ 『ツァラトゥストラはかく語りき』)
sokyudoさんもご覧になったようで…
怖かったですよね(^-^;)
ですが、1000円と安いですし、約一時間という短めの上映時間の中にギュッと凝縮されていた感じでしたね。
一見の価値はアリ、でしょうかσ(^◇^;)
怖いのが苦手な方にはオススメできませんけどね(笑)